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第96話『咎人は月下にて裁かれ⑤』

「絵面が汚いというのは……その、以前のユノ君みたいに暴走してしまうということですか?」


 会議室の椅子に着きながら私は尋ねる。


 真っ先に連想したのはかつてのユノだ。

 彼は己の力をセーブできなかったころ、理性を飛ばしたままに悪魔を引き裂きまくっていた。返り血で全身が真っ赤に染まるほどに。

 三強と称されるほどの実力者でありながら、そんな悪癖を持っているというのだろうか。


「いやいや。私も聖女様に比べればまだまだ未熟な身ではあるが、己の力は完全に制御できているつもりだ。暴走などという失態は晒さないよ」


 そう言って、レギオムは少し無念そうに俯く。


「だが、能力上のやむを得ない都合でね。私が本気で戦うとなると、周囲の者たちを酷く怯えさせてしまうんだ。それゆえに緊急時以外はできるだけ衆目を浴びる任務は避けるよう厳命されている」


 知るかそんなこと。

 めちゃくちゃ凶悪な悪魔が出ているんだろうが。これが緊急時でなくて何だ。愚民どもが怯えようがどうなろうが、最終的に命が助かれば文句あるまい。だからお前が行け。


 と、そんな不満を(言葉遣いはマイルドにした上で)告げようとしたところ――


「聞いたところによればメリル嬢。君は【戦神】の対処にあたり、エルバの国民を怯えさせないように『討伐』ではなく『封印』に留めたとのことだったね? 実に素晴らしいことだと思う。私にはできない芸当だからね、率直に尊敬するよ」

「あ、はい」


 エルバの件を持ち出されて、私の反論は出鼻を挫かれた。

 そういえば、先般の一件では私も似たような言い訳を使ったのだった。


「つっても、今回は相手が相手だ。旦那が出たところで誰も異存はねぇだろうよ」

「ああ。私もそう思ったからこそ、手を挙げさせてもらった。なにしろ【断罪の月】は被害規模が桁違いだ。見栄えの悪さには目を瞑ってもらいたい」


 だが、とレギオムが私と母を掌で示す。


「神の寵愛の権化である聖女様やメリル嬢に比べれば、私の実力は一段……いや二段か三段ほど劣るのは否めない。もし不安があるならば、潔く私は身を引くつもりだ」

「いや、旦那が来てくれるなら千人力でありがてぇが……」


 包帯男が一瞬悩んで、少々控えめなトーンで言う。


「さすがに贅沢が過ぎる話かもしれねえが、ここにいる全員で行く――ってのは無理か?」


 何を言っているのかこいつは。

 本当に贅沢が過ぎる。悪魔祓いのトップ層を全員引き連れて行くなんて、強欲にも程がある。常識的に考えて、そんな羨ましい待遇が許されるわけない。わけないが、


「……今回だけに限れば、アリだと思います。私も【断罪の月】という悪魔のことは知りませんが、非常に危険性が高い悪魔のようですので。万全に万全を期すべきでしょう」


 すかさず私は提案に乗った。

 考えうる最悪の事態は、私とこの包帯男の二人セットで任務に送られることである。

 それなら最初から全員で行く方がいい。母が一緒なら絶対に私のことは守ってくれるはずだ。


「私も構わないよ。幸いながら、他に強力な悪魔の出現も確認されていないしね」


 レギオムも頷いた。

 残すは母のみ。ここで母が同意してくれれば勝利確定だ。私はただ棒立ちで【断罪の月】とやらが瞬殺されていくのを見物していればいい。


「聖女様はどうだ? やっぱり聖都の戦力が手薄になるのはよくねえか?」

「いえ。聖都に常駐している悪魔祓いは他にもいるし、短期間で済ませるなら滅多なことにはならないと思うわ。ただ――」


 母はそこで少し考える仕草を見せた。


「私には『悪魔の死臭』が染みついているの。場合によっては、近付くだけで悪魔への挑発行為になるわ」


 悪魔の死臭。確かに、白狼が以前そんなことを言っていた。

 数多の悪魔を屠ってきた母には、決して拭えない死の香りが染みついていると。


「報告によれば、現在出現している【断罪の月】はまだ初期段階。重罪人だけを選んで殺害しているだけの段階よ。でも、迂闊に私が近づくことで攻撃性を飛躍的に高めてしまうリスクが――ないとは言えないわね」

「ああ……そりゃあ、無視できねえリスクだな」


 なんてこった。

 母が同行してくれないなら、一気に雲行きが怪しくなる。いくら強いと言われても、他の連中は母ほどに信頼できない。

 なんとか候補から外れようと新たな言い訳を考えていると、包帯男が私の方を見た。


「嬢ちゃん。確認しておきてえことがある」

「はっ、はい? 何でしょう?」

「今までの人生で犯した一番でかい悪事はなんだ?」

「へ?」


 戦力を検討するための質問かと思いきや、妙に哲学的な質問が来た。


「えーっと……? この場で懺悔的なことをしろと……?」

「そうじゃねえ。ちょっとした確認事項だ」


 私は迷う。

 やっぱり私の最大の悪事といえば、現在進行形で教会信仰圏の人間をすべて騙していることだろうか。


 いや待て。それは私が悪いのか?


 否。断じて否。

 もとはといえば、私のことを無責任に『最強』とか『聖女の後継者』とか持ち上げてくれやがった連中が悪いのだ。今の私が嘘とかハッタリでいろいろ誤魔化しているのは、自らの安全を守るための正当防衛である。ゆえに私は悪くない。


「そうですね。生まれてこの方、他人様に恥じるような行いはしたことは――」

「こういう場面ですぐ嘘をついちゃうところが、この子の悪いところかしら~」


 母が鋭い横槍を入れてきたので、私はぎろりと睨み返した。

 しかし母は穏やかに微笑んだまま、


「でも、その程度よ。嘘や隠し事はするし、ちょっと性格の悪いところもあるけれど、誰かを傷つけたりはしない。そういう子に育ってくれたわ」


 そう続けられて、私は微妙にくすぐったい気分になる。

 一度落としてから褒められると、不意打ちのようで妙に照れてしまう。


「……やっぱそうかよ。じゃ、【断罪の月】とは相性がよくねえな」

「え?」


 包帯男はぼそりと呟いて、しばし考え始めた。

 どういうことだろう。私がいい子だと今回の悪魔とは相性が悪いのか。

 なんにせよ、よく分からないがいい風向きだ。


 死臭とやらの懸念で母が赴くわけにはいかず、私は悪魔と相性が悪いと判断してくれたなら、残る選択肢は一つだけ。


「――旦那。悪ぃがケツ持ちを頼んでいいか」

「もちろん。全力で頑張らせてもらうよ」


 期待していた通りの展開に、私は密かに拳を握った。

 一時はどうなることかと思ったが、これにて一件落着。家に帰ってお菓子食って昼寝でも、


「で、万が一。俺も旦那もしくじった場合の後始末を嬢ちゃんに頼みてえ」

「んゲぶっ!!」


 天国から地獄とはこのことだった。

 担当を外れたという解放感を味わった瞬間、どん底に叩き落された。


「どういうことですか!? 私は相性がよくないってさっき言ってませんでした!?」

「早期解決を目指すなら相性は最悪だな。だけど、俺も旦那もしくじって最悪の状況になったら、もうあんまり相性とか関係ねえんだ。そのときは事態収拾任せた」

「はい? 全然意味が分からないんですけど?」


 一気に余裕をなくした私は、若干キレ気味に包帯男を詰める。

 包帯男は頭を掻いて、会議室の黒板に歩み寄った。白墨チョークを手に取って描くのは、白い円だ。


「これが傍から見た【断罪の月】の姿だ。街の上空に浮かぶ白い光。それこそ太陽とか月みたいな感じだな――だが、この『月』は本体じゃねえ」


 続けて包帯男は、黒板に描いた『月』の周囲にぐるぐると渦巻きの線を引いた。


「本体は『月』の周りを旋回してる鳥の悪魔だ。この悪魔は裁くべき『罪人』を見つけると急降下して、刃みたいな翼で全身を八つ裂きにしたり、嘴で目玉を抉ったりして容赦なく殺しにかかる」

「ひ……」


 鳥に目玉を抉られるところを想像してしまって、私は背筋が寒くなった。


「そして何が厄介かって、この鳥は『罪人』以外には一切干渉しないことだ」


 包帯男が苦々し気に言ったので、私は首を傾げた。


「どうしてですか? 罪のない人々に手を出さないなら、それは悪いことではないと思うんですが……」

「そうだな、悪い。誤解を招く言い方だった。干渉しないっつうか――『干渉できない』んだ。【断罪の月】の本体は、罪人以外には触れることすらできねえし、姿を見せることもできねえ。だから正体が『鳥』だって認識もされてねえ。空気以下の存在だ」


 そして包帯男が核心を告げる。


「空気以下の存在だからこそ、こっちからも一切の手出しができねえ。仮に聖女さんが気配だけで本体を捉えて渾身の一撃を叩きこんだとしても、ダメージは与えられねえ。『罪人』と認識されていないうちは互いに一切の干渉ができないから、拳がすり抜けて終わりだ」

「もしかしたら私もすぐに『罪人』とみなしてくれるかもしれないけれどね」


 母が苦笑しながら冗談を言う。

 聖女である母が罪人だなんてあり得ない。もっとも【断罪の月】とかいう腐れ悪魔の基準なら果たして分からないが。


「今の【断罪の月】は重罪人だけを殺し回ってる段階だ。十中八九、嬢ちゃんにはまだ目視も干渉も不可能な段階だろうよ。旦那の方は――」

「流石に今現在の段階で『罪人』とはみなされないと思うが、それでも私もいい歳だからな。綺麗事だけで済まない仕事をやったこともある」

「ああ。旦那は嬢ちゃんよりかは先に『罪人』認定されて戦闘可能になるだろうな」

「まったく恥ずかしいことではあるが」


 神妙な顔でレギオムが目を瞑った。

 要するに、『罪人』でなければ悪魔から攻撃されないし、そもそも戦闘の場に立てないということか。

 品行方正かつ清廉潔白な私のことだし、身の安全はほぼ保証されている気がする。


 私が戦う出番はほぼなし。

 母には劣るとはいえ、教会の中でも上澄みの戦力が二人同行。

 これで一仕事したカウントになるなら、決して悪い条件ではないような気もしてきた。


「――分かりました。基本的にはあなた方がお二人で任務に当たって、お二人とも失敗したときは私が最後の対応に当たるということですね?」

「おう。頼めるか?」

「ええ。ですが、あなた方が無事に解決してくださると信じていますよ」


 私はにっこりと微笑む。

 母の方を見れば、私とよく似た美貌で同じように微笑んでいた。母がこの態度ということは、まあ他の二人は信頼できる程度には強いのだろう。


「でも、一ついいかしら。私としてはこの任務、あなたが独力で解決できるものだと思っているのよ」


 ぽつり、と母が包帯男に向けて言った。

 彼は包帯の下でも分かるくらいに表情を歪めて、


「そうなりゃいいけどな。あんまり期待はしないでくれ」

「教会のトップとして大いに期待させてもらうわ。被害を最小限に抑えるには、あなたの単独討伐が理想的だから」

「……俺なんかにゃ荷が重いねえ」


 母に背中を向けた包帯男は、おどけたように掌をひらひらと振る。


「荷が重くてもやってもらわないと困るわ。今すぐ【断罪の月】を目視して戦えるのは、あなたしかいないもの」

「へえ。教導官さんって、そういう特殊な能力とかあるの?」


 私は何の気なしに母に尋ねる。

 たとえば、ユノなんかは音や光といった実体のないものも破壊可能な能力を持っていると聞いた。あらゆる悪魔祓いの頂点に立つ母だが、一部の悪魔祓いが持つそうした固有技能は真似できないこともあるのだという。

 それと似たような感じで、この教導官も干渉不能な【断罪の月】を倒せる能力を持っているのだろうか。


「いいえ。教導官さんの戦い方は悪魔祓いとしてかなりオーソドックスな部類ね」

「え? じゃあどうやって戦うの?」


 私の疑問に、母がぴんと人差し指を立てる。


「教導官さん。普通に前科があるから普通に罪人認定されるのよ~」

読んでくださってありがとうございます!

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3月28日(金)に書籍版『二代目聖女は戦わない』1巻が発売となります!
どうぞよろしくお願いします!
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― 新着の感想 ―
母による娘の理解度が高くて草 あと相変わらず母娘の仲が微笑ましい
罪人を使うほど悪魔祓いは人材が少ないのねw
>いや待て。それは私が悪いのか?  否。断じて否。(中略)ゆえに私は悪くない。 さすがメリルちゃん、自己正当化がすごい笑。 でもそういうところが好きです(はーと 教導官さんがミイラな理由が判明する…
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