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第102話『咎人は月下にて裁かれ⑪』

 目的地である港町リグマクは『海賊の巣』とも称される、ならず者たちの楽園だ。


 かつてリグマクはただの貧しい土地だった。

 波の穏やかな湾。深い水深。交易に好都合な海流。港として数々の好条件に恵まれてはいたものの――それゆえに古くから領有権を巡る争いが絶えず、たびたび戦火に見舞われたがゆえ、満足に発展することができなかったのだ。


 転機が訪れたのは数十年前。


 当時リグマクの領有を争っていた隣接する二か国が、時期を同じくして教会と友好条約を結んだ。その際、教会が仲介して両国間でのリグマク領有問題は無期限に『棚上げ』されることとなった。


 ――それがよくなかった。


 帰属も統治体制もあやふやになったリグマクの町は権力の空白地帯と化してしまい、海賊や密輸組織たちが蔓延るようになってしまったのだ。

 軍や警察を派遣しようにも、隣接するどちらの国が主体となって取り締まりを行うかで喧々諤々の議論となり、対策は遅々として進まない。その間に犯罪組織はますます勢力を拡大していく。


 かくして今日のリグマクは、最悪な形で発展を遂げてしまったわけである。

 と、そんな感じに資料では読んでいたのだが――……




「買い付けかい? ならちょっと見ていけよ! うちならどこよりも砂糖が安いぜ!」

「ついでにこっちもどうだい? 砂糖を仕入れるんなら、茶葉も揃えといた方がよく売れるよ!」


 着いた港町は、猥雑でゴミゴミした印象ではあれど――そんなに恐ろしげな雰囲気ではなかった。


「なんか……意外と明るい町ですね?」


 船から降りて港の様子を眺めた私は、率直にそう呟いた。


「ううむ……確かに活気ある町ではあるが、ああした商品はどれも出所がよくないものだろうね。聖都と比べてあまりに安すぎる。密輸品か掠奪品か……いずれにせよ由々しき問題だ」


 非合法品が当たり前のように流通している様子を見て、レギオムは悩ましげに口を曲げている。

 一方、ネッドは慣れた様子で船から飛び降り、港を歩いていた荷運び男の一人を呼び止めた。


「すまん。停泊料を払いたい。窓役はどこだ?」


 荷運び男は面倒臭そうに眉をひそめてから、港の隅に建っている灯台を顎でしゃくった。

 礼を告げて戻って来たネッドは、その灯台を指差して、


「つうわけで旦那、被害状況の聞き込みは頼んだ。俺はここであいつを見張っておく」

「ああ、承知した」


 これは上陸前に決めていた手筈だ。

 到着と同時にいきなり派手な戦闘を始めては、住人が混乱に陥って思わぬ二次被害を誘発しかねない。

 なので緊急事態が発生でもしない限り、討伐作戦は深夜まで待ってから決行する。それまでは【断罪の月】の被害について調査し、可能な限りで生態や行動原理を探る。


 港を牛耳っている連中がおそらくこの町の実権を握っているだろうから、聞き込みをする相手としては最適だろう。


「念のため確認だがネッド君。見張っておくということは、君の眼には今【断罪の月】の本体が見えているのだね? 銀色の鳥の姿をした悪魔が」

「ああ」


 問われたネッドは、そう答えて空を仰ぐ。

 そこに浮かんでいるのは――眩い光の光球だ。日中の今、それはまるで二つ目の太陽のようにも見える。


「悠々とあの光球の周りを飛び回ってやがる。ただ、今すぐ俺に向かってくる感じでもねえな。この町に獲物が多すぎて、どれから手を付けるか迷ってる最中……ってとこか。旦那は見えるか?」

「申し訳ないが、まだ見えないな。メリル嬢はどうだい?」

「見えません!」


 私は即答する。

 この清廉潔白な私に見えるわけがないだろうが。人殺しなどと同列に扱ってくれるな。


「そうだ。狼さんはどうです? 匂いで位置が分かったりします?」

「……ダメだな。悪魔の匂いも気配もまるで感じられん。あの面妖な光球がなければ、ここに悪魔がいるというのが信じられんくらいだ」


 そこで二秒ほど白狼が考え、


「ところで貴様ら。空中の悪魔に対処する術はあるのか? この娘のように飛行能力を持つ悪魔祓いはそう多くないと聞いたが」


 いきなり何をほざきやがる。

 母じゃあるまいし、いつから私に飛行能力なんて備わったというんだコラ。


「俺は飛べねえが、結界を足場に空中移動できる。戦闘には問題ねえよ」

「必要とあらば私も可能だよ」


 つまらん、という感じで白狼が短く首を振る。

 どうやら空中戦の可否でマウントを取りたかったらしい。勝手に人を自慢材料にするな馬鹿犬。


「ではメリル嬢。聞き込みに行こうか」

「は、はいっ」


 聞き込みを担当するのは、現時点で悪魔を視認できない私とレギオムの役目だ。

 正直、殺し屋上がりから距離を置けるのはありがたい。


「それにしても……町の上に得体の知れない光が浮いてるのに、町の人たちはあんまり気にしてなさそうですよね?」


 灯台へと歩きながら、私は町の賑わいを脇目に見る。

 彼らは【断罪の月】が住民全員を皆殺しにするような悪魔とは知らない。だが、知らないとはいえ、あまりに順応し過ぎではないだろうか。


「ふむ、そうだね。そのあたりをどう考えているのかも聞き出してみなければ」


 間近に来てみると灯台は粗末な造りだった。レンガをただ高く積んで漆喰で固めただけで、その上に油を燃やす大皿と雨よけが設置されている。すぐ横には管理小屋らしき建物が併設されており、おそらく人がいるのはこちらだろう。


「すまない。停泊料を払いたいのだが、誰かいるだろうか?」


 レギオムが小屋の扉をノックする。

 内側から返事はない。誰もいないのかと思ったが、


「居留守だな。中に誰かいるぞ」


 白狼が鼻を鳴らして言った。

 それを聞いたレギオムは唐突に祈りの仕草を見せてから――扉の戸板を強引に引き剥がした。


「う、うわぁあっ!?」


 案の定、人がいた。

 痩せた髭面の中年。内側からこちらの様子を窺っていたらしく、扉のすぐそばで驚きのあまりひっくり返っている。


「扉を壊して申し訳ない。少し緊急で話を聞きたく――」

「おっ、俺はただの掃除夫だ! この灯台を手入れしてるだけ……それだけだ! 地回り連中は全員どっか行っちまった!」


 小屋の中はお世辞にも綺麗とは言えなかった。

 床板はなく一面が土間。申し訳程度に引かれた筵はズタボロで、酒瓶やらサイコロやらが散らばっている。普段だいたいどういうことを行われている場所か容易に想像がつく。


「えっと、レギオムさん。地回りってどういう意味ですか?」

「主に反社会的組織の中で、縄張りの見張り役を意味する言葉だね。ここでは大方、停泊料の取り立てを担当していた連中ではないかな」

「なるほど」


 そう言われるとイメージしやすい。要するにチンピラということか。

 レギオムは掃除夫の前に膝をついて丁寧に頭を下げた。言葉遣いも敬語に改め、


「驚かせてしまい、重ねて申し訳ありません。我々は教会の者でして、この町に出現した悪魔の調査をしているのです。どうかお話を窺わせていただけませんか?」

「きょ、教会? まさか聖騎士か?」

「そのようなものです」


 本当は聖騎士よりも格上の存在なのだが、訂正が面倒なのかレギオムはそのまま肯定した。

 掃除夫はしばし目を回して困惑していたが、やがて首を振った。


「お、俺は何にも知らねえ。分からねえ。だからお前さんらに話せることなんか何も……」

「もちろん報酬はお支払いいたします。その上で、本当に分かる範囲でお答えいただければ結構です」


 そう言うとレギオムは懐から革袋を取り出す。

 紐を緩めると、そこにはぎっしりと金貨が詰まっていた。

 見たこともないであろう大金に、掃除夫はごくりと息を呑む。


「一つ質問にお答えいただくたび、金貨一枚というのはどうでしょう? もちろん分からないことには『分からない』という回答でも構いません。それで金貨をお支払いします」

「そ、そのくらいなら……」


 掃除夫の警戒心が、みるみるうちに高揚へと変わっていくのが見えた。

 私は内心で『ちょっと条件が甘すぎないか?』と思う。極端な話、すべての質問に『分からない』と答えられたら、大金の払い損になってしまうように思うが。


「では――取引成立ですね」


 レギオムがにこりと笑った。

 その瞬間、掃除夫に異変が起きた。その顔からいきなり表情が消え失せ、口を半開きにしたまま石像のように硬直してしまったのだ。


「貴様、何をした?」


 白狼が尻尾を立てて目を鋭くする。

 レギオムは気まずそうに己の眉間をつまみ、


「いや、本当にすまない。自分の未熟が恥ずかしい。神聖なる悪魔祓いとしてあまり上品なやり方ではないのは分かっているが、事態は一刻を争うからね」


 うん、と決心したように頷いてからレギオムは私に向き直った。


「さてメリル嬢。彼は今、分かる範囲の質問になら何でも答えてくれる。まずは何から尋ねるかい?」


書籍版『二代目聖女は戦わない』第1巻は3月28日(金)発売です!


書き下ろしエピソード『その手は届かず』も収録!

こちらオマケ的エピソードではなく、しっかり一つの事件を取り扱った内容となっております!


満足度の高い書籍に仕上がったと思いますので、どうか手に取っていただければ幸いです…!

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3月28日(金)に書籍版『二代目聖女は戦わない』1巻が発売となります!
どうぞよろしくお願いします!
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― 新着の感想 ―
書籍は紙で買う(布教に便利)か電子で買う(スペースを食わない)か、ソレが問題だ…。
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