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家を出る、日本に入る


翌日。


メグミは朝早くから息巻いて準備している。

それ以外の三人はリビングで大人しくしていた。


「何が始まるんだ?」

「さあ…?」

「わかんない」


大きな雑嚢を三つ下げて、メグミは前に立った。


「皆さん」

「うい」

「今日は買い物に行きます」

「買い物?

機械の扱い方を調べるんじゃなかったのか?」

「それはまた後日で、

今日は日用品を買いに行きます」

「はー」


確かに失念していた。

この家の物がなにぶん多いから、

てっきり足りると考えていた。


「特に服です。

今は私のものを着てもらってますが、

サイズは違いますし数も足りません。

今日中に取り揃えたいと思います」

「ははあ」


店が向こうからやってくるというのは

未だないのか。


「今日は電車という公共交通機関を使うので、

私の指示に一つ一つ従ってくださいね」

「ちなみに電車というのはどんな形だ?」

「えっと四角くて…いえ、

見てもらった方が早いですね」


メグミは原色の赤と黒の

二面をもつ板を取り出した。

生活の中で何度か見た、およそ最も不思議な道具。


「これですね」


直方体が連結された構造物が示されている。


「これに乗るのかい?」

「ええ、決まった行き先を持つこれが

決まった時間に駅に来ます」

「乗り合い馬車みたいなものかね」

「おお、それなら分かりやすい…

なら馬車でいいんじゃないか?」

「少なくともこの近くに馬車はありません。

この世界に慣れてもらうために妥協はしませんよ」


惰性で生きていた私には、眩しい行動力だ。


「分かった人ー」

「はーい」

「はい、とりあえず出発します」

「靴はどうしようか」

「あそっか靴…」


メグミは我々の足を覗いた。


「アデーラさんはこの靴で、

シルファンさんはこのサンダルでお願いします」

「ん、分かった」


シルファンの方が履きやすそうで羨ましい。


「木靴とかはないかい?」

「ないですね、普及もあまりしてないと思います」

「そうか…残念だ」


差し出された靴を履く。


「お」


かなり履き易く、履き心地がいい。

木靴が流行らないのもわかる柔軟性だ。


「そっちの履き心地はどうだい?」

「抜群だ、風通しが良すぎて少しむず痒くもあるが」


穴だらけだからさぞ空気が通りやすいだろう。


「履けましたか?」

「ああ」

「ええ」


紐二つが方々に出ているのが正解ならば。


「靴紐結べてないじゃないですか」

「やはりダメか」

「ちょうちょむすびできるよ」


やってくれという前に結び始めた。


「んしょ…んしょ…できた!」

『ふにゃ…』


なんというか、強度が心配になる結び方だ。

これで正しいのかとメグミを見て、

正しくないという表情で返される。


「…ユウキ、小便は済ませたか?」

「ううん」

「なら今のうちに出すもの出しといた方がいい、

私が手伝う」


シルファンのフォローでユウキが

この場から居なくなった。

即座にメグミが屈んで紐を解き、結び始める。


「善意だと思うので、許してあげてくださいね」

「私は結び方を知らないんだから、

なんにも言えないよ」

「多分、この結び方はご存知かと思います、

腰紐の結び方と同じかと」

「…本当だ、でもなぜ私の服の結び方を?」

「本に書いてあったんです、

それに何度も読み聞かせたので」

「…私より私のことを知っていそうだね」

「そんな、さすがにそれはないですよ」

「そう願いたいね」


恥ずかしい話など蒸し返されたらたまらない。


「戻ったぞ」

「うんちもしたよ」

「よく出したね、…じゃあ行きましょうか」

「ええ」




「駅に着きました」

「おお…」

「何か…私が想像していたものと違うな」


乗り合い馬車の駅と違い、立体的で堅牢そうだ。


「確かに写真で見せた駅とは違いますね」


そういうことではないんだがね。

あたりは人が多く、

私の世界とは似ても似つかない服装で溢れている。

シルファンは頭一つ抜けているので、

注目を集めている。


「人をジロジロ見るとは、不躾な連中だな」

「日本人の性なんです、許してあげてください」


メグミが先導して階段を登る。


「はいストップ、皆さん一旦止まってください」

「お、おう」


登りきったところで止まった。


「今から切符を買ってくるので、

勇気くんと一緒にここで待っててください」

「わかったよ」


メグミは機械の前に行って列に並んだ。


「子供扱いだな」

「実際、子供よりも知らないことが多いと思うよ」

「そうなの?」

「ああそうさ、現に風呂が沸く原理も、

電車の仕組みも知らない」

「それはゆうきくんもしらない」

「…そうかい」


ユウキに知識を求める場面を、

よく選んだ方がいいかもしれない。

知らないと言わせ続けると本人に

悪影響を及ぼすかもしれない。


『ぎゅ』


ユウキがシルファンの手を握った。


「お待たせしました」


三枚の紙が差し出される。

三人がそれぞれ取る。


「これを改札という機械に通すので、

やり方をしっかり見ておいてくださいね」


ただ印刷されている字を見たところによると、

シルファンの分が一番安く、

私とユウキが同じ値段となっている。


「これってまさか」

「ああ、そうだと思うよ」

「もし、メグミ殿」

「はい?」

「私のものなんだが、

もしかしてユウキのなんじゃないか?」

「あ!そうですねすみません、

交換してあげてください」

「だそうだ」

「ん」


目まぐるしく人が往来する機械の前に、

申し訳なく止まる。


「この平たい穴に通すと」

『シュ、シュ』

「反対側の穴に出てくるので、

それを受け取って待っててください」

「了解」

『シュ、シュ』


紙を取り出すと穴が空いていた。

これで使用と未使用を分けるようだ。

全員通り抜けることが出来た。


「二人はそのまま持っていてください。

勇気くんは貸して」

「ん」

「皆さんトイレは大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「私も」

「では、着いてきてください」


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