伝説の鍛冶師
王城に呼び出された翌日。
セレナーデが私の屋敷に聖剣に必要な鉱石を持ってきてくれた。
「ふわわわわ。見たことのない綺麗な鉱石や水晶がたくさん……」
リビングに置いた鉱石類を見つめて、驚きの表情を浮かべるエステル。
一般的な生活をしていれば、中々お目にすることのできない素材だ。驚いてしまうのも無理はない。
「熱っ! この水晶、触るとピリッとします!」
好奇心で触れてしまったのだろう。エステルが涙目になって手を押さえる。
「ああ、それは聖水晶といって聖力を宿した水晶だから、エステルは触らない方がいいかな。こっちの聖石も似たような性質を持っているからね」
「無暗に触れないように気をつけます」
説明すると、エステルは聖水晶と聖石を警戒の眼差しで見つめた。まるで、猫みたい。
「よし、素材も届いたところだし、ルーちゃんの聖剣を作りに行こう!」
「はい!」
素材が揃っているのであれば、準備は万端だ。
いつまでもルーちゃんに予備の剣を装備させるのも申し訳ないしね。
これから聖剣を作りに行くだけあって、ルーちゃんの声音も弾んでいるようだった。
鉱石類をカバンに詰めると、朝から元気なエステルに見送られて屋敷を出る。
「ところで、ソフィア様。素体となる聖剣は誰に作ってもらうのでしょうか?」
「デクラトスさんのところだよ」
「デクラトスというと、アーク様の聖剣やランダン様の大剣を作ったという伝説の鍛冶師の!?」
私が答えると、ルーちゃんがとても驚いた顔になる。
冷静なルーちゃんにしては珍しい興奮した声音だ。
もしかすると、デクラトスのファンなのかもしれない。
「ん? 伝説の鍛冶師かは知らないけど、その通りだよ。あのおじさんとは昔からの知り合いだからね」
デクラトスは、とても偏屈なドワーフのおじさんだ。
口数も少なくてぶっきらぼうだけど、とても鍛冶の腕がいいのを知っている。
アークの聖剣を鍛え上げたデクラトスなら、ルーちゃんにも最高の聖剣を作ってくれるはずだ。
「ソフィア様。大変言いづらいのですが、あの方は……」
「ええ! もしかして死んじゃった!?」
「いえ、ご存命です」
きっぱりと告げたルーちゃんの言葉にずっこけそうになる。
「驚かさないでよ! 年齢も年齢だから勘違いしちゃうから!」
「申し訳ありません」
てっきりルーちゃんがボケたのかと思ったけど、彼女は生真面目な性格をしているのでこういうことはしない。狙ってやったのだとしたら百点をあげていたよ。
ドワーフの寿命は人間よりも長命だ。
それでもおじさんに差し掛かる年齢プラス、二十年という月日は何が起こるかわからないからね。
「一瞬、すごく心配しちゃったけどちゃんと生きているようで良かったよ」
「しかし、デクラトス様ですが、今はもう鍛冶をやっていないのです」
「ええっ!? なんで!?」
ルーちゃんの口から出た驚愕の事実に私は驚く。
「ソフィア様が魔王を討伐し終わると、年齢を理由に引退したそうです。それ以降は教会が依頼しても、一度も仕事を受けていないとのことで……」
年齢を理由に引退。それ自体はなにもおかしくはない真っ当な理由だ。
だけど、黙々と真剣に鍛冶をしていたデクラトスの姿を知っている私からすれば、ちょっと引っ掛かる理由だった。
「そういうわけで、私の聖剣も作ってもらうことはできないかと……」
最近になって引退したならともかく、二十年前であればデクラトスもバリバリ働ける年齢だ。それなのにあっさり引退っていうのもどうも納得できない。
「それでも頼んだらやってくれるかもしれないし行ってみよう?」
「わ、わかりました」
そう提案してみると、しょんぼりとしていたルーちゃんの顔色が明るくなった。
伝説の鍛冶師のところに行けるのが嬉しいみたいだ。
そわそわしているルーちゃんがとても微笑ましい。
そうやってデクラトスのことを話しながら職人が多く集まる南区画へと向かう。
中央広場を通り過ぎると、人の流れが雑多なものになる。
歩いている人は冒険者や傭兵、旅人、職人やその見習いの丁稚といった荒々しい下町の雰囲気だ。
「この辺りは二十年前とあんまり変わってないから落ち着くかも」
「腕のいい職人たちが大勢住んでいますからね。日々の管理や補修が丁寧にされているのでしょう」
ルーちゃんの言う通り、二十年前と変わらぬ景観が保てているのは、腕のいい職人の腕の賜物だろう。
アークやランダンの付き添いとして何度か足を運んだ程度であるが、二十年前とほぼ変わらない風景というのはそれだけで私を懐かしくさせた。
ロクに目利きができるわけではないけど、この剣はきっと業物に違いないなどと物色して素人みたいな会話をしていたものだ。
そんな風に懐かしく思いながら周囲を見渡していると、通りでポツンと立っている少女が見えた。
栗色の髪をツインテールにした子供。二十年前のルーちゃんと同じくらいの背丈なので、多分五歳くらいじゃないだろうか。
その少女が普通に歩いているのであれば、特に気にならないがどうも所在なさげな様子。
どこか不安そうな面持ちで周囲をきょろきょろと見渡している。
「……ソフィア様、どうされました?」
急に立ち止まった私に気付いたルーちゃんが訝しげな声を出す。
「あそこにいる子供がちょっと気になって」
「……見たところ周囲に親らしき人物はいませんね。もしかすると、迷子でしょうか?」
職人区画はとても人の繋がりが強いが、そこにやってくる外部の者までそうとは限らない。
小さな子を一人にしておくのはとても心配だ。
「ちょっと声かけてみる!」
居ても立っても居られなくなった私は少女へと近づくことにした。
「こんにちは」
声をかけて腰を下ろすと、少女はビクッと身体を震わせた。
一瞬、恐怖の感情が宿ったが、私の聖女服とルーちゃんの姿を目にして安心したようだ。
こういう時、社会的信用というものの大きさを感じる。
「……聖女さまと聖騎士さま?」
「うん、教会で聖女をやっているソフィーっていうの。こっちは私の護衛のルーちゃん」
「子供の前でルーちゃんは止めてください。聖騎士の威厳が台無しです」
なんてルーちゃんは硬いことを言うけど、そのお陰で少女はちょっとだけ笑ってくれた。
「あなたの名前を教えてくれる?」
「ミリア」
「ミリアちゃんって言うんだ。可愛い名前だね」
「……ありがと」
「ミリアちゃんは親御さんと買い物にきたの? 見たところ一人みたいだけど……」
私たちが声をかけている間に、駆け寄ってくれればと思ったがいつまでもそんな気配はなかった。
「一人でおつかいに来たけど、道に迷って帰れなくなって……」
不安だったのだろう。状況を吐露するミリアの言葉は少し震えていた。
「そうだったんだ。怖かったよね、よしよし」
思わず頭を撫でると、ミリアは泣きそうになったが何とか堪えた。
年齢の割に心が強いみたいだ。
「ミリアさんのお家の場所がどんな所にあるかわかりますか? 近くにある通りや目印となる店の名前を教えてもらえれば力になれるかもしれません」
「職人通りの近くで、家の近くは食器屋さんと靴屋さんがある」
ルーちゃんの言葉に懸命に答えるミリア。
しかし、ここは職人が集まる区画。食器屋と靴屋は山のようにある。
こうして見える範囲でもそれらはいくつも見えた。
私とルーちゃんもこの区画を隅々まで把握しているわけではない。
これは思っていた以上に大変かもしれない。
背中に冷や汗を流しながら私はさらに質問を重ねることにした。
「ミリアちゃんの家はどんなお家なのかな?」
「鍛冶をやってる」
「お父さんは鍛冶師なんだ!」
新しい情報が出てきたが、私の言葉を聞いてミリアは首を横に振った。
「……お父さんじゃない、じいじ」
「あ、お爺さんなんだ。すごいね」
これは大きな情報だ。ご老体の鍛冶師ともなれば、近くにいる鍛冶師に聞いてみれば
住んでいる場所がわかるかもしれない。
「お爺さんの名前を教えてくれる?」
「デクラトス」
ミリアの答えた言葉に私とルーちゃんは思わず固まった。




