26.パン
穂から小麦の実をバラバラと臼に入れ、ぐーりぐりと杵でこすり付けるとうまい具合に小麦粉になっていく。
道具作成に苦労したけど、自作の道具がうまく機能してくれたら喜びもひとしおだな。これぞ、自給自足生活の楽しみと言えよう。
完成した小麦粉を麻袋に入れ、再び粉ひきを行い……と繰り返し小麦の束は全て小麦粉にすることができた。
「ふう。上手くいったな」
「はい。これでパンが焼けますね」
もうさっきからニヤニヤが止まらないが、モニカも珍しく両手を胸の前で合わせて喜びを全身で表現している。
「モニカ、お昼は」
「焼き立てのパンですよね」
だよなあ。もうそれしかないよな、うん!
ハイタッチをするとこれまたモニカが珍しく乗って来てくれた。
普段見せない彼女の態度からも、どれだけ彼女が楽しみにしていてくれていたかが分かって、俺も更に嬉しい気持ちになる。
「よいよな。こう、手作りでやってってのも」
「はい。何もないからこそ楽しみがある。とソウシ様が王都でおっしゃっていたことがようやく分かりました」
「不便だからこそ、得難い楽しみってのもいいものだろ?」
「おっしゃる通りです。さすがソウシ様の慧眼ですね!」
そんなこんなでしばらくはしゃいだ後、ここで引くのは後ろめたいが今日実行するにチャンスはここしかない。
そう、モニカがパン作りをしている間に畑へ出ることはね。
彼女が何かに集中している時じゃないと、この雨だ。彼女は必ず俺を家の中に留めようとしてくる。
俺としても「まあまあ」と彼女をいさめて外に出ることはやぶさかではないんだが……朝にさ、井戸に行こうとするモニカを俺が止めたじゃないか。
そんなわけで、モニカに「外はダメ。濡れる」と言われちゃうと、バツが悪いんだよね。
そんなわけで、今がチャンスなのだ。
いざ行かん、畑へ。
ズボンを引っ張っても俺の動きは止められねえぞ。だって、モニカは小麦粉をこねるのに夢中なのだから。
え? モニカがキッチンにいるのに誰がズボンを引っ張ったのかって?
それは、このもっふもふで鼻をひくひくさせているアンゴラネズミ以外に誰がいるというのだ。
こいつ、貴重な俺のズボンに歯を引っかけやがって……むんずとニクの両前脚に両手を通し掴み上げる。
奴は後ろ脚に力を入れずでろーんと垂れ下がった状態になるが、構わずニクを持ったまま家の外へ出た。
そっと扉を閉め、ふうと息を吐く。
よし、モニカには気が付かれていないな。
「ニク、俺が外に出るからといって食べ物を持って帰ってくるわけじゃあないからな」
『きゅ、きゅ』
見た目に似合わず可愛い声で鳴きやがって、つぶらな瞳で見つめて鼻をひくひくさせようが俺は騙されねえぞ。
お前は何か食えるものが手に入ると思って、俺のズボンを引っ張ったんだろお? んー?
何て言っても、ニクに言葉が通じるわけがないのでその場でニクを降ろす。
しかし、またしてもズボンに齧りついてくるので仕方なくニクを小脇に抱え畑に向かう。
屋敷の隣は畑だから、ほんの数十歩で到着する。
さて、やることは迅速にだ。
ニクを地面に降ろしてから、ばらばらっと畑に種を撒き、再びニクを抱え上げる。
だから、俺のズボンを齧るなというに。
「総士の名において祈る。元気に育ちますように。ヒール」
みるみるうちに緑の茎が伸び、茎の色が茶色に変わる。
これでも成長はまだ止まらず、ピンク色の花をつけ実が割れ中から白い綿毛が顔を出す。
そう、俺が植えたのはワタの種。この白い綿毛が綿花ってわけなんだ。
食べ物じゃないと分かった瞬間、ニクのひくひくスピードが鈍り地面に降ろしても俺のズボンを引っ張って来なくなった。
またズボンを引っ張って来られたらどうしようかと思っていたところだよ。
綿花を枝ごと収穫し、家に入るとそのまま二階へ。杵と臼が置いてあるへやに収穫した綿花を置き一階に戻る。
「おかえりなさいませ。ソウシ様」
一階に足を踏み入れたところで、モニカの声にドキッとした。
う、うう。バレていたのね。こっそりと行って戻ってきたというのに。
「た、ただいま」
「出かけられるなら一言おっしゃって下さればタオルを準備いたしましたのに」
「ちょっと出てすぐ戻るつもりだったからさ」
「何か持たれておりましたね」
「昼食の後、見せるよ。楽しみにしておいてくれ」
「はい。楽しみにしておきますね」
にこやかにほほ笑むモニカから一切のプレッシャーを感じ無いが、ちゃんと彼女に断ってから行くべきだったと後悔する。
そうだよ。ちゃんと目的を話せば彼女に止められることなんてなかったろうに。
「ごめん、モニカ」と心の中で謝罪する。
それにしても……。
いい匂いがしてきたぞ。
「もうパンを焼いているの?」
「はい。今しばらくお待ちください」
仕事が早い。さすがモニカだ。
あああ。この匂いはたまらんな。待ちきれなくなってくる。
ソワソワしつつ手持ち無沙汰になり、ボアイノシシのベッドに突っ伏す。
その時、ドタンと窓枠から音がした。
「ニク、どこに行っていたのですか? ずぶ濡れじゃないですか」
中に入ってきたニクにすぐさまタオルを被せるモニカ。
それでも尚、ぶるぶると首を振り、雫をまき散らすニクだったが、俺は見逃さなかった。
あいつの頬っぺたがパンパンに膨れていることを。
いなくなったと思ったら、どんぐりをもぐもぐしに行っていやがったな。
ニクを甲斐甲斐しく拭いてやるモニカを眺め、目を細める。
あんな奴に優しくお世話をする彼女の姿を見ていたら、なんだか和むよ。
この際だ。ニクの頬っぺたには目を瞑ろう。
「ソウシ様。できました」
ニクの体を拭いてやった後、窯の様子を確認したモニカが俺に声をかける。
「お、おお」
さっそく窯から細長くフランスパンのような形になったパンを取り出し、二人で出来立てのパンを覗き込む。
黄金色に焼けたパンは香ばしそうで、中はふっくらなんだろうなあ……想像しただけで口内に唾液が溜まる。
「さっそく頂きましょう」
「おう!」
皿にパンを乗せ、いつもの折りたたみ机の上に運ぶ。
「いただきます」
「いただきます」
手を合わせた二人の声が重なった。
では、さっそく。
パンを手に取り半分に割ると、中からもわあっと湯気が。
熱いがもう待ちきれないぜ。
はふはふ。
お、おおお。バターなんて塗らなくても充分おいしい。
出来立てのパンはぱりぱりで中はふんわりと理想的な食感で、焼き加減もバッチリだ。
「とてもおいしいよ。モニカ」
「お口に合うようで、よかったです」
ニクがあぐらをかいた俺の膝の上に乗っかってパンをせがんでくるが、まだ頬っぺたがパンパンだぞ?
それじゃあ、食べることができねえだろと思いつつも少しだけパンをちぎりニクの口元に近づける。
もしゃ――。
なんとニクはパンをもちゃりやがったんだ。あれだけパンパンに頬を膨らませているというのに。
なんて食いしん坊な奴なんだ。
ニクは尻尾を振ってご満悦の様子だし……まあいいか。
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