めんどくさがりとお茶を 2
弟が何故か赤くなって奇声を上げていたので全力で他人のフリを貫くために逃げ出した件について。思春期なんだね。解決。
あれを俺の血縁と思われたくなかったので逃げ出した。反省も後悔もない。むしろ受賞もんだろ常考。
我ながらナイス判断に頷いていると黒縁にデコピンされたお? 女性だもんね。暴力がデフォ。
「何を納得しているのかしらないけれど、注文は決まったかしら?」
「まだだ!」
ピンポーン
黒縁さん?
弟が上げてしまった暑さを回避すべく、ファミレスに避難することにした。カップルが死滅すれば猛暑なんてなくなるんじゃないかな? 四人席で俺と黒縁が向かい合い、テンパは俺の隣にちょこんと腰掛けている。いつも通りの眠たげな半眼は閉じたメニュー表に向けられている。パラパラとめくっただけだった。やだ男らしい。
厨房の方で鳴ったチャイムに押されるようにウェイトレスが出てくる。ハンディを片手にスマイルを振りまいている。俺の事好きなんだろうか?
「ご注文はお決まりですかぁ?」
「きのことベーコンのパスタを単品で、後ドリンクバーを――」
「三つ」
黒縁の注文に割り込み、続けて自分の分もついでに頼む。
「海鮮雑炊と唐揚げと、海の幸フライの単――」
そこでテンパがこちらを向く。俺が頷きを返す。
「洋食セットで」
ウェイトレスのお姉さんが注文を繰り返して戻っていく間、何故か黒縁がずっとこっちを見ていた。
ふっ。俺だって学んでる。ここからの対応を間違えたりはしないさ。
俺は不適な笑みを浮かべると明後日の方向を指さした。
「トイレは入口から入って右」
「違うわ」
あれれ? 目の錯覚かなぁ? 俺の左手の中指だけ反対方向に曲がってるぞぉ?
「先程の注文だけれど……全部あなたが食べるわけじゃないわよね? その子の注文も一緒にしたのでしょう? 私の見落としでなければ、まだ何も喋っていないように見えたのだけれど。どうやって注文内容を判断したのかしら?」
なんで人差し指も握るのん?
「な、なんとなく。嫌だったら嫌って言うと思って」
「……そうかしら? 私達の高校の女子生徒よね。制服を着ているし」
そう。テンパは何故か夏用の制服を着ている。バカなのかな?
「部活とかで学校行ったんじゃないですかね」
「……そうだわ。部活動の一環で来たんだったわ」
黒縁が何かを思い出したと言わんばかりに、目を軽く見開く。手を離そう。
「それじゃあ、まず自己紹介からかしら。三年の亜丞麒絵よ」
うーん。自己紹介ねぇ。でもテンパが、
「澁澤 濕、一年」
喋るんだ。うん、喋るんだね? いや別にいいけども。あと黒縁はそろそろ手を離そう。
流れが来た。なら乗るしかねえな。俺は喉の調子を確かめた。何気に自己紹介は初だな。では!
「俺の名前は工藤新ぐぅうううっ?!」
「そういうのいらないわ」
人差し指が?! ご想像にお任せします。
「高校生探偵とか求めてないのよ。キャラクターとしては褐色の方が好みだわ」
小学生にトランスフォームできるんだぞ?!
俺が驚愕を表すために尋常じゃないくらいの汗をかこうとしていたら、ウェイトレスさんがスープだけ持って戻ってきたので止めておいた。恥ずかしいしね。ただ、笑顔を浮かべて受け取ったというのに、俺の指を見てビクッとしていた。ははん。緊張してるんだね? どうやら俺の事を好きにまた一票だ。
テンパの前にスープを置いて、とりあえず先に飲み物が飲みたかったのでドリンクバーに行くために席を立ち上がった。
「紅茶、ストレートがいいわ」
「烏龍茶」
女性と相席してるんだもん。この展開は予想していた。ドリンクバーに行く途中、目頭が熱くなったので押さえた。涙とは関係ない。絶対ない!
ごちそうさまでした。
二人とも食事をしながら話すという事もなく、黙々と食事をしていた。周りからの視線が刺さる刺さる。沈黙が重い重い。昼時ということもあって人が多いから死にそうです。
なんなんだよー、こいつらよー。視線も沈黙もガン無視だし。こちとら野郎の圧力だけで帰りたいのに。中にはマナーが悪く口笛を吹く奴もいた。
「はぁー、帰りたい」
「そう。じゃあ、あなたの家に場所を移しましょうか」
「デザートどうします? チョコレートブラウニーがオススメですよ」
笑顔全開でメニュー表を黒縁に向けて広げる。背中では滝汗だ。最近俺の聖域(自室)が侵され過ぎだと思う。金髪に茶髪がマークしてんのに、この上黒髪もとか無茶するよ。あの部屋に入っていい黒髪は俺だけだ! 姉? あれが生物だと思ってんの? 頭から生えてんのはダークマターだよ。
「遠慮しておくわ」
「さいで」
うへへへへへと笑いながら額をピシャリと打つ。
「その顔はやめなさい。あら、間違えてしまったわ。その表情も止めなさい」
撤回してないよ? 追加で増えてるだけだよ?
俺がハテナマークを浮かべていると、黒縁は「さて」と一息つき、持ち上げていたカップをテーブルに置いた。
「そろそろ本題に入りたいのだけれど」
いいね。をプッシュ。
「部長から部員への通達事項よ。我が文芸部の……また間違えてしまったわ。私の文芸部の」
間違えたのは人の道的なものじゃなかろか。
「部員の文章力と読解力を把握するために、合宿を敢行します」
いいね。を再びプッシュ。
何言ってるんだろうねコノ黒髪ストレートは。合宿? もうね、合宿は終わったんだよ。大体あんたの文芸部に入部した記憶はないよ。頭の中空想でいっぱいなんじゃないの? 花が咲いたどころか蜘蛛の巣でも張ってんじゃないの? 一度カチ割って中身綺麗に薬指があ?!
「大丈夫かしら? 汗をかいているようだけれど?」
「夏ですから」
「そうね。あと十七本も残っているものね?」
ビックリだぜ。足も入ってるね? 折らないって選択肢は?
「あなたって……本当に顔に出るわよね?」
ハハハ。何をバカな。俺のポーカーフェイスはワールドレベルじゃないかって噂が巷で飛び交ってるんじゃないかって最近怪しんでるんだけどそれも顔に出ないから俺から情報を得る事は正に神の御業如き所行、
「目が泳いでいるわよ」
「チョコパも捨てがたいっすよね」
って思ってる。
黒縁が細く長い息を吐き出して眉間に指を当てる。やれやれ、疲れてるんじゃないのかな? 全く。
「今日はメガネ掛けてないっすよ?」
「呆れているのよ」
黒縁がギラッと鋭い視線を向けてきたのでさり気なく目を逸らした。左手を隠す事も忘れない。
「……まあ後でいいわ。それで合宿なんだけど……」
そこで黒縁は顎に手を当て軽く首を傾げる。
「……合宿って何をするのかしら?」
へっ、バカじゃねえの。
「誰かの家に泊まって夜通しモンスターを狩るんすよ」
構うのも嫌だったので適当こいてコーラを飲む。
「なる程」
黒縁が俺の言葉にふんふんと頷いている。……ん?
「じゃあ、早速やってみましょうか。一泊よね? 他の部員にも連絡しないといけないわね」
そう言って紅茶を飲み干すと、こちらに『急げ』と視線を送ってくる。何を?
また一口コーラを口に含む。隣に視線を向けるとテンパが置物のように座っていた。正面に視線を戻すと黒縁が頷きを返してきた。いやわからん。なんで頷いた?
「あー……、一応聞きたいんですけど、何をするんすか?」
「低脳ね。今言ったばかりじゃない。……仕方ないわね。出来の悪い部員を持つと部長は苦労するのね、今から合宿をするわ」
それは聞いたね。
「どこで?」
「あなたの家で」
初耳だね。
「何を?」
「モンスターを狩り殺す(?)わ」
耳を疑うね。
「えーと、まず現実世界にはモンスター(姉)はいません」
「そうだったかしら? 確か……男は狼だと耳にしたことがあるんだけれど……」
問題だね。仮にそうだとしても、獲物は俺ですか?
「……包丁とかでいいのかしら?」
事件だね。普通に事件だよ。
「文章力と読解力は何処いったんすか……」
…………。
黒縁は徐に自分の髪を梳いた後、毛先を確かめ顔を戻してくる。
「勿論、覚えていたわ。……本当よ?」
なんで小指を握ってくるですか?
「ううう疑ってませんよ?!」
「そう? 残念だわ」
何が? とか聞いちゃいかんねん。流石に六割持ってかれてんのにこれ以上とか勘弁。
黒縁が、そっと俺の小指から手を離す。うん、いいね。お前が俺の小指を握った時に周りの圧力も上がったからね。俺の他の指が見えてないのかな?
「それじゃあ、そろそろ行こうかしら」
どこに?
「どこに?」
「親指の方が良かったのかしら?」
「ご案内しますミ・レディ。しかし、あのようなあばら屋がお嬢様に」
「小指とセットで」
「行きましょう行きましょう。本当早く行きましょう」
俺の目尻に光るモノがあったとなくもなかったとか。
会計を済ますためにレジに行ったら、料理を持ってきてくれたあのウェイトレスさんがきた。
「お会計はごっ?! おっ、お客様? 手が」
そうでしたね。
俺は左手の反対側に曲がっている指を戻した。ゴキゴキっと。
最初は目を丸くしていたウェイトレスさんだったが、自分の中で納得したのかポツリとこぼした。
「手品とか……ですか?」
タネも仕掛けもないという点では、大体合ってる。
何でもないですよー、と笑いながらウェイトレスさんに左手をグーパーして平気な所をアピールしていたら、後ろからボソリと、
「……治るのね」
驚きの色が混ざった発言が聞こえた。いや、むしろその発言が驚きだよ。




