裸の付き合い
『チャポーン』
「いえー」
「こら、大人しく」
「…」
大人三人と子供一人が、
風呂場でひしめき合っている。
「狭いですね…」
「ええ全く」
ただでさえ触れるのを躊躇する部品が多いのに、
人口密度も上がればなおのこと狭く感じる。
シルファンと隅の方で座る始末。
「改めて、礼をさせて欲しい」
「何にだい?」
「ユウキ共々救ってくれたことと、
傷を直してくれたことに」
「お安い御用さ」
「それでお安い御用なら、神のみわざだ。
傷跡が全てなくなっているんだから」
「…?そんな効果の魔法はかけていないが」
「それなら…風呂の効果だろうか」
「それが一番ありうるだろうね」
アデーラ殿がそう納得してしまうのだから、
余程すごい魔法がかかっているのだろう。
「んー」
「動かない」
気づいたら、
ユウキが全身泡だらけになって洗われていた。
「その…流石に泡が多いんじゃ…?」
「これでいいんです、沢山動いたし汚れたので」
「はあ…だが本人は嫌そうに…」
「私だって、
勇気くんに嫌な思いはしてもらいたくありません。
でもここで甘やかせば、
後々もっと嫌な思いをするかもしれないので」
「なるほど」
この世界の衛生観念を見れば、
確かに全身洗ってもいいくらいだろう。
「きちんと大人しくするんだよ」
「んー…」
「お二人もどうぞ」
「これは…」
先ほどユウキの体を洗うのに使用していた、
液体の入った筒。
確か上部を押すと出てくるはず。
「こっちが髪を洗う方で、こっちが体を洗う方です」
髪と体で使い分けるとは。
「先駆けを貰おう」
シルファンが髪の方に手を出した。
「なら私はこちらを」
体の方に手を出す。
メグミの所作を思い出す。
手で椀を作りそこに目掛けて上部を押す。
『ぴ』
出た。
「最初に手で泡立てて
馴染ませてから使ってくださいね」
言われた通りに手で揉むと、泡立ってくる。
それを体に擦り付けて、延ばすように泡を広げる。
「おお、すごい泡立ち」
シルファンの髪は既に毛先まで泡に覆われていた。
「わ、最初は泡立たないと思ってたのに」
「どういうこと?」
「いえ、お気になさらず」
考えられることは、
この液体は汚れが酷いと泡立たないということ。
この世界に比べれば体が汚れている自信はあるが、
不思議と泡が立つ。
「ゆうきくんもおてつだいする」
「勇気くんは先に泡を落とさなきゃ」
『ざぱー』
「わー」
落としたと同時にシルファンに寄った。
「ごしごし」
背中を洗い始める。
「お、ありがとう」
「ちょっと、洗っていいとは言ってない」
「まあまあいいじゃない」
「前はダメだからね!」
「なんで?」
「なんでってそりゃ…エッ…んー…」
見事なまでに言葉に詰まっている。
「そこは大人じゃないと触れないの」
「さわれるよ?」
「おっと」
シルファンが気配を察知して避けた。
「酷い目に合いそうだから避けさせてもらった」
「ほら、触れないでしょ?」
「おとなになったらさわらせてくれる?」
「それは…」
『ギロッ』
視線で刺している。
「可能性は限りなく低いかもな…」
「えー…」
「背中はいいらしいから、今はそこで我慢してくれ」
「ん」
『ゴシゴシ』
「…ん、後は私がやるよ、
アデーラ殿を手伝ってやれ」
「うん!」
『ワシャワシャ』
「ありがとう」
小さい手がちょうど櫛のように髪を割き、
髪に泡が浸透している気がする。
だが何回も擦られるので泡が頭からこぼれてきた。
「そろそろいいかな」
「ん!」
「桶をどうするの?」
「かける」
「ちょっ持てる?大丈夫?」
「いける!」
すごく不安になってきた。
「ふんんんんん!」
「頑張れー」
他人事のやつが一人いるな。
「あ、あとちょっと…」
「んんんんんん!!」
『バッシャァ!』
「?」
水はかからなかった。
「…私はもう泡を落としてたんだが」
「あ、ごめん」
『バシャ』
「お」
水がかかる。
「あーもっかいやりたかったのにー」
「いいからお湯に浸かりなさい」
メグミがかけてくれたようだ。
「うえー」
『じゃぽん』
だがまだ泡が残って視界不良。
『ザパッ』
「泡は落ちたか?」
「ああ、ありがとう」
「で…」
メグミとユウキが入った湯船は、
あと一人入れるかどうか。
「…私は先程入ったから上がるよ」
「いや、私も汚れは落ちたから…」
入れるには入れるだろう。
だがそれを嫌がっている人物が一人いる。
いやあんたが提案したことだろう。
「はいらないの?」
「あー、あーうん」
二人で隙間に足を入れる。
体の前面頑張れ勇気に密着すれば、あとが怖い。
なるべく背中合わせに入らなければ。
となるとまた隅に追いやられる。
シルファンとはもはや半身が密着している。
「うふふふふ」
我々の背中に掴まってユウキは楽しそうにしている。
「百秒数えるよ」
「うい」
「「いーち、にーい」」
教育か、本当にそれだけの間入らせたいか。
「お二人も」
「え」
「あ、ああ」
「「「「さーん、よーん」」」」
「「「ひゃく」」」
「ひ…あ…」
眠気まなこのようだ。
「上がるよ」
「ん」
『ザパッ』
「我々も」
「うん」
「あ、混むのでお二人は後から上がってください」
『ガチャ』
「「…」」
唐突に二人になった。
「アデーラ殿は…
彼らと過ごして二日程と言っていたか」
「ああ、そうさ」
「その…疲れたりとかは?」
「正直、かなり疲れるよ」
「私も」
微笑をお互い浮かべる。
「ユウキは、不思議な子だと思う」
「確かに不思議だね、
ある時は利口になったかと思えば、
ある時は年相応の姿を見せたりもする」
「かわいいことは確かなんだが」
「ええ、確かにかわいい」
「…」
「…」
未だにシルファンとのやり取りには
ぎこちなさを覚える。
文官が武官と話すように、
そして武官が文官と話すような、
間合いをとる話し方。
お互いの経歴や境遇がそうさせるのだろう。
生きる上で学んだ処世術。
それが今はどうも煩わしい。
「その…シルファンさん、
正直なことを言っていいかい?」
「どうぞ」
「お互いがお互いを、命を張って助けた仲なんだ。
だから…もっと腹を割って話せたら
良いなと考えている」
「実は…私もそう考えていた」
お互い打ち明けた。
だが次に進まない。
「…今少し、のぼせるのがいいかもしれないね」
「…ああ」




