14.ニク
「暑い……」
そろそろ暑くなってくる季節かもしれないが、まだまだ朝晩は冷えるんだ。
毛布を被っていても朝になったら肌寒さを覚える。
突然外気温が上がったんだろうか?
パチリと目を開ける。
モニカはすやすやと寝息をたてていた。
それはいい。
しかし、俺とモニカの間にモフモフした毛玉が埋まっているじゃあねえか。
手を伸ばし、触れてみる。
うはあさらさらで高級カーペットみたいだあ。
「そうじゃねえだろ。なんでこんなところに肉がいるんだよ」
もこもこの正体は昨日モニカが餌をあげたアンゴラネズミだった。
こんなのが間に挟まっていたらそら暑いわ。
「どうされました? ソウシ様」
俺の叫び声にすぐ反応したモニカは眠たげな目をこすり起き上がる。
「ごめん、起こしちゃって」
「いえ。何か不測の事態でもございましたか?」
「いや、肉がここに挟まってる」
「昨晩、いえ、明け方でしょうか? ソウシ様のご了承も得たのですが……ダメ、でしたか?」
涙目で見上げられても……いや、問題は俺がいつ了承したのかってことだ。
確か、夜中にモニカが何やら言っていて「おっけおっけー」と返した気がする。
「そうか、えらく懐いたんだな」
「はい」
モニカがアンゴラネズミの背中を優しく撫でた。
「ところでソウシ様、その、ニクというのは」
「ああ、そこのアンゴラネズミのことだよ」
「ソウシ様自ら、お名前を授けて下さったのですね。感激です」
え、ええええ。
むっちゃキラキラした目で見つめられた。
モニカはいつも落ち着いた雰囲気を持つメイド然とあろうとする少女なのだが、こと動物が相手となると途端に年相応の反応をするようになるな。
彼女はまだ十七歳に過ぎないんだ。普段から自分を抑えず、ありのままに振舞ってくれればいいのになあと思ったりもする。
そういう意味では、アンゴラネズミが懐に入って来るのは歓迎だよな。うん。
しかし、まさか肉がニクという愛称となるとは思ってもみなかった。
「ニク。家の中に来たかったら自由に来ていいぞ。ただし、アーモンドはやらねえ」
アンゴラネズミもといニクの額を撫で、しゃあねえなと苦笑する。
さっきから撫でられまくっているのに、ニクは起きることなくずっとつぶらな目をつぶったままスヤスヤと寝入っていた。
「ソウシ様、それでは朝食の準備に行ってまいります」
「じゃあ俺は水を汲んできてお湯を沸かすよ」
二人揃って立ち上がり、幌に手をかけたところでモニカが俺を呼び止める。
「ソウシ様、私のものだとご不満は承知の上です。ですが、お召し物を変えられた方が」
モニカの服を着るのはご勘弁頂きたい。
彼女は就寝時になるとちゃんと着替えをする。白と黒のメイド服から桜色をしたワンピースのパジャマに。
着替えをするのは隣の荷物用馬車だ。あそこに着替えを全て置いているからな。
さっき俺が、お湯を沸かすと言ったのも彼女が着替えに行っている間にやっておくよって意味なのだ。
俺?
俺は朝から晩までずっと同じ服を着ている。洗濯しなくてもウォッシャーがあるし、そもそも聖女服以外の服を持っていないからな。
ははは。
そのうちボロボロになり代えの服が必要になる時が来るかもしれない。でも今すぐじゃあないだろ。その時までにどうやって服を用意するか、じっくり考えればいいさ。
「サイズが合わないだろ?」
「いえ、問題ございません。ゆったりしたものもございますので」
言い方が悪かった。
女性ものはもう着たくないんだよね。そらまあ、三年間も聖女として生活していれば、着ること自体にもはや抵抗はない。
だけど、わざわざ女装なんてしたくないんだよ! 今更何を言っても信じてもらえないと思うけど、俺に女装の趣味はないのだ。
「どこかに服があるかもしれないし。裁縫をすれば服だって作成できるし。そうだ。モニカ」
「はい」
「モニカって裁縫が出来たよな?」
「それほど得意ではありませんが……」
「謙遜しなくても、俺のマフラーや手袋を編んでくれたりしたじゃないか。だから、いずれ俺のパジャマを仕立ててくれよ」
「布からになります。ですが、その提案はとても素敵です」
「原料の麻や綿はそのうち育成すればいい。布作りは一緒に挑戦してみようぜ」
「承知いたしました」
胸元にウサギのマークがついたワンピース姿であってもモニカはお腹の辺りに両手を添え、頭を下げる。
さすがモニカ。どんな格好であってもメイドの礼は忘れない。
「それじゃあ、竈前で待ってるぞ」
「はい。行ってまいります」
右手をあげモニカに向けひらひらしながら、ポットとお鍋を手に井戸に向かう。
◇◇◇
今朝は新鮮なトマトにキュウリをサクっと切って塩を振っただけのサラダとレーズン入りオートミールだった。
俺はブッチャーナイフと果物ナイフを持ってきていたが、全く使っていない。モニカが持参したまな板と包丁の方が使い勝手がいいからな。
彼女の持ってきたものは調理専用だから、やはり使いやすい。俺のはサバイバル用だからさ。外敵を払うのにも使えるけど、料理だけとなるとやっぱり専用道具には敵わない。
「やっぱり、朝はほかほかのパンが食べたいよな」
「お任せください。近く準備いたします」
「パンを作るには、小麦を加工する道具が欲しいところだよな」
俺の導きの書にも小麦の記載はある。
小麦からパンをは当初からの野望なんだ。
「そうですね。一から制作するのも良いのではないかと。もう一つ、パン焼き窯も準備できれば、と」
「そうだな。パン焼き窯があれば他の料理もできるし」
「やることが沢山ですね」
なんて言いながらもモニカはご機嫌そうな様子。
一歩ずつ生活基盤を整えて行くって思ったより楽しいよな。俺も毎日ワクワクしているよ。
そら、街での暮らしと比べれば不便かと問われれば、間違いなく不便と言い切れる。
だけど、全部自分たちで準備してそれが完成した時の楽しさったら街では味わえない。
大人がキャンプを楽しむことに少し似ているのかも。
トマトにフォークを突き刺し、もしゃりと。
うん、塩なんて付けなくても美味しく頂ける。ヒールによる速成栽培だけど、味は通常のトマトと変わらないな。
むしろ、もぎたてで新鮮な分、こっちの方がおいしいかもしれない。
「山積みだけど、まず何からやろうか」
「ソウシ様は何からされたいのですか?」
「うーん。俺はなあ。モニカはどれからやりたいってのはある?」
「……はい」
自分の意見を主張することにまだ抵抗がある様子のモニカは口を濁す。
「遠慮せずに言って欲しい。だって、モニカは家事のスペシャリストだろ」
「そ、そのようなことは」
「まあまあ」
「お掃除です。まずはお掃除を完了させたいです。ソウシ様をこのまま馬車になんて」
「分かった。屋敷の掃除の続きからやろう。あと4部屋だったよな」
「はい! お心遣い感謝いたします。一階も既に完全に乾燥しておりますし」
「よおっし、じゃあ、掃除を終わらせてから荷物を運び込もうか」
器に残ったオートミールを一息に口に運ぶ。
急ぎ過ぎてむせそうになってしまう。
そんな俺の様子を口元に微笑みを称えながらじっと見守るモニカであった。
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