めんどくさがりと選手選抜
次の日。
なんか早く目覚めたよ。
起きると寝汗をかいていた。心臓の鼓動が速い。虫の予感とでも言うのだろうか? 嫌な予感が消えない。
俺は飛び起きると、ドアを蹴り開けて部屋を出た。
「にい!」バゴンっ。
ん? 間違ったかな?
しかし些細な問題だ。俺は今すぐ確かめねばならないことを優先した。
虫の予感とは、元来凶兆を表すとされている。もっとも身近な例が、家族の不幸。俺の家族に不幸が! そう思うと逸る気持ちを抑えつつ、廊下で呻く弟を置いて下に降りていった。
台所には母さんが。
「あらおはよう。早いわね」
「はよ。父さんは?」
挨拶もそこそこに一家の大黒柱の安全を確認する。
「今日はもう出たわよ。朝ご飯どうする?」
存在が不確かすぐる。しかし母さんが父さんの危機に気付かないなどありえない。大丈夫だろうと判断。俺は大本命の所に向かった。
「朝ご飯はー?」
母さんの声が追いかけてきたが今はそれどころじゃない。俺は姉ちゃんの部屋に入った。
本邦初公開! 姉の部屋!
なんとびっくりな事にファンシーだ。人形とかぬいぐるみが沢山。でも足の踏み場も無いほどゴミやら下着やら散らかしてある。
俺は気にせず姉に近づく。姉は寝てると天使の様だ。略して天使様だ。ホント起きなきゃいいのに。
姉は仰向けに寝ている。まるで時間が止まっているかの如く動かない。俺はすかさず手を姉の口元にやる。
……嘘みたいだろ。……寝てるんだぜ、これ。
念の為。布団に手を突っ込んで姉の手をとり脈をはかった。脈あり。俺はガッカリした。頭の中で巡っていた俺の人生設計は一歩も踏み出さず躓いてしまった。
顔を上げたら、姉とバッチリ目が合った。
「おはよう、姉ちゃん」
堕天使覚醒。
「次は涅槃で目覚めなさい?」
有無を言わさずだった。
……母さんごめん。朝ご飯は食べられそうにないよ。
黒い翼の天使様は俺を地獄に導いた。
おまけ。
ボロ雑巾の俺は食卓についていた。姉は未だに怒り心頭だ。
「ほんとありえないわ。いくら自分が女日照りだからって、いくらあたしが絶世の美女だからって」
クスッ。
衝動的に出るものはしょうがないじゃないか。
朝から二回だなんて。俺の虫の予感は外れてないようだ。いつもより早く起きたから折檻も長いのだろう。家には二人きりだが、その内一人になっちゃうね?
来世では世界が平和でありますよーに。
時々生きてる事が不思議になるよ。人間って奇跡の産物。
ヨロヨロの俺はギリギリ出欠に間に合った。
「八…………がみ?」
「はい」
先生俺だよ。オレオレ。
納得はいってないようだが、俺が返事したので先生は次の出欠にいった。
出欠が終わると先生は連絡事項を話して出て行った。なんでも五限のLHRは選択体育の選抜選手決めをやるらしい。俺には関係ない事だ。
いつもの通り、ノートと教科書を出していると、隣の奴が話しかけてきた。どうした? 一限は移動教室じゃないぞ?
「八神君八神君。……その顔ってどうしたの?」
「姉の不興をかってボコボコにされた」
「…………お姉さんって恐いんだ」
「恐いっていうかツラい」
存在がね。
それで終わりかと思ったら、珍しくまだ話したそうにしていたが、俺はまるっと無視して黒板タイムに入った。隣の奴はそれで諦めていた。
それにしても今日は妙に視線を集めているな。原因は分かってるけどね。みんな俺のお姉様の愛の跡が気になるんだね? よせやいっ。そんないいもんじゃないよ。
ボーっとタイムに入っていたら、名前も顔も知らないクラスの奴に話しかけられた。どうやら自習に入っていたようだ。お前ほんとにクラスの奴か?
「なぁー、八神って莉然と知り合いなの?」
どうやら隣の奴の友達らしく二人でこっちを見てる。
誰だよ。
「誰だよ」
俺の返事に驚いた表情で二人が説明を始める。
「誰って……。俺らの代の新入生代表じゃん。莉然琉那」
「八神君が一昨日の放課後、クラスの前でなにか袋受け取ってた子だよ。茶髪で、シャギーの」
茶髪かよ。
二人は少し呆れていた。
そんな事言われても、入学式とか己の膝しか見てなかったしなー。そうかアイツ莉然って言うのか。宮本に次いで名前を覚えた二人目だ。いやー、自己紹介とかクラスの顔合わせの時しかやらないし、他のクラスの奴の名前とか覚えないもんね? 「俺の名前は八神健二。よろしくな!」とか恥ずかしい。普通やらない。
「まぁ、知り合いだな」
「えっ? マジで?! 彼女?!」
コイツうるさいな。なんか……微妙に注目浴びてないか。不穏な気配。
俺は周りを見渡したが、自習時特有のガヤガヤが普通に繰り広げられていた。気のせいだったようだ。
「違う。コンビニ周りをウロウロしてたらアイツのせいで制服が汚れてな、洗って持ってきてくれただけだ」
嘘じゃない。
「なーる」
「あの袋の中って制服だったんだ」
少し納得したように二人は頷く。
「でもさー、番号交換してたじゃん? 連絡取ったりしてんの?」
「いや。もし制服に不備があった時の為だったんじゃね?」
嘘だけど。
それで漸くチャラい感じの奴は納得したようだ。「オレだったらチョー電話かけるわー」とか言っていたが、そこでチャイムがなったので自分の席に戻っていった。
さて、ご飯ご飯。
混んでる時間が嫌なので、少し時間をずらしてから行きます。今日は残り物だね。
ザワザワと賭博野郎の効果音並みに騒がしい周りは、誰かの席を中心に車座に座ったり、連れ立って学食か購買に出掛けていく。
俺はそれを見ながら十五分くらい待とうと思っていた。そしたら俺の横の窓が開いたんだ。
そこには、黒縁がスマホを構えて立っていた。
カシューカシュー。
…………。
「こんにちは。久しぶりね? 八神健二君」
女の子の笑顔ってもっとこう……。いいんだ。帰ったら画面の向こうの子に癒やして貰うから。
「……先輩。盗撮ってどう思います」
「私も女の子だから気をつけているわ。いざという時は頼ってもいいかしら? 健二君」
「……俺と先輩の仲(他人)じゃないですか……気軽に八神でいいですよ?」
「そう? じゃあ、八神君。二年になるのが早いわね?」
「成長期なもので」
「成長期ってそういう意味で使うのね。初めて知ったわ」
「一つ賢くなりましたね?」
「私って皮肉は嫌いなの。知らなかったわよね? 一つ賢くなったわね」
そこで黒縁は溜め息を一つ吐き出した。
「……素直に謝れば」
「ごめんなさい」
まだ間にあう? まだ間にあうよ!
「許す気はないのだけれど」
流石だよ。脱帽だね。
そこで黒縁はなんかの紙と朱肉を俺の机の上に置いた。入・部・届…………。黒縁が俺の手を掴む。しかし俺の手はビクともしない。
「……凄い力だわ。流石に男の子ね……」
「先輩。何の真似ですか?」
いや、可愛らしく小首を傾げられても。
「拇印を押そうとしてるのよ? 出来れば自発的にやって貰えば助かるわ」
我が校の判子は基本拇印。判子忘れてもいいようにだそうだ。職員室のパソコンには指紋照合ソフトも入ってるってさ。
飛んでいた意識が帰ってくる。黒縁は未だに奮闘していた。
「抵抗はやめた方が身のためよ? 私も手荒な真似はしたくないわ」
だからどの筋の人だよ。
「私は団員ではないわ」
「頭目なんスよね?」
俺もジョンじゃねえよ。団長の腕章でも付けてろよ。
因みにすげー注目だよ。食事続けろよお前ら。廊下は止まるな、流れていけ。
「……先輩、無駄ですよ。絶対判は押しません」
「ふぅ。どうやらそのようね」
一つ頷くと、入部届と朱肉をポケットに直した。
「ところでお昼は食べたかしら?」
「食べました」
第六感がガツガツ俺を叩く。分かってるよ。俺もカモネギになるつもりはない。ゲットされちゃう。
「そう。残念ね。じゃあ、またね?」
手をフリフリ教室を後にする黒縁。廊下から姿が消えるのを確認してから、俺は購買に行く事にした。黒縁は学校の惣菜パンを知らないようだったからな。黒縁の去った方向とも逆だし、イケる!
購買ではサラダパンとエビカツサンドを手に入れた。良かったよ。エビカツサンドあって。
ここで屋上に行けば二の舞なので、もっとも人気の無さそうな空き教室にいった。遠いんだよ。
ガラっとね。
「あれー、八神じゃん? どうしたの? こんなとこに?」
ピシャとね。
「なんでよ!」
茶髪が追いかけてきた。茶髪は怒りを溜めている。
お前こそなんでこんなとこいるんだよ。俺はウンザリした顔をした。茶髪は俺のポケットから出ているサラダパンを見て、
「……君もお昼? じゃあ、入ればいいじゃん?」
「いや、先客もいるようだしな。俺は教室で食べるよ」
茶髪が俺の腕を引っ張ってこっちこっちと手招きする。どこのおばちゃんですか?
渋々茶髪の隣に座る。茶髪はニコニコしてる。
もー、こいつ無防備にも程があるわ。この現場見られたら言い訳する方が怪しくなるわ。もっと警戒しろ。女は狼なんだぞ。喰われるのは俺。
考えるのがめんどくなってきたので、さっさと食事終わらせて帰る事にする。茶髪はマックを食べていた。こいつ抜け出しやがったな?
「あー、そういえば、メール見てないでしょー。クレープ。お姉さん許してくれたー?」
「ああ。許してもらった。助かったわ」
そう。姉に土下座して許して貰った。夕飯に間に合ったのが吉だったようだ。但し、アイスクレープは俺の顔にスパーキンされた。勿論全部食べた。子供の頃から、とある学園のおばちゃんが「残すな、食え」って言ってるのを見て育ってきてるからな。お残しは、許されない。
「でしょー? あそこのクレープ平日しかやってないよ。あの時間帯だけー」
ニコニコしてる茶髪に俺も自然に笑みが浮かぶ。コーヒーを開けてサラダパンをパクついた。えーっ、マズい。
「あ〜、それ美味しくないよねー。これつけてみる?」
茶髪がマスタードを差し出してくる。俺はサラダパンにつけて食べてみた。
なんだコレ?! マズい。
「あー、ダメかー」
茶髪が俺の表情を読んで苦笑する。俺は残りを詰め込んでコーヒーで流す。さて本番。
俺がエビカツサンドを開けると、茶髪が嬉しそうに言った。
「あ〜、おそろーい。あたしエビカツバーガー」
本当こいつとは食の好みが似てる。
「そういえば君さー、選抜されてたりするの?」
茶髪が思い出したといった感じで聞いてくる。選抜?
「ほらー、選択体育の。君強いじゃん? 選ばれたりすんのかなって」
あー。選択体育の合同授業か。武道大会ね? 正式名称は選択体育合同親善交流試合だったかな? なげえ。
因みに俺の選択は柔道。投げられた後にグッタリしてたら、保健室かその辺の端で休んでられるのだ。当然、そんな俺が選ばれるわけはなく。
「うちまだ決まってねぇよ。多分俺は選ばれねぇ。お前んとこ決まったの?」
「あたしんとこは一限に決まった。まー、女子関係ないけどね」
そう。この武道大会は男子の祭典。女子の選択体育はバスケとバレー。男子の選択体育は空手と柔道と剣道。
各格闘技ナンバーワンを決めるこのイベントは、選択してる科目に各クラスチームでエントリーする。一クラス各選択ごとに一チーム。計三チーム。一チーム三人の点取りトーナメント方式で一番強いクラスを決める。
基本的にその関係の部に入ってる奴は試合に出れない。空手部の奴は空手の試合に出れない。大抵審判に回されたりする。
優勝したクラスには食券とエキシビジョンの権利が貰える。
エキシビジョンとは、優勝したクラスの男子が一人ずつ闘いたい相手を指名して闘う試合の事だ。
これが大抵教師を選んで盛り上がる。
開催はテストの終わった次の週にある。一年に一度だけ。
準備が殆どする事がないので、選手決定は結構ギリギリになる。
当日選ばれない男子は恐ろしい程暇だ。ひゃっほー!
「あたし当日ヘルプ〜」
茶髪が嫌そうにコーラを啜る。
ヘルプとはタオルを渡したり水を渡したり、怪我人の処置をしたりする人の事。絶対女子。男子の推薦の後、女子の立候補で決まる。残りは応援。この応援とヘルプは強制で、当日の女子は自由が殆どない。
「大変だな」
「ねー?」
そんな会話をしてたら、食事が終わった。俺が立ち上がると茶髪もついてきたが、俺は右、茶髪は左に別れた。
「あたし用あるから、じゃあね、バイバイ」
……茶髪、そっちはトイレしかないよ。
俺はデリカシーをフル起動。
「じゃあな」
挨拶を交わして茶髪と別れた。
まだ教室についてないんだよ。何故って? ロリ子が待ち伏せてたんだもん。
俺がクラスのある階の踊場に上がると、
「あっ、あの、や、ヤガミ君……」
ロリ子が声を掛けてきた。
いつもビビらすのは悪いと思ってるからな、なるべく優しく声を返した。
「どうした? もうすぐ授業始まるぞ?」
ロリ子は意を決したように顔を上げると言った。
「でっ、電話番号とアドレス、お、教えてほしいの」
なーぜー? ナンパかな?
言葉が足りないと思ったのかロリ子が続ける。
「と、とと図書、委員の、連絡事項とか! あたし休みがちだし……」
期待してないよ。ホントだよ?
しかしロリ子は本当に真面目だねー。そういえば、当番忘れてたのも俺だしね。
俺は携帯を取り出した。
ロリ子も取り出し、番号を交換する。
「わりぃな。この前も忘れててさ」
「ううううん。大丈夫だよ」
凄い勢いで首を左右に振っている様はとても大丈夫に見えなかった。もげるって……。
それから二人で教室に戻った。同じクラスだからね。
さあ、会議を始めよう。
教壇に立つのはやる気なさげな担任。グラサンかけた禄な指示を出さないオッサンではない。
「じゃあ、決めてくぞー」
まず選択してる科目が呼ばれたら手を上げる。
その後は選択選んでる奴らで話し合い。大抵強い奴順になる。当然俺は外れた。
空手、柔道、剣道と順調に決まり、後はヘルプ決めになった。
男子の手がすげー上がる。俺は選手に選ばれてないので、既に満足。ボートタイムです。
女子のヘルプは理由がない限り推薦で粗方決まる。
「えーー、鳴神、真田、眞鍋、士雁―――」
ヘルプも滞りなく決まる。後は応援の臨時班編成だ。試合が重なった時用に三つ班を作っておく。女子のヘルプは九人。応援が十二人。四人一班に別れる。意外と女子は真剣にヘルプも応援もしてくれる。食券掛かってるからね。
「じゃあ、各選択に分かれて順番決めろー」
この順番決めに時間が少し掛かる。
先鋒、次鋒、大将と呼ばれているこの順番、実力通り行くのがセオリーだが、なるべくポイントを稼ぐ為に強い奴が先鋒になったりする。エントリーシートは提出後、順番を変えられない。交代は怪我の場合のみOK。補欠はいないので、ボルテージ上がった誰かが、「俺がいく!」ってなる。
我がクラスは強さの順番が二一三である。一番強い奴が安定して一勝。大将は捨て。二番目に強い奴が勝負を決める作戦。先鋒負けたら大将のプレッシャーヤバいな。
他の選択も決まったらしく、三々五々と席に戻っていく。
エントリーを担任が回収して終了だ。
「じゃあ、持ってくぞー? 順番これでいいなー?」
担任が確認の声をかける。待ったをかける生徒はいなかった。
開催は明後日。金曜日だそうだ。大体毎回そう。怪我しても疲れても土日で調整して出てこいよとのこと。
六限は最後の答案とテストの結果表を貰って終わった。
……ところで当日、俺休んでいんじゃね?




