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第109話『咎人は月下にて裁かれ⑱』

「罪人を『見せしめにする』悪魔……?」


 体力の回復に努めるネッドは、空に響く声に釈然としない表情を浮かべる。

 罪人を裁く悪魔であろうと、見せしめにする悪魔であろうと、そんなものは些細な差だ。いずれにせよ罪人を惨殺するという点では本質的に同じとすら思える。


 そんな疑問に答えるかのように、メリル・クラインが狼の声を通じて喋る。


『これらは似ているようでいて目的が大いに異なります。単純に『罪人を裁く』という行為は対象の罪人だけをターゲットとするものですが、『見せしめにする』という行為は周囲の人間に対して抑止的なメッセージを与えるものです。つまり『罪を犯した者はこうなるぞ』――と、そう伝えることこそが主目的なわけです』


 確かに【断罪の月】は必要以上に悪辣な殺害方法を取る。

 そこに『次はお前だ』というような脅迫的なメッセージが込められていても、そう不思議ではない。


『見せしめにする悪魔だと本質を仮定して考えてみれば、空に浮かぶ『月』の役割も推測がつきます。あれは昼夜を問わず町を明るく照らし、罪人の最期をはっきりと見せつけるための舞台照明・・・・なのではないでしょうか』


 その解釈が腑に落ちると、ネッドはやや気分が悪くなった。

 罪人とはいえ、人間の死を晒しものにするための照明とは。どうりで嫌な感覚を覚えるわけである。


『みなさん、あの光を恐ろしく感じているかと思います。当たり前のことです。処刑の舞台に立っていた人間を照らしていた照明が、いきなり自分の方に向いてきたのですから。物陰に隠れて震えたくもなるでしょう』


 ですが、とメリル・クラインは逆接の句を発する。


『なぜ、あの悪魔はこのような抑止行為をするのでしょう?』


 勿体ぶったわりに頓珍漢な疑問だった。

 決まっている。『そういう悪魔』だからだ。


『この町に出現した悪魔【断罪の月】について、教会はその生態をこう解釈しています。『裁きを与える』という人々の願いの元に生まれ、民衆に脅威を与えている者を殺害する。しかし裁くべき罪の対象が徐々に拡大していき、やがて赤子ですら存在を許されぬようになり、あらゆる人々が殺害されてしまう――と』


 と、思っていたらほぼそのままの回答をメリル・クラインが述べる。

 悪魔の情報を一般に開示することは教会の規則に抵触するが、そんなことはお構いなしである。


『この解釈には一理あると思います。罪人とそうでない人の線引きなんて曖昧ですし、虫一匹も殺したことのない人間なんてまずいません。罪深い人間を上から順に裁いていったら、いつか一人もいなくなってしまうでしょう』


 なので全否定はしません、とメリル・クラインはあっさり認める。


『実際、この解釈を採用すれば納得できることもあります。たとえば、みなさんはご存じないかと思いますが、あの悪魔の本体は空にある『月』ではありません。銀色の鳥の姿をしており、悪魔が『罪人』と認識した相手にのみその姿を現します。この不思議な生態も『脅威の排除を願う心から生まれた』という背景から説明がつきます』


 聖女の娘たるメリル・クラインすら『見えて』いるのだ。この町の住民の大半も既に魔鳥の姿を目視できる段階だとは思うが、光を恐れて誰もが屋内や物陰に逃げ隠れている。魔鳥の姿を直視した者はごく僅かだろう。


『そう。『脅威の排除』という願いに基づいて生まれる以上、自分自身もまた善良なる人々の脅威になってはいけない――といった感じでしょうか。異常な状況に対する恐怖心を麻痺させられていたのも、この本能に基づく能力でしょう』


 ずいぶんと悠長な解説にネッドは気が逸る。

 何かしらの思惑はあるのだろうが、正直この土壇場でやる話ではない。事件後に資料室で考察班とでも交わすような内容だ。【迷宮の蟻】のように討伐条件が特殊な悪魔なら、今すぐそれを伝えてくれればいいものを。


 こうしている間にも、単騎で魔鳥を足止めしているレギオムの負担は増すばかりだ。やはり自分が支援に入るべきでは、


「ネッド君」


 こちらの焦燥を見透かしたようにレギオムが腐った喉から声を発する。振り返ることもなく。


「信じたまえ。我らが次なる聖女を」


 全身を腐敗に蝕まれていようと、その背中には力強い覇気が宿っていた。

 ネッドは深呼吸。宙へ駆け上がらんと半ば浮かせていた踵を、懸命に自制して足場の結界へと戻す。


『罪人を見せしめにして抑止を図る行為も、こうした生態に基づく行動といえばそれまでです。事実としてそうした側面はあるでしょう。ただ、本当にそれだけでしょうか?』


 代弁する狼の声がひときわ強くなる。まるで、その言葉を告げるのを待ち望んでいたかのように。


『あそこにいる悪魔は、他人から願われた存在意義だけに従い、ただ黙々と役割をこなすだけの機械じみた存在なのでしょうか? 私はそうは思いません。悪魔にも何かを考え、何かを感じる心があるのです。だから――私はこう考えます。なぜ、あの悪魔は罪人を見せしめにするのか。罪を犯そうとする者に警告するのか。その理由はごく単純に』


 自信に満ち溢れた狼の声が告げる。


『――これ以上殺したくないから、ではないでしょうか』


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