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食事を始めた当初は美味しい美味しいと喜んで食べていた母だがオムライスの量が減っていくごとに食事のスピードが目に見えて落ちていくのがわかる。どうやらよっぽど言いにくい話がこの後あるようだ。うちにしては珍しく無言で食事している。
母さんが話しにくいこととはなんだろうか? 自分なりに考えて、まずパッと思い浮かぶのはお金の話だ。でも母の勤め先は結構大きな企業で、その心配はないと思う。だとしたら元父親のあのダメンズか? 奴が借金こさえている姿は簡単に想像がつく。でも完全に縁を切って今では連絡を取り合っていないはずだ。
だとしたらあれか? 彼氏を紹介したいとかだろうか? 母さんはまだ若いし、あのダメンズと違ってまともな男なら僕としては別に問題ない。むしろ大歓迎なのだが、さてどうだろうか。
最後の方はゆっくりゆっくり噛みしめるように食べていた母さんだがついに食べきってしまったらしく、空になった食器を渋々流しに運んでいった。
先に食べ終わっていた僕は緑茶を入れて、ゆっくり話を聞く準備を整えた。
重い足取りで流しから戻ってきた母さんは、椅子に座ってから自分のスマートフォンを取り出し、画面を見せてきた。どことなく感じるデジャヴ、果たしてそこにはハートマークに恋AIと書かれたアイコンがあった。なるほどそういうことですか。
「あのね、実は前から通知が来てたの。お母さんにもう一度お見合いしてみないかって……。私は別に弘人と二人でも全然いいんだけど」
深刻な表情で母さんは僕の目を見て恐る恐る話した。
「弘人はお父さん欲しいかな〜って……」
「はぁ〜、なんだ。それだけか〜」
思わず長いためきを吐いてしまった。僕は父親というものには大して理想を持っていないのでいなくても構わないといえば構わないのだが、恋AIで恋活していたとかいう告白かと思いきやこれからしようと考えてますと言われてもなぁ。
「なんだって何よう〜。お母さん弘人にこの話するのすっごい緊張したんだからね!」
母さんは恨めしげに僕のことを見る。まったく何歳だこの人は。
「いや、てっきり彼氏ができたから会って欲しいとかだと思ったよ」
「か、かか、彼氏〜!? できるわけないよう! ま、まぁ、とりあえず私も弘人もこのまま二人暮らしで問題ないってことでこの話は終わり!」
母さんが両手をパンっと叩き合わせ、母の恋活会議を強制終了させようとした。しかし、それに対して息子である僕は右手を突き出し待ったの姿勢をとる。
「別にやる必要がないってことはないと僕は思うよ」
「え?」
母さんがまるで裏切られたかのような顔をするも僕は話をやめない。
「いや、僕ももうすぐ16歳になるんだから、母さんもそろそろ自分の将来を心配しなよ。とりあえず会うだけ会ってみなよ。いい人だっているかもしれないんだし」
「そ、そうかなぁ。弘人のことをちゃんと大事にしてくれるような人じゃないと無理だしなかなかハードル高いわよ〜」
「別に僕のことはそこまで考えなくてもいいんだけど……。ただ、母さんのこと任せるなら家事ができる人がいいなぁ。あ〜、でも新しい父親に家事スキルを求めるのはどうなんだろう?」
「な、何よ! お母さんだって家事くらいできるわ」
心外だと言わんばかりに母さんが席を立ち上がった。勢いよく立ち上がったせいで椅子がひっくり返ってしまい、
「掃除は心配してないけどさぁ。料理、洗濯、アイロンがけ……その他諸々あるけどできる?」
「で、できるわよ〜!」
大きな声で反論するも目線はこちらに向けず、左上にずらしている。
「それに母さんもうすぐ40だし、そんないい人は見向きもしないかな〜」
「私はまだ38よ! 40まであと2年もあるわ! も〜、見てなさい! 絶対いい男を捕まえてやるんだから!」
これが僕の母、相崎菫38歳の恋活の開幕だった。




