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めんどくさがりと桜 1


 私は部屋用の着物を着て縁側で庭を見ていた。


 夏の日差しは高く、蝉の鳴き声が五月蝿く聞こえてくる午前中。

 お付きの女中を傍に置き、足を崩してだらしなく柱に寄りかかり、ぼーっと庭を見る。


 私の目から涙が零れ落ちる。


 女中は私が命令しないと動かないよう躾られているので、今は一人でいるようなものだ。


 脳裏を過ぎるのは三カ月程前の事。


「…………フラレちゃった……………………」


 その日をどう過ごしたかは覚えていない。


 ただフラレた事実だけは自分の中で何度も半鐘していた。


 それでも、なんとか日常生活が送れるようになってから学校に復帰したのは、あの人が通っている学校だからだ。


 しかし、活力は湧かず目は死んだようになっていた。


 今も、ふとした時に思い返しては涙が零れ落ちる。


 フラレた。そう、フラレたのだ。


 ちゃんと約束したのに。


 結婚できる年になったのに。


「……いきなり結婚も重いし、まずは彼氏彼女? 的な? 定番な告白したのに……何がいけなかったんだろう? スタイル? 性的な思考に合わないとか? なんでも合わせるのに……。彼女がいないのは分かってるから、てっきり私の事待っててくれたんだ……って……おもっ」


 また涙が零れる。


 落ち着こう。どうせ最後は絶対自分と添い遂げるのだ。なにがなんでも。


 そう、約束。約束だ。約束したのだ。七年前の夏の日に。


 目を閉じて涙を止める。記憶を遡るように約束を思い返す。










 森の中を歩く。


 豪華な巫女装束のような格好で、とても森の中を歩くに適しているようには見えないが、軽々と歩を進める。


 何故森の中を歩いているかといえば、退屈だったからだ。


 あたしは『せんぞがえり』の上に偉いらしく、夏の日には親戚が集まってチヤホヤしてくる。


 鬱陶しい。


 その後も、あたしを楽しませるべく、近い年齢の子供を集めて『おほろしゅう』を作り、あたしの遊び相手とするらしい。


 気持ち悪い。


 あたしは不満が溜まっていた。


 あたしの家に産まれる子には少し特殊な力が備わっていて、あたしはそれが群を抜いて強いらしく、将来は一族の長の地位に就くことが決まっているらしい。


 だから今のうちにゴマを擦っておこうと大人が群がってくる。


 よく分からない顔合わせや怯えている子供の作り笑いを上座で永遠と眺めるのだ。なんたる苦行。


 私は小学校に行っていない。


 国が『小学校』と定めたところには通っているが、一人につき一つの教室(個室)を与えられ、勉強の内容は自分で決めてもいいのだそうだ。


 だから当然、友達もいない。


 親戚が集まる場は嫌いだが、同じ年の子には少なからず興味があった。


 だが、あたしに会う前に何を言われているのか、怯えて縮こまり全然楽しくないのだ。


 だからあたしは抜け出すことにした。


 何をするにもお付きの人が付くのだが、これを交わすのは簡単だ。


 『命令』すればいいのだ。


 あたしの言葉には『魂』が宿るらしく、詳しいことや難しいことは分からないが、あたしが『力』をそそいで喋れば全て実現するらしい。

 正確には言葉に付随するわけじゃないって言ってたけど、『言魂』と呼ばれているから言葉と言っておく。


 動かないように命令したお付きの人を置いて、あたしは庭から繋がっている森に入った。


 お屋敷の中で、ずっと座って大人の分からない話を聞くよりは遥かに気分がいい。


 巫女装束が暑かったが、少しの我慢だ。

 この先には川が流れている。

 その川の傍にある岩の上で休憩しよう。木陰になっているし、風が吹いてて気持ちいいのだ。


 ニコニコと笑いながら森を抜ける。気分が浮き立つ。


 しかしそれも岩場に辿り着くまでだった。


 誰かいる。


 ボサボサの黒髪に青い半袖のTシャツに黒のハーフパンツを穿いた子供が、あたしの場所で、ぐでーっと横になっている。


 誰だろうか?


 ここに来ている子供は、あたしのご機嫌取りのため座敷に集まっているはず。勝手に入ってきた? それこそ有り得ない。山は私有地として囲ってある上に、一定数の見張りが立っている。お屋敷に近づく程、警備は厳重になるのだ。


 あと考えられるのは使用人の子や分家の、あたしにお目通しするに相応しくないと判断された子供くらいか?


 あたしは少しムカッときた。


 いずれにせよ他人の家に来て、ずうずうしくもあたしのお気に入りの場所を陣取ってるなんて。


 だからあたしは取り返すことにした。当然の権利だ。


 あたしは横になっている子供にツカツカと近づいて、言葉に『力』を込めた。


「『どきなさい』」


 少し強めに言った。きっと弾かれるようにどくだろう。聞こえる聞こえないは関係ない。あたしが、どけ、と思うことが重要なのだ。


 ………………。


 ……少しおかしな事が起きている。


 子供は相変わらずグデーっと横になったまま微動だにしない。


 そんなはずはない。


 あたしは慌てて河原の岩に向かって『命令』してみた。


「う、『浮け!』」


 河原の岩は勿論、石という石がブワッと一メートルぐらい浮かび上がる。


 ……別に『力』が無くなったわけじゃないみたい。……あれ? じゃあなんで?


 疑問符を浮かべながら『力』を遮ると、石や岩が落ちる。


 結構な衝撃だったにも関わらずボサボサ髪の子は微動だにしない。死んでる?


 もし死んでても関係なく効力は発揮されるはずだが……死体に行使したことはないから分からない。


 どうしよう。というかいい加減暑くなってきた。死体なら川に落としておこうか?


 『言魂』が通じないということは、体に魂が宿ってないのだろう。つまり死体と同じようなものだ。


 あたしは完璧な理論武装で、この男の子を川に落として場所を確保することにした。別にこの子がいたら狭いってわけじゃないのだが、ここはあたしの場所なのだ。不法侵入はぎるてぃ。


 男の子に近づいて手を掛ける。そのまま力の限りプッシュ。しかし。


「ぐっ、……おっっっもいぃぃぃ!!」


 びくともしない!


 実は精巧な彫像なんじゃないの? と思い始め手を緩めると、気付いた。


 ここに来た時の態勢と、少し違う。


 間違え探しのようだが、ハッキリと違いが分かった。何故ならその違いは異様だったから。


 指が岩に埋まっているのだ。まるでテコでも動かないと言わんばかりに。


 その指を、あたしはじっと観察する。


 来た時は絶対埋まってなかったはずだ。つまりこの短い時間の間に指で岩に穴を空けたということになる。


 なんのために? 決まってる。あたしの言葉が聞こえていて、川に落とされないためだろう。


 じっと男の子の顔を見る。


 こんなに涼しい場所なのに、微妙に汗をかいている。閉じられた瞼がピクピクと震えた。


 あたしはコクリと一つ頷くと、岩場を降りて手頃な石を掴んだ。これだ。少し大きいが、これがいい。


 よじよじと片手で岩場を登りながら、あっ、『言魂』使えば良かったと思ったが、静かに遂行する必要があるため、これでいいと思い直した。


 夏場になんて労働をさせるんだ。


 いい加減熱くなってきたので、これで終わらせることにしよう。


 あたしは男の子の傍まで近寄ると、石を振りかぶった。


「どぅえぇぇいっ?!」


 ガッと音がして反動が手に返ってきた。


 痛い。


 奇声を上げながら、あたしの石の一撃をよけた男の子と目が合う。あたし、涙目。


「っっったい……! ちょっと! なにしてくれんのよ!」


「奇遇だね? 正に今、意見が一致を試みてる。てか死ぬし。なに考えてんだよ?!」


 散々迷惑を掛けて、寝た振りだったのも立証された上に、乙女に痛い思いまでさせて、あたしに怒鳴ってくるなんて……?!


「なに言ってんのよ! あんたが大人しくどけば良かったんでしょ?! あたしのせいにしないで!」


「いや、大人しくとか言われても、子供なので」


「そうじゃない! そうじゃないでしょ?! あんたがあたしの場所にいたのが悪いって言ってんの!」


「急に暴力に訴えたところを見るに…………貴様女性だな?」


「なっ……?! 他になんに見えるってわけ?! バカなんじゃないの!」


「おい、どこぞの尻尾付き宇宙人に失礼だぞ。男なのに戦闘する民族なんだと。珍しいよね?」


「龍玉じゃない!」


「ですよねー」


「違うの! 違う! こ・こ・は! あたしん家の庭で! あたしの場所なの!」


「あるある。分かるわーそれ」


「じゃあとっとと滅えなさいよ! 塵も残さず!」


「ははは、面白い!」


「冗談じゃないわよ! 本気で言ってんの!」


「女性だからね」


「意味わかんない!」


 喧々囂々と言い合う。















 思わず遠い目になってしまい、顔が引きつる。


 今思うと、なんて会話だろう。もうちょっとマシな出会い方があった気がする。


 しかし自然と笑みが零れた。もう涙は落ちてこなかった。


 そういえば、人といい争ったのも、その後のケンカも、人生で初めてだったな。


 また笑いがこみ上げてくる。


 気持ちが軽くなったからか、腰を上げ立ち上がる。庭に出ようと突っかけを履く。


「『ついてこないで』」


 共をしようとした女中や護衛に向けて発する。


 女中や護衛は動きが止まったわけではないが、私についてくることができずにオロオロし出すが、私をそれを放置して歩き出す。


 ここは自宅で、今から行くのは庭だ。子供じゃあるまいし。子供でも大丈夫だというのに。


 溜め息を吐き出した後に笑顔を浮かべる。本当に漸く一人になれた。出来れば一人で行きたいところなのだ。二人の場所なのだ。




 私は、私が元気を蓄えれる場所に、足を向けた。あの夏の日々の、あの場所に。



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