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めんどくさがり、帰る

「寝てる」


「寝てるな」


 駅に向かって歩いていたら、遠目に、山間に広がるデカい屋敷が目に入ったので、座敷童を所定の場所に返すことにした。


 せっせと山道を歩いて登る俺を迎えてくれたのは、夏ならではの早い夜明けと敷地内のあちこちで横たわる黒服たち。


 多分ベッドが足りないとかそんな理由だと思う。


「風邪、ひく、ねー?」


「全くだな。夏で良かった」


「なつ、なら、だいじょぶ?」


「ああ。夏なら大丈夫だわ」


「そっかー」


「そんなわけないでしょ」


 あれ? おかしいな。


 俺は山々の稜線から断ち上る朝日を見つめた。


「あっはっは、嫌だなー。もう夜じゃないよ? クリーチャーはお休みの時間じゃないか」


「冴えない最後の言葉だったわね」


 俺の背後から声を掛けるのは法律で規制して欲しい。


「あー、えっと、えっと、きれーな人ー、あたし、知ってる!」


「そうねー。お兄さん、ちょっとイタいイタいだから降りてよっかー」


 なんだよその言葉。すげー不安を掻き立ててくるじゃないか。


「姉ちゃん」


「なによ」


「無事で良かった。心配したよ」


 黒服を。なんだ、原型が残ってるじゃないか!


 俺の笑顔をどう取ったのか、朝日に照らされている姉の顔は赤く見えた。


 こりゃいかん。激おこじゃん?


「あ、あんたがすごすご退場するからでしょ……つまり、あれよ、仕方なく………………あたしも心配……」


 姉らしくなく語尾が聞き取れないほど小さかった。ドレスとか着てっからそうなる。


 さてと、じゃあ後片付けは大人に任せて、子供は帰らない? ほら、酒の席に酔っ払いと一緒にいても楽しくないっしょ? その心理だ。


「じゃあ、姉ちゃん着替えて帰ろうぜ。後の事は、我が家の出来のいい方の息子がやってくれるよ。愚かな方はせめて邪魔しないように帰るしか……帰ることしかできないっ」


「なに投げてんのよ。小芝居とかいらないから」


 唇を噛み締めて笑いをこらえていたら、姉が残念な視線を向けてきて溜め息。失礼。


「……よーかい、帰るー?」


 再び寂しさがぶり返してきたのか、座敷童が俺の髪をギュッと掴む。痛い。肩車とか親にしてもらえ。


「あー帰る帰る。帰るけどな」


 再び座敷童の脇に手を入れ持ち上げる。


 ブチブチブチ


 そこは離そう? ね、分かろう? そこはさ。


 寂しげに髪を握りしめている座敷童に慰めをかけたくなくなって来ちゃったよ。もう離していいから。抜けた毛を大事そうに握りしめなくていいから。


 パラパラと死滅した俺の細胞を捨てさせながら、ポンポンと頭を叩いて告げる。


「遊びにくりゃいいよ」


「…………え?」


 不思議そうに見つめてくる座敷童に、耳の上らへんが禿げている男が続ける。


「だーから、遊びこいよ。大体毎日家にいるから。暇じゃない時とかなら歓迎だから」


「いや、暇な時なら、でしょ?」


 え、なにを言うんだ最後の審判(姉)。暇な時はゴロゴロしたいもんでしょうが。出来ればアルバイト行く前とかお使い頼まれた後とかがベター。


 行きたくない。


「いいの? あそび、いっていいの?」


 グイグイと服を引っ張って前のめりになる座敷童に頷きながら答える。


「ああOK。ただ無理はするなよ? 行く前は家の人に言って、出来れば誰かと一緒に。車がトラウマなら引き返しても、ええんやで?」


「わかった! 絶対いくー!」


 ヤヴェ、余計なこと言った系?


 汗をダラダラ流している俺に座敷童がギューッと抱きつく。


 その笑顔を見てたら、ま、いっか、といった気持ちになったので、適当に座敷童の頭を撫でてあやす。


「じゃ、マジ帰るかー」


「……ちょっと、本当に帰る気? まだ何も……」


 抱きついている座敷童を抱え上げ、ごちゃごちゃうるさい史上最強(姉)の手を掴んで引っ張っていく。服の説明のためと、着替えをスムーズにするためだ。


「な、な、な」


 姉は蒸気でも上げそうなほど顔が赤い。ヤバい。無視したわけじゃないんだけど、やはり自分の意見を聞き入れられなかったのが、導火線に火を付けてしまったか……。


 どう説明するかな。じゃあこう説明しよう。


「家に帰るまでがエスコートです」


 遠足だったかな? まあいい。大して違いはない。カエルの星じゃ大変ハードで危険な行為らしいからね。大体合ってる。


 姉は無言だ。やだ、大人しい。好都合。


 恐らく徹夜の殲滅は姉とはいえ疲れたんだろう。もしくは寝てなくて不機嫌のどちらかだな。


「帰りに朝マック買ってよお姉様。仕事にはそれに見合った報酬が必要だと思うんです」


「ふざけろ」


 ああ、良かった。いつもの姉だ。キリキリと締め付けられる手が物語ってる。あはは、砕けちゃうよ? あれ、ねぇ? ボキボキって、ねぇ?


 手一つで済むならお買い得だなと思いながら、着替えた部屋を探すために歩き続けた。










 見事な庭の片隅に建てられた小屋の縁側に、老人が二人、腰掛けて将棋を指している。


 開け放たれた小屋の中には他に五人の老人が思い思いに座っていた。


「それで? 結局オニさんの一人勝ちかい?」


 小屋の柱を背にして老眼鏡で新聞を読んでいた老人が、ニヤニヤと笑みを浮かべて将棋を指している一人に話しかけた。


「なーに、出来のいいのんが出張っただけさぁ。お気に入りは、ちーとも顔ん出さん。子供と遊んどった理由ばつけてぇ。昔っからじゃーけん。あいつんのらりくらりはー」


 指された手にむむむと顔をしかめつつ、どうでも良さそうにオニさんと呼ばれた老人が答える。


 対面で将棋を指している、ふくよかな老人が、こちらもニコニコと笑いながら、テーブルで和菓子をつつく老女に声を掛ける。


「サーやんが止めなかったっていうのが、わたしは驚きました」


 匙を向けられた老女はつまらなそうに鼻を鳴らし羊羹を切り取って口に放る。


「なんも言わんよ。なーんも言わん。良かれと思っちいいゆうに、そこん爺さんがこんまえあたしをガミガミ婆って言わはったからには」


「おおい?! そんなんで孫がハシャぐ(・・・・)かつ止めんとか? ワシは厳しく言わんとどうね? 言うただけやぁ」


 座布団を枕にしていた寝ていた禿げ上がった頭のガリガリの老人が慌てて起き上がる。


「ん? ウキんところも関わったんじゃなかと?」


 その隣で扇風機の角度を調整していた老人が、アイスを舐めながらスマホをいじる小柄な老人に、ついでと言った調子で尋ねる。


「さあ? 知らん。オレんとこは、もう息子に任しとるけん。あんたらそろそろ代替わりしい。いつまーでも居座ると孫も懐かんよー?」


「かー、余計なお世話たい!」


「ほれ、ガミガミやん」


 指差したガリガリの老人の指をサーやんと呼ばれた老女が手でパシッと叩く。


 ふくよかな老人が、ガヤガヤと騒ぎ出す小屋の中を一瞥すると、ヤレヤレと溜め息を零しながら対面に座るオニさんと呼ばれた老人に水を向けた。


「しかしオニさんもオニさんですよ。好きにさせるなんて……こうなることは分かっていたでしょう?」


「そうねー、子供は元気かねー」


 オニさんが悩み抜いた末に打った手を、ふくよかな老人が困った人だといった顔でノータイムで打ち返す。


「ひどかー」


「全くですね」


 そんな小屋の玄関口からドカドカと足音を鳴らして、開いていた襖から簡素な服の老人と作務衣を着た中年の男性が姿を表す。


「お待たせしたかな?」


「いつもんこたん」


 作務衣の男性の発言を、老眼鏡を掛けて新聞を読んでいた老人が、何でもないと手を振る。


 空いている場所に適当に座りながら作務衣の男性と、一緒にきた老人が話し出す。


「いやー、予想通りの終わり方でしたが、うちの娘がステージ飛び降りたのにだけはびっくりしました」


「若いんが暴走するんはもはや時代の恒例たい。ただ後始末がいつもうちんとこちゅうのが納得いかんわ」


「それは仕方なかー。あんたんとこが一番うまかけん。人ん問題ならヤガちゃんとこやが」


「……出来れば問題起こさない方向でお願いしますよ?」


 後から来た老人の言葉に、扇風機の前に陣取った老人が麦茶を飲みながらふくよかな老人に目を向け、ふくよかな老人が苦笑を返す。


「さて、それでは始めますか」


「ん」


「若いんも勘違いせんと、ちゃん考えれば分かっとにねー」


「馬鹿せんと分からん」


 作務衣の男性の掛け声で、将棋を指していた二人が立ち上がり小屋に入っていく。


「じゃあ今回の選挙を勝ち抜いた議員に関する報告から」


 隠すつもりがないのか、開け放たれた縁側から、しばらくの間、老人たちの賑やかな話し声が続く。














「――――以上で、お願いします」


「あ、ありがとうございます」


「で、あんた何にすんの?」


 スマイルただの店員にスマイルを振りまいてた姉が俺を振り向いて聞いてくる。あれ? 笑顔は?


 朝の早い時間なためか店内に人は少ない、というのに、何故か視線が集中している俺、いや姉。


 短めの紺のワンピースに白いスカートを合わせた涼しげな格好に店内の視線が凄い。動物的な本能か。なるほど。


 一度ポテトを揚げていたバイトくんが、姉に警戒しすぎたんだろうね? 火傷しそうだったよ。手が。


「ちょっと、早くしなさいよ」


「え、マジで」


 マジでおごってくれんの? 俺、傘持ってきてないよ?


 しかしなら遠慮することないだろう。バーガー系を五つとハッシュッドな芋を頼んだ。ふはは、食らうがいい! いや食べるのは俺だけどね。物理的に打撃が与えられないなら財布的に打撃をって思って。


 店員さんがお代を告げる。おおうファーストフードの値段じゃねーな。


 じゃ、お姉さん。


 視線をやった俺を姉が笑顔で撃墜。


「ありがとう」


 ……ん? ありがとうって変だな。今から俺がおごって貰うのに。


 ゴミを持ってきた少年が姉の笑顔に引っかかりゴミ箱にぶち当たる。あーね? 怖いよな。


「ありがとう」




 しつこく姉が笑顔でお礼を言ってくる。今日も快晴だ。分かってた。


 俺はポケットから財布を取り出した。



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