締めくくりで食べたい
レストラン街と書かれた看板を通り過ぎると、
様々な芳香が鼻をくすぐった。
「あそこですね」
メグミが、
他の店とは対称的な茶色い内装の店を指さす。
「ウフフフ」
それが目に入った途端、ユウキの上機嫌さが増す。
ハンバーグとやらがよほど楽しみのようだ。
「いらっしゃいませー」
「四人で」
「四名様ですねー、こちらのテーブル席へどうぞー」
四人がけのテーブルに通される。
ユウキが一番奥まった席に座り、
メグミがその隣に座った。
シルファンがユウキの対面に座り、
私はメグミの対面に。
「どれにするー?」
「んーとねー」
二人は薄い大きな本を見始めた。
メニューが書いてあるのだろうか。
暇ができたので辺りを見回す。
他の建物と違い木造を目立たせているような内装。
原始的な何かを煽っているような風で、
潜在的な食欲を掻き立てているのだろうか。
「お冷です」
給仕が透明な器に注がれた水を、
四人分持ってきた。
氷まで注がれている。
「頼んだのかい?」
「いえ、無料でついてくるんです」
「ほーん」
「うまい」
シルファンがもう飲んでいる。
無料で水が飲めるとは、
ただ同然で水を入手することが
出来るということに近い。
水が無限に出る装置でもあるのだろうか。
一口飲む。
『ごく』
ひやりとしていて美味しい。
何度でも飲みたいが、
メインディッシュの前に腹を下すのはよしておこう。
「どうぞ」
本をメグミから手で受けとり開く。
「おお⋯」
一頁ごとの情報量が多く、考えたがまとまらない。
その為なのか、
料理の絵が等間隔で配置されている。
頁によってはでかでかと
一つの料理を取り上げている。
あらかた見て思ったのは、
肉料理が中心ということ。
肉を賽の目に切って焼いたり、
煮込んでシチューにしている。
「美味そうだな⋯よし、これにしよう」
シルファンが一番肉が厚いものを指差す。
「アデーラはどうする?」
「うーん⋯」
分厚い肉は食べ切れる気がしないし、
賽の目の肉は少し物足りないような気がする。
「そうさね⋯これがいいかな」
一頁丸々使って推されている、
店イチオシのハンバーグ。
「ゆうきくんとおなじやつ!」
「そうなのかい、奇遇だね」
「飲み物はどうします?」
「飲み物⋯」
本から飲み物の頁を探す。
サイドメニューと書かれている
頁の隅に文字だけ書かれている。
「えっと⋯」
何となく味が分かりそうなものがいくつかある。
「これにしよう」
「昼間からお酒はちょっと⋯」
このビールというのは酒だったか。
「これはどうだ?」
メロンソーダというものをシルファンが指さす。
「うん⋯いいですね」
「なら私もそれにしようかな」
「分かりました、注文しますね」
メグミが少し分厚い板を指で弄んでいる。
それで注文できるのだろうか。
「注文できました、少し待っててくださいね」
「ああ」
メグミが透明な小袋を四人の前に置く。
その中の布で手を拭き始めた。
真似をしてやってみる。
「ほら、勇気くんも」
「んー」
四人が拭き終わった頃に飲み物が運ばれてきた。
ユウキに果実を搾ったような飲み物、
メグミは茶のような飲み物。
そして私達二人は。
「こ、これは⋯」
緑色の液体。
気泡が底から立ち上っている。
「飲み物なのか?これは」
思っていたことをシルファンが言ってくれた。
「そりゃ飲み物ですよ。はいこれ、どうぞ」
紙に包まれた棒を差し出される。
とりあえず袋を破く。
半透明な筒が中から出てくる。
ユウキを見ると、既に飲み物に
筒を刺し中腹を曲げて吸って飲んでいる。
なるほど、そういう使い方か。
早速刺して飲んでみる。
「!?」
むせそうになったのを抑えて飲み込んだ。
「痛い⋯」
「炭酸飲んだことないんですか?」
「うん、初めての感覚だったよ」
再度飲むが、またすぐに飲み込んでしまう。
「慣れるのには少し時間がかかりそうだね」
「ゆうきくんもたんさんのめない」
「私には丁度いい刺激だな」
炭酸の先の味はかなりいいのは確かだ。
あとはこの刺激を楽しめるかどうか。
「お待たせしましたー」
給仕が二皿持ってくる。
「ごちそうビーフシチューと
まんぞくハンバーグのお客様〜」
「「はーい」」
対面の二人が手を上げる。
流れでハンバーグがいかようか見定める。
見た目は焼けた肉塊だが、
ただの肉とは何かが違う。
『鷹目』
右目の視野を拡大する。
見える、見えるぞ、細かな穴が湧出する肉汁が。
どうやら一度肉を細切れにし、
再度練り固めて焼いたもののようだ。
見たところかなり柔らかそうだ。
顎の弱いもののためにあるのか、
はたまた回りくどい工程を
経ることによってより美味さが増すのか。
おっと鷹目の効果が切れた。
魔の者の討伐に助力した私も、
今はこの程度の魔法も長く行使できないか。
「お待たせしました〜」
給仕がまた二皿持ってくる。
「まんぞくハンバーグと
がっつりステーキのお客様〜」
「「はーい」」
何となく前の二人の真似をして受け取る。
これで飲み物と料理が全員に行き渡った。
「では、食べましょうか」
「うん!」
「ああ」
全員で手を合わせる。
「「「いただきます」」」
今までよく我慢できていたなと思うほど、
瞬間的にユウキとシルファンががっつく。
「こらこら、落ち着いて食べなさい」
「ん〜」
シルファンは所作こそ丁寧なものの、
かなりの量を頬張っている。
どれ私も一口。
食器は私が知っているものと似ているな。
『パク』
「!」
柔らかい肉から肉汁が溢れ出す。
想定以上という想定外が咀嚼を鈍らせる。
飲み込みたくない、ずっと噛んでいたい。
そう思ったのはいつぶりか、あるいは初めてか。
『ジーッ』
ユウキが私を見つめている。
「おいしくない?」
「いや、凄く美味しいよ」
慌てて飲み込む。
「そっか」
ユウキの目は、
好物を狙う動物のような澄ました輝きをしていた。
分けてもいいが、そうはいかないという目で
メグミがユウキを見ていたので、
それは叶えられないだろう。
せめて早く食べて視界から消してやるのみだ。
「⋯」
シルファンの食事の手が止まっている。
きっと私と同じ感動を得ていることだろう。
対面の二人の表情を見るに、
この世界でもこの料理たちは
ご馳走の部類なのだろう。
最後の晩餐はこれがいいな。
「野菜も食べなきゃだめだよ」
「はーい」
そう言われてユウキは野菜を見つめているが、
見つめたままで手は止まっている。
ようやく手を動かし、
フォークで橙色の野菜を刺した。
「うー⋯」
口を開けながら攻めあぐねている。
「あ!」
思い出したかのように、
ユウキは切り分けていた肉を
フォークに更に突き刺す。
そして口に運んだ。
「どうだ?」
「ふつう」
「そうか、けど覚えていて偉いよ」
「うん!偉い偉い」
メグミがユウキ頭を撫でる。
「ウフフ」
褒められて嬉しいのか、野菜をそのまま食べた。
「おっ」
「うえー」
そのまま反射的に吐き出した。
「まだそのままは早いみたいだな」
「だが挑戦したのは偉いよ」
「エヘヘ」
そのまま各々順調に食べ進めていった。




