36. クラッセ王国の王子たち
これはもしかすると、数日は訪問者が絶えないのではないか?
自分が忘れられた王子であるという自覚があるだけに、ここまで王族籍に残るよう説得に訪れる人がいるとは思っていなかった。
母の言う通り、そのうち父が退位すれば、第二王子はともかくとして第三王子は臣籍に下ったはずだ。それが少々早まっただけの話ではないのか。
入れ替わり立ち替わりいろんな人が訪れては、お考えをお改めください、などと訴えてくる。
その度、陛下の許可はいただいている、意志は固いと伝えて、諦めて去っていくのを待つ。
扉の前に張り紙でもしたほうがいいのではないか、などという気分になってきた頃、第一王子もやってきた。
「考え直せ」
第一王子は、私の部屋に入ってきた瞬間にそう発言した。
「なにを?」
「なにをって、離脱のことに決まっている」
「陛下のお許しはいただきました」
今まで何度言ったかわからない言葉を、そのときも伝えた。
「宮廷画家などと……そんな不確かな夢のために」
第一王子は、そうゆるゆると首を横に振る。
「どこぞのご令嬢と結婚するとか、それなら臣籍降下もわからないでもないが」
つまり、アメリアとのことは漏れていない。
母の口の堅さに感謝する。
「私は『三番目』ですし、さして影響はないように思うのですが」
私のその卑屈な言葉に、第一王子はこちらをじっと覗き込んでくる。
「お前の存在に、助けられていたことはあったよ」
「たとえば?」
「母上の戯れに付き合わされて、髪を結われずに済んだ」
至極真面目な顔をして話すので、思わず噴き出した。
「なるほど、それはいい働きをしていたようだ」
「まあ、それは冗談だが」
堅物の長兄はその後、滔々と説得を続けたが、私の意志が固いと見るや、
「自分が選んだのなら仕方ないな」
とだけ言って去って行った。
◇
次にやってきたのは、第二王子だった。
「考え直せ」
第二王子は私の部屋に入ってきた瞬間にそう発言した。
第一王子とまったく同じ言葉だったので、思わず笑ってしまう。
「なにを笑っているんだ」
「だって、デュラス兄上とまったく同じに入ってくるから」
私の返事に第二王子は唇を尖らせた。
「なんだ、兄上も来たのか」
「はい、つい先ほど」
「出遅れた」
そう口にして眉根を寄せる。
こんなことでも争っているのか。
「お前はどう思っているのかは知らないが」
第二王子は眉を曇らせつつ続けた。
「お前がいたから、私たち四人は上手く回っていたんだ」
「そうですか?」
「そうでなかったら、たぶん、骨肉の継承権争いになっていたと思う」
そして拳を振っていろいろと熱弁されたが、やはり私の意志が固いと見るや、
「困ったことがあれば頼ってこい」
とだけ言って去って行った。
◇
第四王子とは、廊下でたまたま会った。
私が彼の姿を見て右手を上げると、彼は軽く肩をすくめた。
私の傍まで歩いてきて、ため息とともに話し掛けてくる。
「とんでもないことを言い出しましたね」
「そうかな」
「一番、羽目を外しそうにない人に見えました」
「まあそうだろうね」
私がそう苦笑すると、不思議そうに首を傾げる。
「本当に城を出るつもりですか?」
「そうだよ」
彼は信じられないものを見るかのように、私をじっと覗き込んできた。
私も第四王子を見つめた。そして口を開く。
「だからもう、私に故意に負ける必要はないよ」
そう伝えると驚いたように目を見開き、そして小さく笑った。
「勝ったなんて思ったことはありませんよ」
「そう?」
「今この瞬間にも、敗北感でいっぱいです」
そう述べて、彼は両の手のひらを天に向けて眉尻を下げる。
「まあ、逃げるようで申し訳ないけれど、あとは頼む」
第四王子の肩をぽんと叩くと、彼はふっと力を抜く。
「逃げるようには見えませんけれどね。ずいぶんすっきりしているようだし」
「そう見える?」
自分の顔に手を当ててそう訊くと、彼は口元に笑みを浮かべた。
「ええ。いい表情をしていますよ」
「それなら良かった」
私は彼の横をすり抜けざまに、もう一度肩を叩いた。
「また話そう」
「はい」
もっと話をするべきだ、と感じた。
見下すことなく、卑下することなく、対等に話すべきだ。
たぶん私はそのとき、彼のことを初めて、弟だ、と思ったのだ。




