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物語の住人、力の創作


暗い。

だがその中に、例の機械の淡い光が見える。

成功したようだ。


「すまないメグミさん、

もう立てないみたいだ…担いでくれ」

「え!?」


長い階段を任せるのは、心苦しい。


「ふんぎぎぎ…」

「うんしょ…うんしょ…」


尻を押してくれたユウキのお陰もあって、

直ぐに1階に戻る。


「帰ってきた…」

「ただいま」

「?」

「ぅぅ…」


シルファンの瞼が動く。


「起きたか」

「どこだ…ここは…?」

「まあまずは座ろう」


シルファンをソファに座らせる。


「これから重要な話をする…よく聞いて欲しい」

「ああ…?」


私がメグミにした説明を、シルファンにする。



「ふぅ…」


柔らかい長椅子にうつ伏せになる。


「はぁ…」


年甲斐もなくため息を着く。

信じ難い話をされた後に、

用意してくれた整理の時間。

だが頭は何も整理できず、無力感に苛まれる。

物語の世界。

そんな世界だったのなら、

もう少し超常的な力が欲しかった。

アデーラ殿のような。


「はぁ…」


突如、頭に櫛が通る。

櫛ではなく、手。

ユウキだ。


「さんきゅー」


聞き慣れない礼。

メグミによると、私はユウキの憧れの人物らしい。

情けない姿を見せてしまっているか。


「私の頭を撫でるなど十年早い!よしよしよしー!」

「きゃふふ」


私が少しでも手を抜いていれば、

ユウキはここから居なくなっていたのかもしれない。

今はその成果を、噛み締めよう。



「だ〜…」


熱い湯に浸かる。

およそ初めての体験だ。

改めて自分の体を見るが、

重症を負ったのに傷一つ、傷跡一つない。

それ以前についた傷跡も。

魔術の類ではあるのだろうが、初めて見た。

この施設にしたってそうだ。

火もないのに湯が出てくる。

大理石とも違うような、純白の壁、床、天井。

文字の書かれた凸凹。

触らないようにしよう。

大抵の場合、

好奇心のままに触るとろくなことが起こらない。


『ガチャ』


誰か入ってきた。


「着替え、ここに置いておきますねー」


メグミ殿だ。


「ありがとうございます」

『ガチャ』


やはり慣れない。

受け入れ難い。

私が生まれた世界が創作で、

この世界が現実だなどと。

竜が現れる世界と、風呂が自動で湧く世界、

学者が聞いたらどちらが現実だと思うだろうか。

ただアデーラ殿という存在を考えると、

世界が幾つもあるように思えてくる。

風呂で温まった体で考えるのは埒が明かない。

出るか。


『ザパッ』

『ガチャ』


確か籠に…体と髪を拭くタオルと、着替え。

最上の手触りの繊維。

ユウキを初めて見た時、

どんな貴族の子息かと思ったが、

これほどの質がこの世界では平均的なのだろうか。

そうであって欲しくない。

服は下着含め上下揃っている。

この歓待も普通なのだろう。

大きさは少し小さいが、

苦しくはないので何も言わないでおこう。

急な客人への対応は、どこも変わらなくて安心する。


『ガチャ』


確かこの通路が主要な部屋に繋がっていたはず。


『ガチャ』

「ん〜」

「よしよし…」


ユウキが床に這いつくばって、

メグミ殿がそれをなだめている。


「これは一体…?」

「ユウキがシルファンさんと一緒に

風呂に入りだがって、

そしてそれが叶わずに出てきたから、

拗ねているんだ」

「なるほど…」


本の中の私から好きだったにせよ、

少し執着が強い気がする。


「叶わなかったからといって拗ねるのは、

男らしくないぞ」

「う〜…」

「ちょっとシルファンさん、

今は男らしいとかそういうのは禁句なんですよ」

「そ、そうかすまない…ここの世情に疎くて」


男が男らしくできないとは大変な世の中だ。

いや、職業が性別で決まるような強制力から、

この世界は解き放たれているのか?。

男が率先して力を振るう必要が無いほど、

技術が発展しているのだろう。

私も騎士になる時は後ろ指を刺されたものだ。

この世界はそういうのもないのか。

羨ましいな。


「一緒に入りたかったら、また入ってあげるよ」

「ほんと?!」


ユウキが飛び上がる。


「ダメです!甘やかすのも、

大人の女性と一緒に入るのも」


それを聞いてユウキは黙ってうずくまる。


「甘やかすのはそれとして、

子供なのだからいいんじゃあないか?」

「アデーラさんは黙っててください」

「ひぃ」


金田殿の人睨みでアデーラ殿は怯んでしまった。

私もあれには弱い。


「大人の女がダメなのなら、

メグミ殿も一緒に入れないのでは?」

「私はいいんです、

彼はまだ一人で入れないんですから」

「ふーむ」


風呂嫌いというように聞こえるが、

ユウキは至って清潔だった。


「大五郎さんがいてくれたら…はっ」


ダイゴロウとは確か、亡くなったユウキの祖父、

『とある騎士の一生』『とある魔女の一生』の著者。


「…」


冷ややかな空気に包まれる。


「どうして我々ではいけない?」

「それは…現代の教育上宜しくないからです!」

「この世界には疎いので強く口出しできないが、

貴族の子でもこのぐらいの年齢なら

のびのびと過ごしていたものだ」

「私の世界も」


アデーラ殿が援護してくれた。


「教育上とは、どのような部分のことを?」

「その…性教育です」

「ふーむ…」


性道徳については、

確かに間違った方向に行くのはよろしくない。

だが。


「性というものが分からない年齢で、

それを説いても余計に煩わしく思うだけでは?」

「うぐ…それは…そうかもしれません」

「ユウキは一緒に入りたいか?」

「入りたい!」

「…分かりました、この際全員で入りましょう」

「私も!?…まあいいか」

「やった!」



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