32.駅長が警戒
「詐欺じゃないのか?」
「えっ?」
「売上の山分けなどと甘い話で釣って、売れ残ったら、製作費を折半しろとか何とか言って、金を巻き上げる気なんじゃないか?」
「えっ……? それは……どうなんでしょう……?」
「もしかすると、ウチに商品を買い取らせて、自力で売れと言う押し売りかもしれん」
谷上駅長の警戒心の強さに安心したが、今はそんなことを言っていられる場合ではない。既に事態は動いて現場の職員には決定権がなく、著作権者の西口や交渉窓口になった三木の手も離れていた。
ニコパから本社に連絡が行けば、完全に手出しできなくなる。
気付いた瞬間、三木の心臓が跳ねた。
連日の睡眠不足で判断力と思考力が失われつつある。
キャラの版権使用料の受取りをどうしようかと悩んでいたが、本社に連絡が行くならニコパの版権料のハナシも本社とするに決まっている。ニローがコラボの件を伝えれば、その版権料も本社に寄越せと言われるかもしれない。
今のところ、本社から二木あおいのアカウントへの接触はないが、他にも何かやらかしていないか、いや、二木あおい絡みの全てが「やらかし」だろうが、改めて不安になった。
「えーっと、仮に押し売りだったとしても、全部売れれば、それなりに回収できて被害を減らせるんじゃないんでしょうか?」
「いつ、どこで、誰が、どうやって、売るんだ?」
「えーっと、例えば、乗客を増やす会に頼んで、どこかの駅構内で……とか、どうでしょう?」
ママ友サークルのリーダー“ののママ”は「缶バッジを作って販売しませんか」と提案してくれた。あの人たちなら、引き受けてくれそうだ。
「……タダ働きを引き受けてもらえると思ってるのか? 何かあった時、雇用関係がないから労災も出んのだぞ?」
「厚かましいとは思いますけど、手弁当で廃線阻止に動いてくれる人たちですよ。一人か二人でも、手を上げてくれるんじゃないかと……」
この調子ではまだ当分、ののママからの提案の件は言えない。だが、ここで駅長を説得できれば、本社がグッズ製作を承諾した場合、ここで販売できるかもしれない。
「えーっと、報酬……バイト代は出せなくても、そのグッズを一個ずつとか、記事に載ってるTシャツのサンプルを着て売ってもらうとか、色々あると思いますけど……」
谷上駅長は三木の提案に鼻を鳴らした。
「まぁ、ここでうだうだ言っても本社の連中には届かん。次の会議で……あぁ、そうだ。三木君、夜勤明けですまんが、本社へ行ってくれんか?」
「今から街へ出るんですか?」
明日は休みだが、一刻も早く寝に帰りたかった。
「さっき広報部から電話があった。用件は言われなかったんだが、多分、この間メールで送った提案の件だろう」
「そうかもしれませんね。……お先に失礼します」
その話で何時間拘束されるのかわからないが、残業代は出ない。
メールで送ったのだから、メールで言ってくれればよさそうなものだが、谷上駅長に文句を言っても仕方がなかった。
ロッカーで制服から私服の背広に着替え、始点の二木駅行きの電車に乗った。寝てしまうといけないので、ドア脇に立って外を眺める。
盆地の幸瀬駅を出発し、木々に挟まれた線路が下へ下へ。山を下って行く。トンネルを抜け、廃駅に残るコンクリートのホームを通過し、似たような建売住宅が斜面に貼りつくベッドタウンを駆け抜け、麓の平野に築かれた中核市に出た。
大きな改札は相互乗り入れする大手鉄道会社のものだ。人の多い改札を避け、目立たない所に二台だけある自社の改札を出た。




