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第90話『財宝を暴く⑮』

今晩中に次話(本章最終話)も投稿予定です!

「財宝の正体って、あなたたち――【迷宮の蟻】そのものなんじゃないですか?」


 思い付きのような私の発言に、真っ先に反応したのは他ならぬ【迷宮の蟻】たちだった。


「え、待って待ってボスさん。うちらそのものが宝? そんなのってあり得るの?」

「【迷宮の蟻】が護るべき財宝は、どんなものでも構わないといいます。黄金でも食糧でも芸術品でも。主たる存在が、それに価値を認めているのならば」


 正直、これが絶対に正しいという保証はない。

 しかし、今は蟻たちを納得させることができればそれでいいのだ。そうすれば『死んだフリ』作戦に付き合ってもらって聖騎士たちを騙せるし、私も無事に事件解決と胸を張って撤収できる。

 実は迷宮のどこかに別の財宝が眠っているのだとしても、そんなものは知らん。どうでもいい。


 そこで、シャロがおずおずと手を挙げた。


「あのう、確かに領主さんと蟻さんたちは仲が良かったのだろうとは思うのですが……だからといって財宝と見做されるのでしょうか?」

「単なる黄金よりも蟻さんたちの方を大事にしていたのは、領主さん本人の発言からも明らかです」


 私は足元の蟻に目線を下げる。


「領主さんは錬金術への莫大な投資を『大成功だった』と自慢していた、そう言っていましたよね?」

「うん。絶対騙されてると思ったけど」

「まあ実際、その錬金術で作られた黄金は、レクシャムの外――悪魔の能力の効力外に出ると溶けてしまう代物だったそうですし、一般的な尺度だと騙されていたんだと思います」


 だが、晩年の領主はレクシャムの破綻を迎えてなお、一切後悔していなかったという。

 ならば彼にとってだけは、その不完全な錬金術は『成功』だったのだ。


「領主さんはあなたたちを生かすため、何かしらの財宝をここに保管しておく必要があった。領主さんが求めていたのは黄金そのものではなく、あなたたちの命を繋ぐための『手段』だったのです」


 その『手段』として考えると、レクシャムの錬金術はある意味で理想的ともいえる。


「領地から離れれば溶けてしまう黄金でも、レクシャムの中心にある迷宮に安置するなら心配はありません。必要とあらば、水からいくらでも作り出すことができる。また、これは結果論ではありますが――錬金術のおかげでレクシャムの黄金には『溶ける』という悪評が広まったので、盗人が迷宮を狙うリスクもついでに減らせた。まさに領主さんにとって大成功といえる成果ではないですか?」


 私の言葉を受けた蟻たちは、互いに向かい合って「本当かな?」「そうかも?」「うむうむ」などと口々に議論を始める。

 よし、真偽はともかくこの勢いで行けば丸め込めそうだ。


 と、そこでシャロが小声で話しかけてきた。


「あのう」

「ん? 何ですか?」

「もし仮に【迷宮の蟻】そのものが財宝だった場合、『財宝を失うと死ぬ』という蟻の性質はどうなってしまうのでしょう?」

「そうですね……蟻そのものが宝なんですから、一匹でも残っていたら復活するでしょうね。倒すとすれば一匹残らず同時に消し去るとか」


 複雑に入り組んだ迷宮の、さらに土中に潜伏までした蟻を同時殲滅。いや、最初に見た蟻は迷宮の外も普通に歩き回っていたから、周辺一帯も徹底的に浄化し尽くさねば。

 悪魔祓いでもユノやヴィーラにはまず無理だろう。討伐の難易度だけでいえば【戦神】にも匹敵するかもしれない。母なら余裕だろうが。


「――ま、私はそんなことしませんけどね?」


 ふふんと笑って私は宣言する。

 そもそも実力行使などという選択肢は最初からないわけだが、こういう風に『できるけど敢えてしない』という空気感は積極的に出していきたい。私の沽券のために。


「ね、ね。ボスさん」


 しばらく話していた蟻たちだったが、やがて一匹が私に話しかけてくる。


「はいはい?」

「話し合ってみた感じ、ボスさんの言ってることが合ってるような気がしてきた。いかにもご主人っぽい感じだし」

「ふふ、宝の発見にご協力できたなら何よりです。というわけで、あなたたちの大事な命を護るためにも、地上にいる聖騎士さんたちを誤魔化す作戦をですね……」

「でも、一つだけ気になることがあるんだ」

「なんですか?」


 私は余裕の笑みで応じる。

 だいたいのことなら適当な口車で凌げる自信がある。


「レンキンジュツっていうのが成功したのは、うちらとは別の悪魔……お仲間のおかげだったって話だったよね?」

「はい、おそらく」

「うちらが護ってた金塊が水に戻っちゃったってことは、そのお仲間はどうなったの?」


 そりゃあ――たぶん死んだのだろう。

 悪魔の能力がいきなり消えたというのは、そういうことだ。

 しかし下手に死んだなどといえば、機嫌を損ねたりしないか。どう答えたものか私が言い淀んでいると、


「あのっ。教会の資料には『錬金術を実現する悪魔』の記録は残ってませんでした。もちろん討伐されたという記録もありませんでした」


 シャロが補足してきた。

 ナイスだ。これなら適当に濁せる。


「――ということです。亡くなった可能性も否定できませんが、どこかで生きている可能性もあります。さすがに昔のことですから、それ以上は私にも分かりません」

「うん、そっか」

「それでは、みなさんの安全を保証するためにも、聖騎士の人たちを誤魔化す作戦をこれから……」

「あのね」


 本題に入ろうとする私の言葉を、またしても【迷宮の蟻】が遮ってくる。


「……はい?」

「うちらのご主人、たぶん知らなかったと思うんだよね。うちらの他にもそういうお仲間がいたって。もし知ってたら、そのお仲間が一人ぼっちにならないよう、うちらに紹介してきたと思うから」


 何を突然そんなことを。

 とうの昔にいなくなった悪魔など、今更どうでもよいではないか。


「そういうわけだから――みんな! 行くぞー!」

「おー!」

「っしゃー!」

「やったるー!」


 いきなり蟻どもが一斉に吼えた。

 ビビる私。尻餅をつくシャロ。首を傾げる白狼。


「え? 何? どういうことです?」

「うんとさ。うちら自身が財宝っていうの、たぶん合ってると思うんだ。言われてみれば、感覚的にもなんかしっくりくるし。だけど――それはそうと、やっぱり護るべき宝は欲しいわけ」

「……はい?」

「やりがいっていうの? 本能的にやっぱり目の前に宝がないと張り合いがないの。でね、今までの話を聞いてたら、うちらに匹敵するお宝がもう一つありそうじゃん?」


 私の足元の蟻は、声高に叫んだ。


「いいかー! どっかで生きてるかもしれないレンキンジュツのお仲間は、いわばうちらの弟妹きょうだい分だ! みんなで迎えに行くぞー!」

「うおー!」

「燃えてきたー!」

「い、いや待ってください。みんなで迎えに行くって……この迷宮から出ていくんですか!?」

「弟妹を見つけたらまた戻ってくるから大丈夫」


 いや、そんなもの見つかるわけがないではないか。

 生きてるか死んでるかも分からない、姿形も分からない、何の手がかりもない存在だぞ?

 どうする。この洞窟の中で今後もおとなしくしているだけならまだ全然見逃せたが、このままでは蟻どもが自由奔放にシャバを闊歩することになってしまう。

 もしこいつらが今後、悪魔を捜索する途中でどこかに被害でも出してしまったら――


 だが、飛び跳ねて盛り上がる蟻たちには、いまさらどんな説得も通用しそうにない。

 やがて私は天井を仰ぎ、ふぅと溜息をついた。


(知ったこっちゃねぇわそんなこと)


 教会には、この蟻どもは私が倒したということで報告する。この迷宮から出ていくなら、蟻のいなくなったところをこの後で聖騎士たちに見せれば問題ないだろう。

 のちのち何か問題が起きたとしても、それは別個体の【迷宮の蟻】がやったことだ。私の責任ではない。そういうことでいい。


「よし、一件落着したので帰りましょう。狼さん、外まで案内してください」

「む、そうだな」


 無敵の開き直りモードに突入した私は、早足で迷宮からの脱出を決める。

 こんな蟻まみれの黴臭い洞窟にもう用はない。


「あ、ああ、あのっ! いいんですか!? 本当にいいんですか!?」


 そんな私についてきながら、シャロが何度も尋ねてくる。

 いいわけねぇだろ。いいわけねぇけど、もう他にどうしようもないだろ。


「ふっ、そう慌てるな。この娘の仕事はいつもこんな感じだ」


 と、シャロの問いに白狼がなぜか得意げな顔で答えた。


「いつも……?」

「ああ。我のときも、【雨の大蛇】のときも、【戦神】のときも――常にそうだった。表向きはこの娘が封印などで対処したことになっているが、その実は……」


 てめぇこの駄犬、何をベラベラと余計なことを喋ってやがる。

 私の過去の不祥事を暴露するな。もし教会にバレたら手柄が取り消されるかもしれないんだぞ。


「狼さん? あんまり自慢されると照れるのでやめてもらえます?」

「む、そうか」


 だが、駄犬の舌をぶっこ抜いてやる度胸も実力もない私は、それとなく黙秘を促す。

 シャロは頭に疑問符を浮かべ、分かりやすく困惑していた。その調子で困惑したまま、今聞いたことはすべて忘れて欲しい。


「ありがとー!」

「感謝感激ー!」

「またいつかー!」


 喧しい蟻たちの歓声を四方八方から浴びつつ、私たちは地上へと戻った。


読んでくださってありがとうございます!

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