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 それは友人のある一言から始まった。いや、正しく言うと実感させられたのだ。


「俺、政府から通知が来たんだ」


 笠岡高校の1年B組の教室で、朝のホームルームが始まるまでの暇つぶしに小説を読んでいた僕は、挨拶もなしに話しかけてきた男に目をやった。ボサボサの髪に黒縁メガネの男の名前は矢崎修二。彼は僕の幼稚園からの幼馴染の一人だ。


「おはよう、シュウ。通知って……、もしかしてあれか?」


「そう、あれだ」


「そうか、何はともあれまずは誕生日おめでとう」


「おう、ありがとう」


 修二はそう言うと同時に右手を俺に向かって差し出した。


「何だその手は?」


「誕生日プレゼント。もちろんヒロは用意してくれてるだろ?」


 僕の問いに対して修二はニカッと笑って答えた。全くなんてやつなんだ。プレゼントとは本来催促するようなものではないはずだ。僕はため息を吐いたあと、渋々自分のカバンから取り出し、修二に渡した。


「サンキュー!」


 そう言ってすぐに包装紙を破いて開けると中に入っていた手のひらサイズの缶ケースを見て修二は首を傾げた。


「何だこれは?」


「ワックスだよ。お前はもう少し身だしなみに気をつけたほうがいい」


 整えればマシな顔立ちをしているというのにシュウは自分の見た目に関心がない。髪の毛が邪魔になったら切るくらいの認識しかないだろう。シュウと違って僕はこれでも一般の男子高校生くらいには身だしなみに気をつけている。髪を切るのだって美容院に行きだしたくらいだ。


「ぐぬっ、違うだろ? 誕生日プレゼントというのはだな、もっとこう相手が喜ぶものをだな……」


 修二が嫌そうな顔でワックス缶を睨みつけながら言う文句は、朝にふさわしい爽やかさを持ったで挨拶に遮られた。


「おはよう。ヒロ、シュウ」


「おう、おはよう」


「おはよう、タカ。朝練お疲れ様」


 スポーツをしていることを感じさせるショートヘアに整った顔立ち、そして板についたスマイル。この爽やかイケメンはもう一人の幼馴染の斎藤貴之。サッカー部期待のエースで今日も朝練の後のはずだが、周囲に疲れは微塵も感じさせない爽やかさを持っている。彼も幼稚園からの幼馴染の一人で、所謂くされ縁というヤツだ。見た目も中身も平凡な僕と見た目に気を使わないシュウ、そして爽やかイケメンなタカ。周囲からは不思議な組み合わせに見えるかもしれない。


「はい、誕生日おめでとうシュウ。ほら、プレゼントだよ」


 そう言って爽やかな微笑みとともに貴之は修二にプレゼントの箱を差し出す。「ありがとう」とそれを嬉しそうに受け取った修二は僕をにらみながら言う。


「たく、ヒロはワックスなんて使わないものを寄越しやがったからな。どれどれ……」


 包装紙から中身を取り出した修二は再び首を傾げた。中に入っていたのは透明な液体が入ったボトルだった。


「何だこれ?」


「化粧水だよ。シュウはこういうの自分では買わないだろうからね」


「何だよ二人して嫌がらせか?」


 シュウはしかめっ面でもらったプレゼントを机の上に並べる。僕とタカは顔を見合わせ苦笑した。

 僕たちはこんな顔しててもシュウがプレゼントを大切に使うことを知っている。彼は意外と律儀なところがあるのだ。


「シュウはもう通知来たんだから、そんなこと言ってられないだろ?」


「もう来たのかい? 通知来たってことはもうダウンロードしたのかな?」


「まぁ、一応な。ほれ、これだよ」


 シュウがこちらにスマートフォンの画面を見せてくる。そこにはピンクのハートの上に「恋AI」と書かれたアイコンが表示されていた。


「はい、皆さん席についてください。ホームルームの時間です」


 担任の新田目美玲がそう言って教室に入ってきたことにより、シュウとタカも雑談を終了して自分の席に戻っていった。


 昨今日本では少子高齢化の問題が深刻になり、政府が様々な対策を打ち立てたのだ。

 その中の一つに恋愛の推進と言うものがある。結婚の支援や育児支援だけでは足りないと考えた政府が立ち上げた恋愛推進プログラムだ。


 結婚・育児の前にそもそも恋愛をしている人口が他国家に比べ圧倒的に少ないことがわかったのだ。それを示すかのように18歳から39歳の処女率は25%、童貞率に至っては30%という数値を叩き出してしまったのだ。

 とはいえ日本は民主主義の国、自由恋愛を是とする国民に恋愛相手を強制することはできない。そのため、施行された対策は恋愛の切っ掛けとなる出会いを政府が提供するというものだ。


 それが恋活マッチングアプリ「恋AI方程式」。それは16歳以上の男女を対象とした日本政府が運営する出会い系マッチングアプリで個人の趣味嗜好や遺伝子情報等を元にAIがマッチングを組み、恋愛の第一ステップである出会いの場を提供するというものだった。

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