乙女それぞれ 私編
鳴神真綺
期末も乗り切り夏休み直前の最後の週末。金曜日。
私は友達の誘いを断り、一人ブラブラしていた。
理由の一つが恵理。私の親友。
恵理はお嬢様らしくというかお嬢様だからというか、子供の頃から習い事を沢山やっている。今日はピアノだったかな? 門限も厳しい。私と遊んだり電話したりするのは少ない時間を縫ってやっている。可愛い子だよ〜。
だから今日、友達が水着を見に行こうと誘ってくれたのを断った。恵理と一緒に行こうと思う。
特にする事もないので本屋を冷やかしに行ったら、集めてる少女漫画の最新刊が出てた。はやーい! うそっ?! あと二ヶ月は先だと思ってたのに!
当然購入。
中間テストの結果が良かったから今月はリッチだ。来月は…………バイトするもん。それかお爺ちゃん家に帰った時にお小遣い貰う。お母さんにバレないように。
購入した本を鞄に直す。どうしよう? 早速帰って読もうかな?
最近は日が落ちるのもメッキリ遅くなってきたので、このまま帰るのも少し勿体ない気がした。服でも見に行こうかな? う〜ん。でも恵理と水着を見に行く時に、ついでに夏物も見るだろうしなぁ〜。
よし。お菓子を買って帰ろう。
私は頷くと、地元密着型のスーパーに向かった。毎日お菓子を買っているとお小遣いの減りも当然速い。コンビニなんてとんでもない。スーパーで大量に買うのが、たった一つの冴えたやり方だ!
スーパーに着いた。このスーパーは私の家から遠いけど、今日はお菓子の安売りをしている。十円違うんだよ? 大きすぎる。店長の人も額も。
私は一目散にお菓子コーナーに向かった。カゴは持たない。カゴを持っちゃうと次々お菓子を入れちゃうからね。夏も近い。ポッコリは勘弁願いたい。
私はお菓子コーナーで真剣に吟味した。甘い物と辛い物……断然甘い物だが、ポテチも捨てがたい。……両方いっちゃう? 駄目駄目駄目駄目! あんまり運動したりしないんだから、こういう油断が大敵なんだよ! 乙女には。
私は結局、より安いポテチを選んだ。節約節約。
私はポテチを掴んで顔を上げると、丁度お菓子コーナーにカートを押してきた人物と目があった。
「あ! 八神君」
ポロッと口からその人物の名前が零れ落ちる。
八神君は恵理の好きな人。私から見ると……優しくないしデリカシーないし物覚え悪いし真面目でも誠実でもない不良債権。この前、初めて話したけど思わず殴っちゃった程だ。よりによって恵理と間違えるなんて……恵理は本当にコイツの何処がいいのだろう。
他にも、最近亜丞先輩や蕪沢さんとつき合ってるという噂の本人。まぁ皆、本人見たら噂だなぁ〜って引き上げちゃうんだけどね。莉然さんとも仲良さげだったけど、相変わらずお昼は一人だし……。
そんな八神君だから、つい声を掛けちゃったけど特に用事があるわけではない。
だが八神君は、バッチリ目が合ったし声も届いている距離なのに、カートをUターンさせた。おいコラ。
「洗剤。せんグエッ!」
思わず襟を引っ張ってしまった。あれ? 結構酷い事してるな、私。
その後、私を無視した事を怒ってるフリをしたら、八神君は素直に謝ってきた。少し言葉を交わして別れる。そういえば、結局この前も荷物を持って貰ったんだっけ……。
八神君の良いとこ一つ発見。意外と素直?
そう思うと自然に笑みが零れた。押しに弱いタイプなんだろうか。話し掛けやすい所はあるよね。
私は笑顔のままレジで会計を済ませスーパーを出て行った。
蕪沢椎名
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
私は自室の畳の上で、顔を真っ赤にしながらゴロゴロと横に転がっていた。
最近、発作のようにコレと似たような事をしてしまう。
何故かは自分でも分かっいる。
八神兄に食堂でした事が原因だろう。
恋愛感情ではない。……はず。そもそも約束だから違える分けにはいかないと思ってるだけだ。……多分。……いや、じゃあアレはしなくても良かったんだけど何かせずにはいられなかったというか漸く一泡吹かせてしてやったりというか全然会いに来ないから興味ないのかと気になったというか、いやいやいやいや最初からずっと無茶な要求をしたから罪滅ぼししたいってね? 要求というより暴漢だったからお詫びってね? 兎に角違う。違うはず。
私は息を吐き出し、心を落ち着ける。
彼に折られた腕は、もう大分治ってきてる。胸もだ。あれだけ派手に飛ばされて、命に至る一撃を受けたのに治りが早いのは元来の回復力だけじゃないだろう。
手加減されたのだ。
それが分かった時、悔しい反面、嬉しくもあった。
八神兄が昔逢った彼と同一人物かどうかは分からない。しかし、ハッキリと負けを突き付けられて私は思った。
これで、漸く一勝。
彼の事を考えると自然に笑みが浮かぶ。死合前の情けない顔。焦った表情。めんどくさそうにゲームをしている顔。致命傷を受けたはずなのに平然としている顔。そして、少しポカンとした間抜け面。
そこでまた少し赤くなる。
私はそっち方面に強い興味があるわけではない。元々、好きにしていいという条件も、下心満載の男子を釣り出して叩きのめすために言っていただけで、真摯な告白は丁重にお断りを入れてきた。負けるなんて思ってなかったし。
しかし負けた。しかも強引にいって。言い訳すら無く。
完敗を喫した私だが、怪我の治療が終わるとモヤモヤし始めた。彼は私を殺さなかった。という事は私の体を性的な目的に使いたいんだろうか? 今まで自分の体がどういう風に見られていたか知ってるし、強行に命懸けの試合を行ったのだ……否やはない。しかし心の準備というか、段階はちゃんと踏みたいというか。…………まさか私がここまで乙女だったなんて……。
そこまで考えが至ると、私は真っ赤になった顔をブンブン振る。
二言はない! 二言はないのだが……。
彼は現れなかった。
当初は、
よくよく考えてみれば、彼だって大怪我している。私と大差ないぐらいだ。私が床に伏せっているのだから、彼だってそうだろう。
そう思っていた。
しかし、お見舞いにくる友達にそれとなく彼の事を聞いてみた。当然彼の事など知らない友達は次のお見舞いの時にと言ってくれた。そしたら――
「えっと、八神君? だっけ? あの、寝癖そのまんまのボケッとしてる……」
友達の言葉に私は頷いた。多分間違いはない。友達はそれでも、あれー? と首を傾げている。
「ん〜、あれがそうなら、その人、学校に来てるよ?」
…………そんな筈はない。混乱する私を尻目に友達が続ける。
「そのクラスの友達に聞いたから、そうだとは思うんだけどー? 特に怪我とかはしてなかったよ?」
「……ひ、左腕、とか?」
「え? んー。分かんない。パッと見だし、でもギブスとかはしてなかったような……包帯は……んー? やっぱり分かんないよ」
「そ、そう」
結局自分の目で確かめるために怪我の完治を待たずに学校に行った。
私の怪我してる姿が随分と騒ぎになったり、これ幸いと『お願い』をしてくるゲスな男を断ったりと、少し手間取ったが、何とか彼と話せる状況に持っていけた。
そして、やってしまった。
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
衆人監視の中でなんて大胆な事を! でもでも彼の表情を見てスッキリした。色々相手にされてないと思ってたから。友達には呆れられたけど。
茹だった頭で考える。彼はこのままじゃ会いに来ないだろう。そらそうだ。私に会えば痛い目ばかり見てるのだ。会いに行くべきだろうか? 少し押し付けが過ぎないだろうか?
怪我はもうすぐ治り、夏休みに入る。私は足をバタバタと動かした。
亜丞麒絵
私はパソコンの前で息を吐く。何も思い浮かばない。
人生は何事も経験が大事。私にとって本は窓のような物。そこから誰かの行動を覗き、その時の誰かの考えを知るべく、同じ又は似た行動をとるのは自然な事。だった。
当然ながら、魔法や超人的な力を持っているわけではないし、現実に起こりえない事を実践できない事は分かっている。分別もちゃんとある。法に触れるような事はしない。ギリギリはあるが、一線は越えない。
しかし、まだ私の知る現実というのが狭い範囲だった事を、最近知った。
一年の八神健二が、当時まだ私が一年だった頃、学校で絶大な存在だった八神先輩の弟なのでは? という考えは持っていた。何しろ二人とも目立つ。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。正に完璧な存在。
だからあまり興味は湧かなかった。
予想通りの行動をされても面白くはない。予想以上の行動をされても驚きはない。
常に予想外を求めていた。
それを鑑みたら、最近会った二年の八神は。
私は我知らず口元に笑みが浮かぶ。
自殺者の心理を得ようと屋上に立っていただけなのに遺書をしたためろと言われたり、あれだけ嫌がっていたのにすんなり文芸部に入ったり、何を考えているのか予想がつかない。単純なように見えるのに、何故そんな行動をするに至ったのか思考が読みとれない。
いつもつまらなそうな面倒そうな顔をしている、あの阿呆は。
「な〜に? なにがそんなに面白いの?」
突然声を掛けられ振り向くと、母がドアを開けて顔を出していた。
「……お母さん……ノックぐらいしてちょうだい」
「……あ、ごめ〜ん。……おこった〜」
とても母親とは思えない若さを保つ母は、涙目になりながら顔を半分引っ込めるが出て行く気はないようだ。私は溜め息を吐き出す。
「……それで? 何か用なの?」
私が声を掛けると母は笑顔を浮かべて応える。
「あのね〜、フライパンがまた黒くなっちゃって〜」
私は手で頭を押さえる。またなの?
「食事を作る時は呼んで頂戴。それかお父さんがいる時にして」
「やっぱりおこってる〜」
再び涙目になりながらドアに顔を隠す母に、私は溜め息をつきながら立ち上がる。
「怒ってないわ。呆れてるだけ」
それでもキッチンに向かう私に母は嬉しげについてきた。この人は本当に私の保護者なのかしら?
保護者。年上。結婚もしてる。
フライパンの焦げを落としながら、私は母に聞いてみた。
「お母さん。お母さんは、男性の気持ちが分かったりするのかしら?」
母は首を傾げた。
「な〜に〜? また、本のおはなし〜?」
その言葉に、私は笑った。確かに、彼は本から抜け出したような人だ。しかし私は首を横に振りながら応える。
「違うわ。部活をサボってばかりいる、悪い下級生の男の子の事よ」
その言葉に、母は少し驚いていたが、質問にはキチンと答えてくれた。
私はその言葉を聞きながら、その悪い下級生を合宿に引っ張っていくにはどうするかを考えていた。




