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第6話 僕は女の子!?

♪アダージョ(10分前)♪


 ゾフィさんは、こちらの姿を見ると、アイスティーを持ったお盆を覆し、腰を抜かして震えていた。


 きっと、アレグロの目には憎悪の光が宿っていることだろう。


「お、お助け……」


 魔法省では、びしっとスーツを着こなしていた彼女はゆるい部屋着のまま、魔法電話を取り出そうとする。


 それを見たアレグロは、トロンボーンを取り出すと、ものすごい肺活量で息を吹き込む。


 魔法電話は宙を舞い、アレグロの手元に。


「資料をすべて調べさせてもらった。ゴミ拾いイベントを不自然にあの場所にセッティングして、目撃者のふりをする。そして、俺に罪をなすりつけた。そうだな?」


『やめろ! 怖がってるじゃないか!』


『うるせぇなあ。いいところだろ。黙らせるぞ』


『……!?』


 僕は必死の抵抗を試みるが、大きな鼻声を駆使して、アレグロに黙らされる。


 そんな内面の葛藤は知ってか知らずか、ゾフィさんはオペラ歌手のような高音で返事する。


「ち、違うの。私は悪くないの」


「ほーう。どう悪くないんだ?」


 さらにトロンボーンでバラードを奏でると、台所からナイフがやってきて、喉元に突きつけられる。


「ひいっ!」


「俺もあんたが黒幕だと思っちゃいねぇさ。誰の差金か教えてくれたらいいんだよ」


「わ、私は」


 ナイフがさらに2本追加され、3本が首の周りでかちゃかちゃと舞い踊る。


「俺は、火遊びが好きなんだ。喋らねぇと間違って刺さっちまうかもなあ。ははっ!」


「セルパン長老です! 長老に言われて、ゴミ拾いの予定を……。私はそれ以上っ! 知らないです!」


「なるほどねぇ。まあ、確かにあんたの言うとおり全貌は知らないかもな。だが、証拠になるものを集めたい。どこで誰と俺たちを嵌める打ち合わせをした」


 ナイフの回転の速度が速くなる。金属音が彼女の神経を逆撫でする。


 くそっ。このままでは! 主導権を奪うために、心にパワーを貯める。だが、この方法は少し時間がかかる。間に合ってほしい! このままでは、ゾフィさんが!


「魔法省のB棟第三会議室です!」


「参加者は? おっと、嘘をついても無駄だぜ。あとで第三会議室とやらへ向かうからな。そこに、そのメンバーの声跡がなければ一発で嘘だとわかる。そうすれば、俺だって逆上の一つや二つするし、命を奪いたくなるかもしれないな」


 アレグロは、狂気を宿した声色をしながらも、いたって冷静沈着だ。


 自分の無実を裁判所に訴えるには、あるいは司法に退けられたとしても、魔法ニュースとして無実を広め、名誉を回復するには、物的証拠を集めないといけない。


 声跡は、この音楽魔法世界において、魔法警察が最重要視する証拠品。


 人間同士の会話が行われた場所には、必ず声跡が残る。完全に風化するには30年はかかる。


「わ、私と、セルパン長老、それに、ソネット様!」


ソネット? どこかで聞いたことある名前だ。しかも、様をつけるということは、きっと、高貴な身分の人物。まさか……。


「おい。それは、うさぎ王国第一王子のソネットではあるまいな」


「そ、そうです」


 ええっ! まさか、ポエットくんのお兄ちゃん! そんなバカなことが。


 いったい何の利害がどうなってそんな関わり合いをっ!


「うさぎ王国がどんな関係あるのだ? ミラヴェニア共和国内で起きた事件じゃないのか?」


 どうやら、アレグロも疑問に思うところは同じらしい。


「し、死体の正体は、セレナーデ」


「それは知っている」


 司法上は、アレグロが殺したとされる被害者。ヴィオラを弾きこなして魔法省で出世しようと思っていた若手官僚。


「彼女は、ソネットの恋人だったのよ。だけど、死体遺棄の方法を…⋯」


 なんてことだ。黒幕がうさぎ王国だったなんて。背筋がゾッとする思いだ。体に主導権があったら身震いしている。ポエットくんは関係ないよね? そうあってほしい。


「ポエットの兄貴が黒幕だったとはな。ふむ。気が変わった。まずは、そのソネット兄貴とやらの命をちょうだいするとしよう」


「じゃ、じゃあ私は」


 ゾフィさんが安堵したような顔をする。


「そうだな。口止めのため、消えてもらおうか」


 アレグロはにやりと口角を上げる。体よ。動いてくれ。このままじゃ、彼女が死んでしまう。


 アレグロは、大きく息を吸い込む。シャウト呪文を唱えようとしているようだ。この至近距離でシャウト呪文をもらうと即死だ。くそっ。僕の力ではどうしようもないのか。


 あと、少しなのに。後少しで体の主導権を奪還できそうなのに⋯⋯。


 万事休すか――。そう思った時だった。


「Wow!」


「Moff!」


 2つのシャウト呪文が重なる。一つはアレグロ。もう一つは……。


 僕が声のした方に目を向けると、ブロンズの天然パーマから映える長耳がひくひくと動く。


 懐かしい。その正体が何者か。10年ぶりなのに僕は瞬時にわかった。


「ポエット。貴様! 邪魔する気か!」


「叫び声がしたと思って来てみたら、何が起きてるんだっ!?」

 

 すっかり男らしく声変わりしてたくましくなっていた。ポエットくんはアレグロの頭の先からつま先まで眺める。


「その容姿。そして、僕の名前を知っている。そして、眼の前で人を殺めようとしている。どうやら、本当にアレグロさんらしい」


 ポエットくんは、落ち着き払った声でゾフィさんに逃げるように目配せすると、言葉に甘えてゾフィさんは大窓の方に向かう。


「逃がすかっ!」


 言うことの聞かない我が肢体が追いかけようとしたところ、美しい音色が。ギターのアルペジオ音だ。天地が目まぐるしく逆転し、扉を飛び出し、草むらへと飛ばされる。


ポエットくんが、ゆっくりと玄関からこちらに向かう。アコースティックギターを構えている。楽器魔法から竜巻魔法、アドバンスウィンドを使ったようだ。


「生意気なガキだ! ぶっ潰してやる!」


 トランペットを虚空から取り出し、全力で息を吹き込む。


「うわあっ!」


 ポエットくんは、吹き飛ばされ、広葉樹に叩きつけられる。凛々しいお顔が傷だらけだよ。やめて⋯⋯。


「よーし。ちゃんと直撃したようだな。兄より先にあの世に送ってやる」


 そのとき、心に力がチャージした。よしっ。体の主導権を奪うぞ。


「ぐぬっ。な、何をしようとしている。やめろ。ぐわあああああ」


 もう少し! もう少しで主導権を!


「こ、この野郎! 体から追い出してやるっ!」


眼の前がチカチカした。な、何が起きようとしているの? なにこれ、体の自由は、効きそうだけど。


ああああああ。


眼の前が一瞬真っ黒になったかと思うと、吹き飛ばされたような感触。


僕は、仰向けの姿勢で地面に横たわっていた。指を動かせる。体の主導権を取り戻したのか?


目を瞬き見上げると、ポエットくんのドアップの顔が。


「ええっ!?」


驚きの声を出した後、さらに自分の声に驚く。ソプラノボイス。女声じゃないか。


「か、かわいい」


僕の顔をまじまじ見つめてポエットくんは言った。ぼ、僕がかわいい?


「夢に出てきたアダージョさんだ」


ポエットくんが、ぼ、僕の名前を知っている。どういうこと?

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