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第11話 悪女デビュー

♪アダージョ(現在)♪


 ポエットくんのボディーガードのお誘いを受けることにした。りりしいと思っていたが、少し落ち着くとひどく疲れた顔をしていた。詳しくはわからないが、お兄さんとは、ただならぬ関係のようだ。


 僕たちは、ゾフィさんに教えてもらった道を通って、山を下り、街へと繰り出した。はじめは、テレポート魔法で移動しようとしたが、なぜか、うまくいかなかった。なんでだろうねえ?


 街に着いたところで、別れようかと提案したが、朝まで守ってくれるとのこと。たのもしいな。


 もう、23時だったが、なんとか泊めてもらえる宿を見つけて交渉、ツインベッドの部屋なら開いているとのことで、通してもらった。


「ご、ごめん。男と同じ部屋だと困るよね」


「気にしないで。仕方ないよ。こんな時間だもん」


 異性として意識されていて、ちょっとしたときめきが。はっ。い、いや、男がこんなのうれしくなってはいけないんだ。僕は男なのに男をたぶらかす、ふしだらな危険人物だっ。


「あの、改めましてはじめまして。ポエットと言います。見ての通り、うさぎ族と言いまして、長い耳とも白くてふもふした手先足先以外は、ほぼほぼ人間と変わらないです。髪の毛も人間と同じ生え方だし。伝説の幻獣にうさぎ、っていますけど、似てるけどちょっと違う人種で」


 うさぎ族についての説明を簡単に聞かされる。まあ、だいたいもともと知ってることだけどね。なんか種族のことを説明されたらこっちも竜族について説明しなきゃいけない気がした。


「アダージョといいます。竜族です。髪の毛の色が緑な以外は、ぱっと見、普通の人間と同じかな。うろことかあるわけじゃないし。あの、竜族の独身の女って普通はリップカバーっていうのをつけているんです。キスを防止するためで」


 ああ、いらぬ雑学まで披露してしまった。


「君はつけてないね」


「私は独身ですが、特別な事情があってつけてなくて」


 さっき女になったばかりだからね。


 いずれにせよ、これからつけてもらうのは無理な話だ。リップカバーをつけてくれるかかりつけ医とは、生まれたときからの付き合いなのが竜族のならいだ。こんなに年を重ねてから、新規で戸籍のない女の担当医になってくれる者などいない。


「確かキスをした男に惚れるんだっけ?」


 思わぬ相づちに手で口を押さえてしまう。まるで女子しぐさだ。


「よく知ってるね。竜族の女はファーストキスの相手に夢中になって余生を過ごす。だから、若いうちは親兄弟から庇護を受けるし、婚約者も早めに決められる。男性に依存して生きるしかないから、男尊女卑の性向が他の民族よりも強い。男もプライドで生きる者が増える」


「もうファーストキスはすませたの?」


「それを聞いてどうするつもり?」


 売り言葉に買い言葉的に質問返ししてしまった。そんなこと聞いてどうするのだ。僕のバカ。


 無言の空間、ベッドに座る僕たち。ポエットくんの手が少しずつ尺取り虫のように僕に近づいてくる。僕は手を取りやすいように角度を変える。


 うわあああ。男の子と女の子が密閉された空間に居て、僕、今、女の子側なんだ。


男の子が勇気を出して、誇り高き王族が傷つくリスクを背負いながら、僕に欲望を自白しようとしている。これを生かすも殺すも決定権は僕の方にある。こんな重大な権限与えられるような人間じゃないのに!


 だ、だめ。ときめきで体が光っちゃう。男としての誇りが! 心臓の高鳴りが止まらない。


 目を閉じた方がいいのかな。で、でも、実質初対面で。こんなこと。いけない。だんだん、喉が渇いてきた。そうだよ。うん。なんとかしないと。


「ああ。喉渇いたなー」


 立ち上がって、部屋にあったジャスミンティーをポッドからカップに注ぐ。めちゃ声がうわずってる。ごくんという自分の喉の音が大袈裟に響く。


 ポエットくんが悲しそうな顔をする。僕が振ったような形になるのかな。そんなうるんだ目で見ないで。


「ご、ごめん。僕、今どうかしてた」と頭を抱えるポエットくん。


 まるで僕は悪女じゃないか。いたいけな男の子の心をもてあそぶ。ずきりと心が痛む。


 その晩、男と女の関係になるわけでもなく、ツインベッドで隣り合って就寝した。


 朝、目覚めると僕一人が取り残されていた。緊張で寝付くの遅かったからね。


 宿の女将さんが掃除にやってきたので、ポエットくんの行き先を聞く。2人分の支払いを済ませて先にに出て行ったとのこと。


 きっと僕を危険に巻き込みたくないんだ。優しいな。


 女将さん、お腹が大きいな。これ、もしかして。ジロジロ見ていると女将さんは笑った。


「ああ、4ヶ月目だよ。はやく元気な子を産みたいねぇ。うちも跡取りが必要だから」


 なーんて説明しつつも、女将さんは呆れた顔をする。


「それより、あんた。髪の毛ボサボサだよ。女の子なんだから、きちんと身だしなみしないと。シャワー浴びといで」


「でも、チェックアウト時刻は」


「はっはっは。気にしなくていいよ。今日はお客少ないし」


 ほぼ満室だったはずだ。女将さん、気を使ってくれてるんだな。だけど、とりあえず、お言葉に甘えるとしようか。アレグロのユニセックスな服の一張羅しか持ってないし、せめて、汗からくる体臭は取れるだけ取った方がいい。


 服を脱ぐと、それなりに立派なお胸、そして、股間にはあるべきものがない。本当に女の子になっているんだ。自分の身体とはいえ、なんだか悪いことをしている気分になる。自分の身体ながらちょっとエッチかも。


 ひとまずシャワーを浴びることにした。身も心も洗われるようだ。


 アレグロの体という鳥かごから解き放たれ、今日から僕は自由の身だ。西に行っても東に行ってもいい。働いても遊んでもいい。


 だけど、なぜだろう。虚しさが僕を支配していた。


 テロ組織によるクーデターが成功したとある国のことを僕は思い出した。テロ組織は新政府となり、これまで、戦場を駆け巡っていた兵士たちは、公務員となり、書類と手続きの山に忙殺される日々を過ごしていた。


 元兵士たちは、絶望していた。念願の権力と平穏を得たにもかかわらずだ。彼らは、大きな存在への反骨心こそが生きがいだった。自分が権力を握ったときのビジョンなどというものは持っていなかったのだ。


 異世界中国においては、前漢と後漢という国の間に新という国が存在した。その新もただの反乱政府にすぎず、すぐ滅びたと聞く。


 僕も彼らと同じかもしれない。アレグロが野心をもってあれこれするのを否定するのが役割。世を呪い人を呪うアレグロのことを否定しつつも、そんな彼を否定する僕自身も、向いている方向性が違うだけで、アンチテーゼが自己目的化した空虚な人間なのではないだろうか。


 憎しみや悲しみが人生の原動力であってもいい。馬鹿にしてきた人間をぎゃふんと言わせたくなってもいい。負のエネルギーは時に、人に大きな力を与え、ことを成し遂げるエネルギーになる。だけど、それらを乗り越えた先に、自分があるいは他人が幸せになる景色が見えていないと、燃え尽きて自分も他人も不幸にしてしまうのではないか。


 特に、馬鹿にしてくる相手なんて、ただただ、無責任に自分勝手で狭量なルールを振りかざして、馬鹿にするための新ルールを更新し続けるだけだ。真剣に向き合ったところで、疲弊するだけはないのか。


 僕、本当は何をしたいのだろう。自分自身の人生について考えてみたこともなかった。僕はいったい何者。何がやりたくて何が生きがい? 僕はどうなれば幸せだろうか。


 女将さんの大きなお腹を思い出す。もし、僕があんな風になったとしたら。旦那様がポエットくんだとしたら。ポエットくんとの新婚生活を送ったとしたら。


 マイホームの玄関に「あなたぁ」なんて出迎えて、子どもたちが「パパァ」なんて言って飛びつく景色を微笑ましく見守る。お料理をしていると、背後から抱きつき「愛しているよ」とささやくどうしようもない人。お花畑にいるかのようなフワフワ感。これが僕の望む幸せのカタチ。


 うわあああああ! な、何を僕は考えてるんだー! あいあむあくれいじー! 危険思想だ! でんじゃらすぱーそんだっ! 元男がそんなこと考えるなんて邪悪すぎる! 冷静になって落ち着かないと!


 息を整えて! ひっひっふー。ラマーズ法じゃなーいっ! 妊娠の妄想に引っ張られすぎだ!


 よし、落ち着いた。と、とにかく、汗も流したし、服を着よう。下着は男物だなあ。女物買わなきゃいけないかな。


 部屋に戻ると、寒気がした。何かがいる。ポエットくん?


「好きだ。ねぇ。なんでキスさせてくれなかったの?」

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