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めんどくさがりと姉の友達



 家に、帰って、キターーーー!!


 おいおい鼻歌でも歌いたい気分だぜ? 僅かばかりの学校だったというにこの解放感。マジ娑婆の空気はマズい。一生檻の中で構わない。


 車庫に自転車を突っ込み鍵を取り出す。警戒は無用だ。今日は姉と遭遇してないからね? 平気。自宅って何なのか問いたい。


「ただいまー」


 帰宅を知らせる声を掛けながらドアを開けるも返事はない。まあ、母さんは仕事だし、姉はまだ寝てるだろうしね。ちなみに弟は部活。……え? 倒産? 会社が潰れることは今関係ないでしょ? 家族の話だよ。


 適当に靴を脱ぎ捨て玄関を上がり廊下を通って階段へ。


 ことここに至り漸く肩の力が抜ける。


 圧倒的我が家感。規則正しい生活のなんと辛いことか…………。


 明日からはまた日常という拷問を受ける戦士となるべく頑張らなきゃいけない。せめて今だけは恋人(布団)の膝で癒やされてもいいだろ? なにせ保健室のベッドには無いらしいので。


 自室のドアノブをグッと握り、…………わかってますよ。いつもここらで神の悪戯が発動するってことがね。


 とりあえず周囲を確認だ。廊下を隅から隅まで見渡し、階段を覗き、トイレのドアをドカンと蹴り開ける。……誰もいないな。いたら(色んな意味で)問題だった……。


 再び自室の扉のドアノブに手を掛ける。


 脈動の波打ちが耳に近い。緊張で手に汗が浮かび唾をゴクリと飲み込む。目がカラカラに渇き息も荒い。脳髄が痺れたように体の感覚が薄い。揺れる視界にドアノブと手が溶け合ったように映る。


 落ち着け、落ち着くんだ俺。


 大体二分の一ぐらいの確率で異界に通じる自室の扉だが、あくまで今までは、という前振りが付く。


 そうだ。


 開けたら魔王がいたり深遠がいたり混沌がいたり(注:同一人物)した扉だが、今日は比較的にその可能性は薄いはず。


 そっと扉に耳を当てて見る。全然関係ないけど、今、目が血走って息が荒いのは興奮(緊張)してるからだ! ちなみに自室だから。セーフだから。


 ……中から音は聞こえない。


 これまでジャイアニズムを我が物と体現する姉様は、世のすべてが自分の都合のいいように出来ていると勘違いされているらしく、弟の部屋では好き放題していいと思っているらしい。


 今風に則ってジャイ娘の名前をプレゼントしたらキッチリお返しされたことも善い(?)思い出だ。


 まあそんな訳で、暗闇で蠢く某(姉)が音を殺して俺の部屋に滞在している可能性は少ないだろう。残る可能性は、未知なる何かだ……。


 嘘みたいな本当の話なんだが、西洋人形みたいな瞳の碧い天然パーマの美少女がベッドに腰掛けていたこともあってだね? いや、精神科の紹介はいらない。通報は止めて頂こう。


 とりあえず日本共通の帰ってきた時の挨拶をかましておくべきだろう。大丈夫。日本人なら答えてくれる。


「たすけてー、のらえもーん」


 ガチャっとね。


 扉を開くと、テーブルの前に正座をしていたフェミニンな格好のボーイッシュな人物がこちらをニマニマと見ていた。薄い化粧と片側だけ嵌めた赤いイヤリングが印象的な美人だ。


「なんだい、八神くーん?」


 たすけてー。


 バタン、っと。


 ゆっくりと閉めた扉を振り返らずに階段へ向かおうとしたら、すかさず扉が開き、件の人物が笑いながら肩を掴んできた。よせ、もう終わったことだ。


「ごめんごめんってー弟くん。怒んないでよー? (かなえ)がさぁーあ? お菓子買ってくるまで暇でね? ちょっと年頃男子の部屋探索してただけだって。天井裏とか?」


「あ、自分もう死ぬんで。ゆっくりでいいです。姉によろしく言っといてください」


「ふふふ、ウソウソ、嘘だーって! あ、でもなんか反応怪しいな? 調べてみようかな?」


「おっと、女性をエスコートするのは男性の務め。はっはっは、私としたことがいやいや……。それではレィディ? リビングまで」


「大丈夫だよー。お茶もう淹れて持ってきてるもん」


 ここ俺の部屋? いえ姉が横暴です。


 グイグイと引っ張られるままに部屋に入り、ニマニマと笑っている姉の友達の対面に座らせられる。テーブルにはお茶が二つ置いてあったが、……いや、片方はどう考えても邪神(姉)のだろ? どうぞどうぞって……飲んだら死ぬじゃん。


 とりあえずお茶を脇にやり、ニマニマと笑っている女性に話しかけた。


「で? マジでなんで俺の部屋いるんですかリコさん」


「えー、やだー、リコって呼び捨てにしてくんなきゃ教えなーい」


 ビキっとくるわ。コメカミに青い筋が浮かぶわ。


 耐えろ、耐えるんだ俺。あからさまなブリッ子口調が古いんだよとかテメー外見とキャラがチグハグだから統一してこいとかお茶やら呼び捨てやらあからさまな罠張ってんじゃねーよビッチとか、言いたいことはあるが耐えろ俺。


 目の前のこいつはなんだ?


 女性だ。


 つまりなんだ?


 危険だ。


 ふう。確認って大事。落ち着いた? 落ち着いた!


 キュッと目を瞑り一瞬で精神統一を終えると、にこやかな顔で姉の友達の要望に応える。


「久しぶりだね、リコ。今日は何しに」


「ぶははははははは! キリッ、リコ! だってぇー! ふくくっ、……あははははははは! 似合わなーー! なに呼び捨ててんだよ! ふふふっ、十年早いっつーの! ふはははは!」


 ぶっ殺。


 地球に来たナメなんとか星人のことじゃない。ぶつ切りにして殺すって言ってるだけだ。え? 落ち着け? バカ、大丈夫冷静だ。ちゃんと樹海に埋めるから。完全犯罪目指すから。


 ダークサイドに堕ちたとか甘っちょろいもんじゃないほど暗くなった瞳で、何が可笑しいのか笑い転げる姉の眷属を観る。世界を破滅させるほどの力を持った種族(女性)をここで打倒しておくのは寧ろ世界的にプラスなんじゃね? 主に俺の将来的な意味で。


 フラリと立ち上がるとニマニマとした表情でリコさんがこちらを見てくる。


 なんだ? 命ごいか? 無駄なことを。


「えー、なになに? 怒ったー? こんなか弱い乙女に密室で何する気ー? やー、エッチー」


 リコさんはスカートの裾を押さえ胸元に手を当てる。如何にもな襲われ中スタイルだが、如何せん顔が笑っている。


「ふっ、なに。男女平等を宗とする俺としては、年下をからかった年上に肉体的な説教をくれてやろうと思ってな……」


 あれ? なんか卑猥じゃね? ……いや、大丈夫。そんな気は一切ないからして。未遂ですらないよ。


「いや、やめて! 乱暴しないで!」


 ニマニマしていた顔を突然改めたリコさんが、シリアスぶっちぎる感じで返してきた。いやでも、暴力って乱暴なものだしなー。


「て、抵抗しないから……」


 真剣味を帯びた顔が耐えられないと言わんばかり俺のベッドにうずくまり肩を震わす。あ、無抵抗ですか。ラッキー。殴り放題ですね。


 では失礼して暴力の行使をば、としたところで、気づく。


 いつの間にか俺の体はどうしようもない恐怖に震えていた。


 未だ麻痺していない俺の頭が全力で回転する。


 俺の立ち位置は、リコさんの対面。リコさんはベッドを背にして座っていた。必然対面の俺は扉を背にして座っていた。もしかして。いや待て落ち着け。ブラフだ。ハッタリってやつさ。そうそう都合のいい場面に出くわすはずがない。気にするこたない。俺の誇りを傷つけて遊ぶ年上にお仕置きすればいい。でも待てよ。確かお菓子を買いにって言ってたよな? いやいやそんな馬鹿な振り返って確認すれば直ぐに。ただ一応。確認のために自分のセリフとリコさんの虚言を鑑みると。そういう場面に見えるかもな。かも、な。ははは。なにビビるこたない。やましいことなんて何一つない。正当な報復さ。大体まだ何もしてないんだからして。まてまて違う違う。何もない何もない何もないのに?! なんで汗が噴き出てくるんだ?!


 視界に収まっている年上の姉の友人はまるで泣いているかのようにベッド突っ伏しているが、俺は思った。


 なんかー、笑ってね?


 瘧のように震える肩は不運に満ちた運命を耐えるがの如く見えるが、見ようによっては笑いを我慢しているようにも見える。


 …………振り向いて見るか?


 必要はないだろう。


 圧倒的な生物の気配に体が震えているのだから。


「なにしてんの」


 言葉だけで心臓を握り潰さんばかりのプレッシャー。耐性がないやつはこれだけで即死してしまうだろう。うっかり「即死呪文か?!」とかパーティーメンバーが予測しようもんなら「只の言葉だ」と言われて絶望が襲いかねん。


 間違いない、大魔王だ。


 ボス戦闘から逃げられないようにしたやつに言いたい。そりゃねーだろって。


 しかしここは良かったのか悪かったのかリアル。説得ができる。言葉が通じる。駄目で元々言い訳をしてみよう。


「ね、ねぇちゃ」


「言い訳は聞かないわ」


 効かないってさ。


















 はっ?!


 ……なんだ夢か。嬉々として俺の骨を砕く悪魔が嗤いながら「あんたもおかしいでしょ? 笑いなさい」とか言いながら逃げようとする俺の足の……いや止めよう。思い出すだけで痛い。なんか実際足が痛い気がするもん。


 なんか足が動かないので腹筋を使って上体を起こす。起こしてみてわかったのだが、体の至る所が痛い。筋肉痛かな? 久しぶり学校に行ったので使わなかった筋肉を使ったせいだろう。


「あ、起きたわね」


「うぇー、相変わらずデタラメー。正直生きてるのも不思議なのに。あの処…お仕置きには流石に引いたわ〜」


「な、なによ……手加減したからいいのよ!」


「はい?」


「へ?」


 あの、俺の部屋なんですけど?


 体を起こすと、テーブルの上にお菓子を広げて、姉と姉の友達の……たしか……なんだっけな? まぁ、姉の友達がお茶会をしていた。


 あれだ。マッドティーパーティーとやらだ。


 互いに不思議そうに見つめ合ってる年上どもにめんどくさそうに視線をやる。


「……いや、なにしてんだよ……ここ俺の部屋なんだけど?」


「知ってるわよ」


「あー、鼎ってゲーム持ってないじゃん? ここならあるって言ってたからさー。ゲームやろう、ゲームゲームー」


 女性とやるゲームか…………頭にデスがつく的な?


「嫌、」


「ちょっとー、違うでしょー?」


 断りを入れようとする俺の言葉を姉が遮る。うん、俺の話、聞く気ないね? 女の子だもんね。


「あんたが話聞きたいって言うから、こいつん部屋に移動したんでしょ?」


「ああ、そかそかー。だっただった。あんねー? 弟くん」


 健二のことかな?


「今度文化祭あんじゃん? うちらも今年は覗こうかと思ってさー」


「そうですか」


 好きにしたらいい。どうせ俺はサボる。


 こんな危険区域からはさっさと離脱するべきだと思っているのだが……あれ? 足が動かないよ? あれ?


「でもねー? こーんなか弱い乙女が二人、母校とはいえ高校の文化祭を見て回ってたら、それこそ悪ーい虫が寄ってくるじゃない?」


 おかしいな? なんか俺の足の色が紫色なんだけど? あれ? 足が? あれ?


「というわけでー……」


 必死に足を抓ったり揉んだりしている涙目の俺に忍び寄る影。


 顔を上げると、嗜虐心に満ちた笑顔で姉の友達が俺の肩にポンと手を置いてきた。


 まるで、面白くなりそうだと、言わんばかりに。


「案内、よろ〜」


 …………ん? なんだって?



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