表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/112

第100話『咎人は月下にて裁かれ⑨』

KADOKAWAホビー書籍編集部より本作の書籍化が決定しました!

発売日等の詳細は近日中に改めて発表予定です!

 一直線に波を切り裂き、洋上を船が駆けていく。

 その速度は鉄道の数倍以上。そのくせ船上には揺れ一つなく、甲板には少しの向かい風も立っていない。

 まるで船ごと巨大な掌に包まれ、至極丁寧に運ばれているようだった。


「飛ばしてくれるのはいいけどよ、こんなペースでバテねえだろうな旦那」

「このくらいはまったく問題ないよ。ウォームアップに丁度いいくらいだ」


 舳先に立って飄々を船を操るレギオムに、ネッドは感心とも呆れともつかない嘆息をつく。

 レギオムが本気で能力を行使すれば、教会がイメージの悪化を懸念するほどに『絵面が悪くなる』。今の彼が普段と変わりない様子である以上、意地でも見栄でなく本当に余裕なのだろう。


「というか、このくらいはキビキビと働かねばね。私が口を滑らせてしまったせいで……」


 レギオムが船室の方を振り向き、ネッドもそれに倣う。

 船室の扉の前には、番犬のようにして白狼の悪魔が座り込んでいる。何者の侵入をも許さんと、赤い瞳を鋭く光らせながら。

 そう、殺し屋発言の直後、メリル・クラインは船室に籠城してしまったのだ。


「しかしまあ、意外だったよ。メリル嬢があそこまで拒否反応を示すとは。母君譲りの豪胆っぷりと評判だったから、君の過去を知ったところで動じないものと思ったが……」

「だから言ったろ。いくら実力があるっつっても箱入りのお嬢様なんだから、引くに決まってらあ」


 健全な人間としてごく当たり前の反応だ、とネッドは思う。

 むしろ平然と受け容れる方がどうかしている。


「……なにやら勘違いしているようだから言っておくが」


 と、そこで。

 番犬よろしく座り込んでいる白狼の悪魔がいきなり言葉を発した。


「雑音を排して思索に耽るのは、あの娘が任務のたびにいつもやっていることだ。貴様などに怯えて引き籠ったと考えるのは、あまりに自意識過剰で滑稽だぞ」


 尻尾を立てて誇らしげな顔をする悪魔。

 言葉を喋っていることを除けば、主人に絶対服従を誓っている飼い犬にしか見えない。


 どうやらメリル・クラインはこの悪魔にずいぶん苛烈な調教を施したと見える。

 悪魔の自尊心を削ぎ落とすのにどれくらいの拷問が必要かは知らないが、想像を絶するほど過酷な責め苦を与え続けたのだろう。牙を抜かれて犬に成り下がるくらいに。

 それだけ残忍な所業をこなせる少女が自分ごときに怯えたと考えるのは、確かに自意識過剰というものか。


「ふむ――すまない。こちらの早とちりだったか。つまりメリル嬢は今、事件解決に向けて作戦を練っているというわけだね?」

「その通りだ」


 レギオムがぽんと掌に拳を叩く。


「ならばネッド君と直接話してみるのはどうだい? 彼はおそらくこの世で唯一【断罪の月】と交戦して生き残っている人間だ。当事者ならではの生きた情報を提供できると思うが」


 がたんっ! と。

 船室の中から大きな物音がした。椅子か何かがひっくり返ったような。

 その場の全員が一瞬船室の方を振り向くが、すぐに気を取り直して会話を再開する。


「ほう、貴様。今回の悪魔と戦った経験があるのか?」

「そんな立派なもんじゃねえよ。ビビッて一目散に逃げただけだ」

「謙遜するものではないよ。【断罪の月】の特性や戦闘能力を部分的にでも掴めているのは君のおかげだ」

「なるほど。それならば、確かに聞く価値もあろうというもの――」


 どん! と。

 またしても船室から物音がした。今度は扉を内側から蹴とばしたような。


「どうした娘よ。なにやら騒がしいが」


 そのとき、船室の内側からほんの少しだけ扉が開いた。

 そこから少女の細腕が素早く伸び、白狼の悪魔の尻尾をむんずと掴んで、船室の中に引きずり込んでいった。



――――――――――――……



「何事だ? 緊急事態か?」

「いいですか狼さん。確かに当事者の話は重要です。ですが、まずは客観的な事実の検証を優先すべきです。主観的な情報を先に仕入れては、こちらの判断にも偏見が混じってしまうかもしれません」


 馬鹿犬が余計なお喋りをしてくれやがったので、私は慌てて回収した。

 私は事件解決まで断固として引き籠ると決めたのだ。殺し屋上がりの前科者を私に近づけるような真似をしないで欲しい。


「む……すまん。我としたことが、少し功を焦りすぎたか」


 しゅんとした様子を見せる白狼だったが、


「しかし流石だ。そこまで冷静に事態を分析しているなら、既に【断罪の月】なる悪魔の本質に迫っているのだろう?」


 ろくに反省もせず、すぐに元気を取り戻した。


 んなわけないだろクソ犬。

 餌のグレードを落とすぞこんちくしょう。ドブ川で獲れた淡水魚とか喰わすぞ。


「ま、まあ……とりあえず客観的に分かっていることを列挙しますとですね」


 そんな内心を隠しつつ。私はペンを持ち、資料の裏面に時間稼ぎの箇条書きを書き殴っていく。


・【断罪の月】の本体は鳥型の悪魔

・『月』に見える光球は鳥型の悪魔が生み出したもの。実体はなく、破壊は不可能

・動物としての鳥類とは生態がかけ離れていることから、信仰あるいは願望が具現化したタイプの悪魔。治安の悪い土地の出現する性質から『悪人を裁く』ために生まれた悪魔である可能性が高い

・当初は殺人者などの重罪人のみを裁くが、『悪人』と認定される基準が時間経過とともに低くなっていく。最終的には赤子ですら『裁き』の対象となる

・【断罪の月】に『裁き』の対象とみなされない限りはまったくの無害

・一方、『裁き』の対象外にある者は【断罪の月】に対して一切知覚・干渉できない。たとえ聖女であっても、対象外のうちは討伐不可の可能性が高い

・悪魔としては非常に強力な部類。生半可な攻撃では傷をつけることもできず、胴体を両断するような痛打を当てても瞬時に回復する。致命傷を与えることは非常に困難


 時間稼ぎのように一つ一つゆっくりと書き連ねながら、私は白狼の様子をちらと窺う。

 白狼はなんか凛々しい瞳で私のことを見つめていた。何を期待していやがるのだ。


 できるだけゆっくりと箇条書きを終えてから、私は苦し紛れに一つの問いを捻り出してみる。


「なんでこの【断罪の月】……鳥の悪魔は、わざわざ月みたいな光球を作るんでしょう?」

「……む?」

「悪人を裁くために出現して、悪人を殺して回る。やがて悪人と認定する基準がおかしくなって、一般の人まで殺してしまう。これは【誘いの歌声】みたいなタイプの悪魔としていかにもありそうではあるんですけど」


 この悪魔が生み出す『月』の必然性が見えない。

 罪人以外には一切の相互干渉を拒みながら、『月』めいた光球だけは万人に見せつける。粛々と処刑を執行するだけが目的の悪魔なら、こんなものを生み出す必要がどこにもない。


 極論、この悪魔が【断罪の鳥】と呼ばれても違和感がないくらい、『月』の部分が要素として浮いているのだ。


「この『月』が何のためのものか。それが分かれば【断罪の月】の本質が分かってくると思うんです」


感想・ブクマ・☆評価・レビュー・いいねなどいただけると、執筆の励みになります!

引き続き応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3月28日(金)に書籍版『二代目聖女は戦わない』1巻が発売となります!
どうぞよろしくお願いします!
eesq4raygd11m2174kzqki203att_tt1_1cv_1xg_1np0z.jpg
― 新着の感想 ―
書籍化おめでとうございます。
書籍化おめでとうございます。 でも、最低皇子やポンコツクロニクルみたいに書籍化後に更新止まらないか不安が…
章終わりにまとめて読むつもりなのでまだ最新に手つけてませんが…… 書籍化おめでとうございます。 正直納得しかないですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ