電池切れ
「「ご馳走様でした」」
「でした⋯」
『カックン』
「ユウキ、眠いか?」
「うん⋯」
『カックン』
満腹で眠たくなったのか、
ユウキの頭が船を漕いでいる。
「私がおぶって行くよ」
「シルファンさん、お願いします。
先に会計を済ませておくので」
「ああ」
おのおの荷物をまとめて、
その間にユウキの席に寄る。
「もう行く時間だ、おんぶしてやるから、ほら」
屈んで背中を差し出す。
視界の外から
アデーラも補助しようと近づいてくる。
「おんぶ?」
「ああ、おんぶだ」
「だっこがいい」
「⋯まあ、それでもいいが」
「わーい⋯」
反転して跪く。
「うー⋯」
ユウキが体を投げ出すようにして
椅子から飛び出した。
「おっとっと」
前のめりで何とか受け止める。
「えへへ」
「まったく⋯」
腰を深くしてまっすぐ立ち上がる。
「おおー」
ユウキはアデーラを幾分か見下ろして、
その高さを実感しているようだ。
しかしその興奮はすぐに眠気に負け、
頭はまた船を漕ぎ出す。
『カックン』
「おっとっと」
危うく顔がぶつかるところだった。
気持ち距離を離しておこう。
「んー⋯?」
ユウキと目が合う。
「⋯⋯⋯へへ」
かわいい。
「会計終わりましたー」
「ああ」
「こっちも準備できてるよ」
「あ、勇気くん⋯」
「寝てるね」
ユウキが私に体を預けて、寝息を立てている。
「⋯」
メグミが嫉妬のような目を向けてくる。
「⋯変わろうか?」
「大丈夫ですっ」
メグミが行き先も告げず、踵を返して歩き始めた。
「ただいまー」
大きな邸宅にメグミの声が響く。
メグミの後を着いて行ったら、結局は家に着いた。
各々荷物を今に置き、しばし腰を据える。
「私は、ユウキをベッドに運んでくる」
「あ、お願いします。
二階の本が多い部屋に運んでもらえれば」
「ああ」
確かメグミがユウキを
寝かしつけている部屋の一つ。
故大島大五郎の寝室。
壁という壁に本棚が寄り添い、要塞化されている。
まるで本の城だ。
この中にどれだけ氏の著作があり、
どれほどの主人公が終幕を飾ったのだろう。
生き残った私は私終幕から逃れたが、
あの身に迫る
「終わり」の感覚には未だ身の毛がよだつ。
隅にあるベッドにユウキを寝かせる。
よく寝ている、色々なことがあったのに、
無防備に寝顔を晒し口元をだらしなく開けている。
その口の端からは涎がこぼれている。
涎⋯。
後ろ髪を触ると、粘液で湿っていた。
「やられた⋯」
拭けるものは近くにないか⋯。
無さそうだ、メグミに聞いてみよう。
「ん?」
爪先に何かが当たった。
足元を見ると、煌びやかな装丁の分厚い本。
拾い上げて題名は⋯やはり読める。
『とあるくノ一の一生』
ふむ⋯文字は読めるが、
くノ一という言葉の意味までは分からない。
この国の料理名と同じく、
私の世界になかった言葉は
分からないままなのだろう。
後でメグミについでに聞いてみるか。
本が抜け落ちたであろう本棚を探す。
が、近い棚は全て隙間なく本が埋まっている。
本棚の上にでも置かれていたのだろうか。
それにしては本に埃の欠片一つもついていない。
この本はどこからやってきたのだろう。
本がひとりでに歩くなどあるはずがない⋯はず。
適当な本棚の隙間に本を詰める。
ユウキは物音に反応せずゆっくりと寝ている。
それを一瞥し扉を閉める。
『パタン』
『バタン』




