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続編のない短編達。

平日はOL、終業後や休日は派遣の聖女です。

作者: 池中織奈

「お疲れ様です。業務時間が終了したため、帰らせていただきますね。明日必要な書類は全て準備しています」



 私、水瀬月葉みなせつきはは終業時刻を過ぎたことを確認すると早急に会社を後にした。



 基本的に私はまっすぐに帰宅する。というのも、私には予定があるのだ。

 家は会社から電車に乗り、三つほど離れた駅の最寄り。そこそこアクセスのよい場所に住まわせてもらっている。

 マンションに帰宅すると、大きな姿鏡の前に立つ。




「よし、行きますか」



 私はそう呟くと、鏡に向かって手を伸ばした。そうすれば私の身体はその鏡に吸い込まれていく。

 いつものことなので、恐怖心は何一つない。

 そして移動した先は、私が異世界で使っている大神殿の部屋の一室だ。

 辿り着いてすぐに顔を隠すためのヴェールを身に着ける。私は自分の正体を表に見せる気はなかった。





 ここは、地球から見て異世界である。そんな世界に私がなぜ、やってきているかと言えば――。




「聖女様、本日もお越しいただきありがとうございます!」

「女神からの頼みなので、当然です。では、行きましょうか」

「はい!」


 ――私が、聖女として此処に居るから。





 私は女神から遣わされ、時折大神殿にやってくる聖女――まぁ、ようするに派遣のようなものね。





 ここに勤めている者達は、私が地球で平凡に過ごしていることなど知らない。私の名前さえも知らない。そんな状況である。

 この世界にとって聖女とは、あらゆるものを癒す存在である。例えば瘴気を払ったり、怪我を治したり――。そういうことが出来る存在。

 私は今日も、大神殿に訪れる患者たちのことを診ていた。あとは瘴気に侵された道具なんかを浄化したりもよくする。




 私は昔から、聖女の力が強い。だからこそこの位は朝飯前である。




「聖女様、ありがとうございます」




 そう言ってもらえると、何だか嬉しくなった。




 そうしていつものように過ごしていたのだけど、急に大神殿内が騒がしくなった。

 誰か有名人でも来たのだろうか? とそちらに視線を向けると予想外の見知った顔が視界に入った。




 ……あの人は怪我なんて滅多にしないし、瘴気に侵されるようなこともありえないはずなのに。私がそれを誰よりも知っている。




 一瞬、人違いかと思った。

 でもその顔も、そして感じ取れる魔力も私が知っている人のものだった。

 目が合った。




 その瞬間――ニヤリッと口元があげられて、嫌な予感がした私は勤めを早急に切り上げることにした。

 なるべく冷静を装って、さっさとその場から引っ込む。




 ……私があの人と最後に会ってから、向こうの感覚では二百年は経過しているはずなのだ。寿命が長い彼が、たった数年の間だけ過ごしていた私のことを覚えているなんてきっとないはず……! 彼の輝かしい人生を邪魔をしてくもないし、少なくとも私は向こうからしたら死人なのでこうして顔を隠して聖女業をやっていたのだけど……。

 私はそんなことを考えながら部屋に戻ると、鏡の中に手を伸ばそうとした。




 その時、扉の外が騒がしくなった。




「シェーレンナ!!」



 ――そして開け放たれた扉には彼が居る。……私の名を思いっきり呼んでいて本当に驚いた。




 慌てて逃げようとして、鏡の中に入った。だけど驚いたことに彼――ビウリスも一緒に飛び込んでしまった。

 そうして日本の私の部屋の中に……異世界の竜人なんて存在がやってきてしまった。ああ、もう!! なんでついてきちゃうのってびっくりしたわ。



 一旦、他の人達が紛れ込まないように異世界への回路は閉じた。いや、だってビウリスは私の手を掴んで離さなくて……おそらくちゃんとお話ししないと納得してくれなさそうなんだもの。だから諦めて話をすることにした。




「シェーレンナ……」



 諦めて向き合ったら、びっくりするぐらい力強く抱きしめられて更に驚く。異性にこんな風に抱きしめられることってないもの。




「ちょ、ちょっと、離して」



 落ち着かなくて、そう口にする。

 このままぎゅっと抱きしめられたままだと、ドキドキしてまともに話なんて出来もしない。



「駄目だ。離したら逃げるだろう」

「耳元で良い声で囁かないで!! 逃げたのは悪かったわよ。でももう逃げないから離して!!」




 ビウリスの声って、凄く良い声をしている。地球でアニメやドラマなんかをよく見ていると良い声の人って沢山居るのだ。そう言う人たちに引けを取らないほど良い声をしている。

 私の叫び声に渋々と言った様子で私の身体を離すビウリス。



 でも身体は離しても手は握ったままだ。




 こうして真正面からビウリスのことを見るのも初めてだ。綺麗な赤みがかった茶髪の髪に、黄色の瞳。

 背も高い。露出している部分から見える筋肉を見て、相変わらず鍛えてたんだななんてただ思った。



「シェーレンナ、今までどうしていたんだ? なぜ、俺に会いにこなかった?」

「……どこから説明したらいいかしら。えっと、シェーレンナとしての私はあなたが知っている通り死亡したわ。『魔王』との戦いの最中で、私が命を失ったのはあなたも見たでしょう?」




 私は、前世で聖女だった。

 それも『魔王』を倒すためのパーティーメンバーに選出されるほどだった。

 その最中で、シェーレンナだった私は死んだ。同じパーティーメンバーだったビウリスが泣いていたことを覚えている。……ビウリスでもこんな風に泣くんだなと驚いたことを覚えている。





「ああ」

「……ええと、まぁ、その後私はこの世界で転生したの。シェーレンナだった記憶も持っていたから不思議な感覚だったわ。しばらくしてから女神様から聖女の力を活用しないかってお話をいただいたのよ。『魔王』は討伐されたとしても、まだまだ聖女の力を必要としている人は沢山いるからって。それで時々、聖女として活用することにしたの」



 そう、私は前世の記憶を持っている。異世界で聖女として生きていた記憶。若くして亡くなった私の像が大神殿に作られていたりしたこととか、凄い美化された逸話が残っていたりとかして恥ずかしかったけれど……!!




「そうか。……なんで、俺に会いにこなかった?」

「なんでって……あれから二百年経っているのだもの。今更私が「シェーレンナです」なんて口にして現れてもビウリスにとっては迷惑かなって思って……。今の私はただの「シェーレンナ」の記憶を持っているだけの別人だし。私はビウリスにとっては過去の人でしかないでしょう?」




 そう。向こうの世界では、私が死んでから二百年も経過していた。私としてはそんなに経過していない認識だったから驚いた。



 私が亡くなってすぐの時間軸だったら、会いに行ってもいいかなとは思っていたのだ。でも……二百年も経っているしなって足踏みしてしまった。

 私はビウリスの今を邪魔したくなかった。



 それに前世の記憶を持っていたとしても、転生した今は別人なのだ。この地球で生きてきた日々が確かにあって、聖女として生きてきた「シェーレンナ」とは別人なのだ。

 聖女だった頃とは違って、お酒だってよく飲んでいるし、あの頃とは変化している。


 ビウリスが大切にしていたのが聖女だった頃の、「シェーレンナ」だった頃の私だったのならば……今の私に会いたいわけではないのでは? とか色々考えてしまった結果だ。





「そんなわけないだろう。どんな姿をしていても、変わったとしてもお前はお前だ。……会いたかった」



 真っすぐな目でそんなことを言われてドキリッとする。



「そ、そう。私も……ビウリスに会えたのは嬉しいわ。迷惑かと思って、今のあなたの人生を邪魔したくないなって思っていたけれど……異世界に聖女業をしに行った時は会いに行くようにするわ」


 そう口にしたら、不満そうな顔をされた。

 何か間違ったことを言ってしまっただろうか?




「シェーレンナ」

「あ、今の私は水瀬月葉って名前だから月葉って呼んで」

「ツキハは……向こうにはどれくらいの頻度で行くんだ?」

「んー、たまに? 週に四日ほど行くこともあれば、一日しか行かない時もあるし。私はこっちでもちゃんと働いているし、生活があるから常にあっちに行くことは出来ないの」




 私は社会人として働いている。それに家族や友人との予定もなくはない。異世界のことが気になって時折顔は出しているけれど、私はあくまで派遣というか……たまにあの世界に顔を出して聖女業をしているだけだもの。



「それじゃ足りない」

「えー? ビウリスはもっと私に会いたいの? そうはいっても向こうに行くときは聖女としての務めもこなしたいし、私はこちらでの生活もあるから前と同じようにずっと一緒に過ごすは無理よ?」




 足りないなどと言われても、それ以上どうしようもないというのが正しい。私はこちらでの生活を捨てる気もないし、聖女としての務めをこなすのも好きだし、無理だ。

 昔は一緒に旅をしていたから、それこそずっと一緒には居たけれども。

 それにしても久しぶりに会えたからって離れたくないと思っているのは少し可愛いかもしれない。





「……なら、俺がこっちにくる」

「え」

「ツキハはこっちの世界での暮らしも大事なんだろう。なら、俺がこっちにくれば問題ない」

「いやいや、そんなこと簡単に決めてしまっていいの?? というか、そもそも身分証とかもないのにどう生活する気で……」

「そのあたりは女神に交渉すればいいだけだ。あとツキハと一緒にいるために来るのだから、一緒に住むに決まっているだろう」




 そんな風に断言されてしまったけれど、私はそんな申し出に混乱していた。二百年経っても私のことを忘れずにいてくれたことも、私と一緒に居たいと思ってくれていることも嬉しい。




「いや、一緒に住むのはちょっと……。私も年頃の乙女だし……」

「誰か一緒に住みたい男でもいるのか?」

 なんで、そんなに目が据わっているの?? そんな目で見られても困るのだけど!

「居ないけれど……。でもその、ちょっと困るっていうか。そもそもビウリスだって意中の女性とかに勘違いされたら困るでしょ? 久しぶりに会えて嬉しいのは分かるけれど」

「はぁ」


 私の言葉になぜかビウリスはため息を吐いた。なんでそんなに呆れているんだろうか。私、変なことでも言ったかな。




「ツキハ」

「えっと?」



 じっと見つめられ、繋いだままの手を取られる。そのままビウリスはなぜか私の手の甲に口づけを落とした。なななな、なにをしているの、この人は!!

 私は困惑しながらビウリスのことを見る。何をしようとしているのかさっぱり分からない。私は混乱している。




「好きだ」

「へ?」



 言われた言葉に変な声が出た。こんなことを言われるなんてさっぱり思っていなかった。




「あの頃、言えなかったことをずっと後悔していた。お前がシェーレンナだったころから、ずっと好きだった。だから意中の相手はお前だ」

「おぉお、そ、そうなの? ビウリスって、私のことを好きだったの!?」




 思わず大声で叫んでしまった。予想外すぎる。てっきり、仲間として大切にしてくれているだけだと思っていたのに。妹とかそんな風に思われているのかなって。




「ああ。……俺の気持ちに気づいていなかったのなんて、ツキハぐらいだった」

「え」

「俺はお前が死んだ時、後悔した。だからもう、二度と手放すつもりはない」

「ええっと……そ、そうなの?」




 手放すつもりがないなんて言われて困惑した。ビウリスに再会するのも予想外だったのに、地球に来るとか言われて混乱していた。



 というか、地球での暮らしについて何も分かっていないのに……私と一緒に居たいからといってこちらに来ようとしているって……私のことをそれだけ好きだってこと?

 今までビウリスのことをそんな風に見ていなかったけれど、ビウリスの言動にドキドキはしてしまっている。




「ああ。だから一緒に住んでいいか?」

「えっと……ビウリスがそれだけ私のことを思ってくれているのは嬉しいけれど、手加減はしてほしいかも。私って恋愛経験全然ないし、急にこう来られたら……絆されてはしまうかもしれないけれど、ちゃんと考えた上で返事はしたいというか、一先ず保留にしてほしい! そ、それでもいいならビウリスをいきなり放り出すのも心配だし、一緒に住むのもいいっていうか……」



 そんなことを口にしながら、私は何を言っているんだとそんな気持ちでいっぱいになった。

 だって混乱しているからといって、変なことを言ってしまっている。




「それで構わない。俺はツキハと一緒に居られるだけで満足だから」

「そ、そうなのね。えっと……女神様にちょっと言っておくね?」



 私はそう口にして、女神様にコンタクトを取ることにした。異世界で聖女として生きていた頃の私は女神様のお気に入りで、それもあってこの世界に転生してからも女神様はちょくちょく私に話しかけていた。



 女神様にビウリスに見つかって一緒に住むことになったと報告したら、凄く喜ばれた。



『ようやく? ようやくくっついたのね。喜ばしいことだわ。え、くっついてないの? でも同棲? それはとても素晴らしいわ』




 そんな調子だったので、女神様はビウリスの気持ちを知っていたらしかった。……そのことを聞いて、何とも言えない気持ちになった。

 もしかしたら女神様が私に「派遣の聖女をしない?」と問いかけてきたのは、ビウリスと再会させるためだったのだろうか。……まぁ、深く考えるのはやめておこう。



 それからの私はこれまで通り、OLとして働きながら時折聖女業で異世界に向かうという生活を続けていた。



 その傍には、ずっとビウリスが居た。というか、女神様がせっせと手を回した影響か、ビウリスは働き先もさっさと見つけていた。私と同じ職場に来ようとしたのは阻止した。流石にそれはそれで困る。

 そういうわけでビウリスが一緒に暮らすようになったことだけは変わったけれど、私はいつもどおりの暮らしをしているのだった。





 ……私がビウリスに絆されるのは、それからしばらく経ってからだった。

 なんにせよ、その後の私の人生で、ビウリスが常に傍に寄り添ってくれたのは確かなことだった。


勢いで書いた短編です。

楽しんでもらえたら嬉しいです。矛盾点などあったら修正します。


水瀬月葉

前世・シェーレンナ。異世界で聖女をやっていた女性。

地球に転生後、女神様に誘われて派遣で聖女業をやっている。聖女としての仕事は好き。地球での生活も満喫中。人間。

前世の記憶持ちで、地球に転生しても聖女の力は残っている。普段はOL。



ビウリス

竜人。寿命が長い。『魔王』討伐隊の一人。赤みがかった茶髪に黄色の瞳。

シェーレンナのことが好きだった。派遣聖女をやっている月葉を見てすぐに気づく。そのまま地球に居座ってしまう人。


女神様

異世界の女神様。他人の恋愛事大好き。

「悲恋なんてっ! こんなにもビウリスはシェーレンナを思っているのにっ」と嘆いていた人。

地球に転生した彼女を見つけて「聖女業しよう」と誘う。この度、ビウリスが気づいてにこにこしている。二人のその後をひっそり見守り中。

シェーレンナのことを気に入っており、転生体である月葉のこともお気に入り。


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