第44話『罪科は焼け残る⑥』
本日も更新遅くなり申し訳ありません
明日は早めに更新したいです
私は全身から血の気が引くのを感じた。
なんていうことだ。護衛役を確保できたから依頼を引き受けたのに、よもやその護衛役が犯人だったなんて。
「お、狼さん。それは……間違いないんですか?」
「ああ。墓地に転がっていたすべての肉片に、あの女の臭跡が残っていた。一つ残らずな」
事件の報告書を読む限り、墓地での火事を発見して以降、遺体に触れたのは聖騎士の面々しかいない。つまりヴィーラはこの事件の発覚以前に、バラバラ死体のすべてのパーツに触れていたということになる。
そんなの、犯人以外にあり得ないではないか。
「あの女は悪魔祓いの中でも弱い方だという。娘よ、貴様なら無力化するのに数秒もかかるまい。隙を見て気絶させ、念入りに拘束すべきと思うが」
「え、ええと……それは……」
白狼が的確かつ適切な処置を提案してきて、つい私は目を泳がせる。
そう。ヴィーラが犯人と判明した以上は、実力行使で取り押さえて教会に連行し、事情聴取に持ち込むのが最善の策だ。
私にそんな実力がないという、絶望的な裏事情さえなければ。
仮にもヴィーラは悪魔祓い。キャンプに待機している聖騎士を全員集めても、彼女を取り押さえることは難しいだろう。
今この付近にいる面子で唯一ヴィーラに勝ち目があるとすれば白狼だけだが、私が「あの女を倒してこい」と命じたところで、果たして従ってくれるかどうか。「なぜ我がそんな面倒をせねばならん」などとそっぽを向かれる可能性も大きいし、何より私が弱いとバレてしまうかもしれない。
なので――諸々の事情を考慮して、私は白狼にこう告げた。
「……少し、考えたいことがあります。今はまだ何も言わないでください」
ドゥゼルの事件以降、毎度おなじみの遅延戦略である。
このまま任務失敗を装い、ヴィーラが犯人だと気づいていないフリを続けて、聖都まで無事に帰還するのだ。そして実家に帰ったら、母にこっそりヴィーラが犯人だったと告げればいい。そうすれば無敵の聖女が猟奇殺人犯をボコボコにして捕らえてくれることだろう。
「メリル様ぁー。これから聖騎士さんたちが夕飯用意してくれるんだってさー。キャンプに戻ろー?」
と、私がそんな考えを巡らせていたあたりで、ヴィーラが見張り役の聖騎士たちを連れて戻って来た。
さきほどまでは普通にやりとりしていたのに、今は声をかけられただけで全身に緊張が走る。なんせ目の前にいるのは、人間をバラバラに解体して殺す猟奇犯なのだ。
見張り役だった聖騎士たちは、私たちにびしっと敬礼をする。
「調査は完了したとのことなので、我々はこの遺体の処理をしておきます」
「処理……埋めるんですか?」
「大部分はそうなります。ただ、それぞれの肉片の一部は切除して塩漬けにし、本部での分析調査に回す予定です。【弔いの焔】以外の悪魔が関与していないか確認する必要がありますので」
どうやら教会の調査体制は結構しっかりしているらしい。
そういえば、ユノの育ての親が亡くなった際も、教会はその遺体の肉片をわざわざ鑑定していたのだった。
「それらの作業は私どもで行います。メリル様とヴィーラ様はキャンプにてお休みください」
聖騎士たちに促されるまま、私と白狼、ヴィーラはキャンプに歩いて戻る。
その最中、私はおそるおそる探りを入れてみた。
「え、えっと……ヴィーラさんはこのキャンプで一泊する予定なんですか?」
「うーん。メリル様が一泊するならそうしよっかな」
「じゃあ私がこれから聖都に帰ると言ったら……?」
「それなら一緒に帰るよ?」
失敗。ヴィーラがここに泊まるなら私だけ帰って、ヴィーラが帰るなら私だけここに泊まろうと思っていた。だが、残念なことにヴィーラは私と同じ日程を取るつもりらしかった。
絶望的な気分のままキャンプに戻ると、聖騎士たちが火を焚いて大鍋をかき混ぜていた。
保存のきく芋や根菜を煮込んだシチュー。水分をよく抜いた堅パン。その二つがメインの料理ではあったが、私とヴィーラにはそれとは別に鶏の丸焼きも用意されていた。
聞けば、採卵用に隊で飼っていた鶏をわざわざ〆て用意したのだという。雲の上の存在たる悪魔祓いへの敬意として、少しでも特別なメニューを用意しようと。
「そ、それは……申し訳ないです」
私はぺこりと頭を下げて夕飯の席に着いたが、正直まったく味がしなかった。なんせすぐ隣には、この場の全員を惨殺できるほどの力を持った猟奇殺人者がいるのだ。
一方、そのヴィーラはといえば「あたし一人じゃこんなに食べきれないから」と鶏を聖騎士たちと分け合っている。
鶏肉を皿によそってもらう隊員のうち数名は、どこか恥ずかしそうに頬を赤らめている。なぜかヴィーラは男どもから妙に人気があるようだった。
(ちなみに私は、食べきれない分の肉を足元の白狼に分けていた。)
やがてシチューの鍋も空となり、鶏もすっかり骨だけになったころ、
「……メリル・クライン様。ヴィーラ様。犯人を見つけるのはやはり難しそうでしょうか?」
隊長格らしい髭面の聖騎士がそう言った。
おそらくは【弔いの焔】の消火の際、指揮を執っていた男性だろう。
問いながら彼はちらりと、私の足元の白狼にも視線をよこしていた。もしかすると白狼がただの犬ではないことにも気づいているのかもしえない。
「そ、そうですね……残念ながら何の手がかりも得られなかったといいますか……現状では犯人の見当もついていないというか……」
私がそう弁明する一方、隣に座っているヴィーラは――
「え? 何の話?」
ほとんど気に留めた様子もなく、隊員たちから勧められた葡萄酒を飲んでいた。
私が最悪な気まずさを感じる中、隊長はため息をついた。
「そうですか……。いや、申し訳ありません。少しばかり義憤に駆られ、冷静さを失っていたようです」
「いえいえ。仕方ありませんよ、あんな現場を見たのでは……」
焚火の弾ける音の中で、隊長は静かに表情を消した。
「検証が間に合わなかったため、当初の報告書には書いていなかったのですが――切り落とされた遺体の四肢は、どれもひどく痛めつけられていたのです」
「痛めつけられて……?」
「ええ。傷だらけで膿んだものや、骨が砕けて捻じ曲がったもの、半ば黴が生えたように腐りかけたものまでありました。被害者たちは殺される前にも、よほど残虐な仕打ちを受けていたに違いありません」
夕食のすぐ後に聞きたい話ではなく、私はたまらず閉口した。
バラバラして殺害されるだけでも残虐極まりないというのに、生きている間から残忍な拷問を受けていたとは。なんて犯人は残虐なのだ――と思いながら、私は横目でヴィーラをちょっとだけ見る。
この隊長の話を聞いても、大して反応も見せず夜空を仰いでいるのが不気味だった。
「えーっと……そろそろ私は失礼しますね?」
私は焚火のそばから腰を上げ、寝台付きの馬車へと逃げる。もともと私一人の任務だったため、馬車の中の寝台は一人分だ。ヴィーラは聖騎士たちのキャンプで適当に寝泊りするだろう。
そうして明日の朝一番で、私は聖騎士たちを引き連れて聖都に帰るのだ。
絶対にヴィーラと二人きりになるタイミングは作らないよう用心しながら。
――そのとき。
「ヴィーラさん~。本当にありがとぉ~ございますぅ~。あなたのおかげで俺は今もこうして元気に」
「この馬鹿野郎っ! 酔い過ぎだ!」
キャンプを去ろうとする私の背後で、ヴィーラに絡もうとした若い聖騎士が一人殴られていた。
ゲラゲラと笑う聖騎士たち。その輪の中で、困ったように苦笑しているヴィーラ。
「――あっ」
その光景を見ていたら。
まるで雷が落ちたかのように。
私は凄まじく大きな見落としをしていたと気づいた。
この事件の見方がすべてひっくり返ってしまうほど――根本的な見落としに。
「狼さん」
「む?」
だから私は、白狼に告げる。
この事件を最善の結末に導くための方策を。
「ヴィーラさんのことは放っておきましょう」
「なっ!?」
白狼が慌てふためいた。
それから眉根に皺を寄せ、唸るように言う。
「正気か、娘よ。あの女を放置していては、今後どれだけの犠牲者が出るか――」
「まずそこから間違っていたんです」
キャンプから少し外れた木陰。
私は大木に背を預けながら、指を立てて自信満々に言う。
「よく考えてみてください。さっきの廃墓地は火の海といえるほどの大火事になっていたんですよね? だけど、消火後に見つかったバラバラの四肢は『血が滴りそうなほど生々しかった』とのことでした。おかしいでしょう。火の海の中に放置されていたなら、せめて表面だけでももう少し焼けてしまうものじゃないですか?」
「確かにそうだが……」
「そもそも、あまりに『焼け残り』すぎだと思うんです。たまたま聖騎士が早期に発見したからといって、火の海の中であそこまで大量の四肢や内臓がまるごと焼け残るでしょうか?」
そこから導き出せる結論は一つ。
「あそこに転がっていた四肢や内臓は、【弔いの焔】が燃やすべき『遺体』ではなかった。だから最初から燃えるはずがなかったんです」
「遺体ではない? どういうことだ?」
当惑する白狼に、私はえへんと答える。
「おそらくあの四肢や内臓の持ち主たちは――今も生きています」
読んでくださってありがとうございます!
更新頑張りますので、感想・ブクマ・☆評価・レビューなどで応援いただけると嬉しいです!




