「郷に入っては郷に従え、という事ですか……」
「えっと……マスターただいま。勝手に出て行ってごめんなさい……」
村の宿屋に戻った私はすぐにマスターに謝った。
「いえ、アリシアさん、体は大丈夫なんですか?」
「ええ。もうなんともないわ。寝すぎて感覚が鈍ってるくらいかしら」
「そうですか。それなら……安心ですね」
「うん。その……特に問題ないから……」
「……」
「……」
会話が続かない……
そもそもマスターは何も聞いてこなかった。私が告白した事とか、今、目が覚めてから逃げ出した事とか何も言わず、ちょっと困ったような表情のまま黙ってしまっていた。
ヤバい! これ絶対意識してるわよね!
必要以上に触れないようにしてくれてるけど、明らかに気まずさを感じてるわよね! 私この先どう接したらいいの!?
「旦那様、皆様が目を覚ましたら損傷した衣装を新しくしよう話していましたよね? 今からギルドに出向いてはいかがでしょうか?」
突然クナがそう提案した。
そういえば私とルミルはスライムに取り込まれ、危うく全身を溶かされるところだったのよね。今着ている服も宿屋の着物なので、このままという訳にはいかないんだわ。
「そうですね。ガチャ娘の衣装はギルドで新調できるらしいですよ。今から合わせにいきましょう!」
クナとマスターの提案に従い、私達はギルドへ向かう事にした。
ギルドに到着すると受付とマスターが話し合ってくれる。話によると、損傷したガチャ娘のデフォルト衣装は無料で支給してくれるらしい。それ以外にもお金を払えば別の組み合わせもできるらしい。
「今回はみんな頑張ったので、高くなければ他の衣装を選んでもいいですよ」
そうマスターが言ってくれた。
他の衣装かぁ。でも私の衣装は前にマスターが可愛いって言ってくれたしなぁ……
「ねぇ、ルミルは衣装どうするの?」
「ん~……あたしは前のままでいいや。ほら、ご主人が和装を好きって言ったしね」
そう言ってさっさと決めて着替えに行ってしまった。
なら私も最初の衣装でいっか。セーラー服って言ってたけど、マスターがそれを好んでくれるなら変えない方がいいし。
私もサクッと決めて試着室で着替えを始める。慣れた服なのでパパっと着替えると、すでにルミルがいつも通りの和装でマスターと話していた。
「どう? この衣装ってご主人の故郷に近いんでしょ? ならこのままでいいかなって」
「そうですね。ミニ和服みたいで僕は好きですよ、その装い」
そうしてルミルの頭をナデナデしている。
「ふ、ふん! どうせ太ももが好きなだけのくせに! 変態駄主人にそんな事言われても嬉しくないんだからねっ!」
そっぽを向きながらも顔を赤くしている。
ルミルはほんとに素直じゃないわねぇ。まぁそこが可愛いってマスターも思ってるんだろうなぁ。
「あ! アリシアも着替え終わったよ! ほら、あたしよりもアリシアに何か言ってあげて!」
ルミルが強引にマスターを私の前に押していく。気を遣ってくれているんだろうけど、これはこれでかなり恥ずかしい……
「えっと……私も最初と同じ衣装にしたわ。他の衣装とかよく分からないし……」
目を合わせられなくて俯きながらそう言った。
「なるほど。いいんじゃないですか? アリシアさんはセーラー服が一番似合うと思いますし。すごく可愛いですよ」
マスターがそう言ってくれて、さらに顔が熱くなってくる。チラッとマスターを見ると、ちょっと恥ずかしそうに笑いながら私を見ていた……
あ、ヤバい。これ本当にどうにかなってしまいそうだわ。マスターはずっと私の事を信じて、見守ってくれて、優しくしてくれて……
そんなマスターの事が好きで、ずっとずっと頑張ってきた。そんなマスターに可愛いとか言われて照れ笑いを向けられたら私……心臓が弾けてしまいそうになる!
「あ……あぅ……」
頭が沸騰する。恥ずかしさで卒倒しそう。もう頭が回らなくて訳が分からなくなる……
今すぐこの場から逃げ出したくなる私だけど、そんな時にクナの声が響いてきた。
「旦那様、私、この衣装がいいんですけどどうですか?」
見るとクナは白いワンピースを着ていた。元々地味な村娘と言った布の服にロングスカートだった彼女だけに、なんだか妙に可愛らしく見えてしまう。
肩がはだけ、胸元が強調され、さらにスカートの丈も短くなって太ももが見え隠れしている。黒髪と色合いも合ってかなり似合っていた。
「ぐわっ! 胸が苦しい!!」
突然マスターが苦しみ出す。
こ、これは! マスターが魅了された時のリアクション!?
トキメキを誤魔化すためにあたかもダメージを受けたかのように苦しみだしてカッコつけるマスターの持ちネタ! つまりそれだけマスターの好みに合っているという事!?
「大丈夫ですか旦那様! 旦那様は太もも派だと伺っていたのでスカートを短くしてみたのですが……」
「ハァハァ。くっ! 生足が強烈すぎて大ダメージを受けてしまいました。これによって僕のガチャ娘は生足が三人そろったと言う事。それはとても破壊的で暴力的な事です……」
よく分からないけどこういう時のツッコミはルミルに任せると私は決めている。
「ただ単に癖に刺さって欲情してるだけでしょうが! クナも何をいきなり露出度高くしてんのよ! 衣装を変えるとお金がかかるんだからねっ!」
「いえ、さっきも言った通り今回は構いませんよ。それに似合ってて綺麗ですし」
「まぁ嬉しいです! では結婚しましょう! 今すぐに!」
「だああああ! 調子に乗るなああぁぁ!!」
そうしてクナとルミルが騒ぎ出す。そんな様子を見ていた私は複雑だった……
だって……さっきまで私の事を可愛いって言ってくれてたのに鼻の下伸ばしちゃってさ!
何よマスターったら。ちょっとデレデレしすぎじゃない!? そりゃあクナはスタイルよくて足も細いけどさぁ!
「と、とにかくこれで買い物は終わりです。宿屋に戻って荷物をまとめましょう!」
不穏な空気を悟ったのか、マスターがギルドを出るように促した。
そして私達は横一列に並んで外を歩く。周りはのどかで畑に挟まれており、私達以外に村人はいなかった。
みんなは今しがたの衣装の話題でおしゃべりをしていたけど、私はやっぱりマスターとの関係が気まずくて会話に混ざれないでいた。
そんな時――
「ところで旦那様、一つ聞いてもいいでしょうか?」
「ん? なんですか?」
クナがマスターに質問をした。
「旦那様は私達の中で一番特別な存在というのはあるのでしょうか?」
「!?」
いきなりの問いに、さすがのマスターも目を見開いていた。
「真面目な話、私達は全員が旦那様を慕っています。きっとそれは旦那様も分かっている事でしょう。そしてその想いにどう応えるべきか、迷っていると仮定します」
「……」
マスターは黙っている。ルミルでさえも、今は口をはさむべきではないと空気を読んでいるようだった。
「私達の結論から言いますと、できれば全員を同じように可愛がってほしいんです。もちろん旦那様にその気が無かったり、誰か一人に集中して愛を注ぎたいのであれば、その気持ちや恋愛観を否定する事はできません。ですが、私達は旦那様に等しく愛情をそそいでもらう事を望んでいます」
そう言ってからクナはマスターの正面に立ち、真剣な顔で話を続けた。
「旦那様は私達の事をどのようにお考えですか?」
そんなクナの問いかけに、マスターは私達の様子を一瞥する。ルミルは特に否定する事はせず、私は相変わらず俯いていた。
きっとクナは私の気持ちも含めて、ここで白黒はっきりさせた方がいいと思ったんだわ。
「僕は……確かにみんなの事は気に入ってるし、その気が無いなんて事はないですよ。でもきっと、みんなが思っているほど僕は男としての魅力なんてありません……」
しかしクナははっきりとした口調を続ける。
「いいえ。そんな事はありませんよ。まぁガチャ娘というのは自分の主様に惹かれやすいという特徴は確かにあると思います。私も最初はそうでした。けれど、時間を重ねるごとにあなたの良いところが見えてきて、本当にこの人と夫婦になりたいと思えるようになったのです。私よりも多くの時間を共にしたルミル様やアリシア様なら、きっとそれ以上の気持ちがあるはずです。ですからどうか、私達を同じくらい可愛がってください……」
横目で見たクナは両手を合わせて祈る様に目を閉じていた。
その手は震えて、目には涙がたまっている。クナは元々気が弱い性格だったはずなのに、私とマスターとの気まずさを改善しようとここまで頑張ってくれているんだわ……
「郷に入っては郷に従え、という事ですか……」
そう、マスターが聞きなれない言葉を発した。
「分かりました。僕で良ければ、みなさんのその気持ちに応えたいと思います。元々みんな愛らしいんです。僕としても一人を選ぶなんて難しかったんです」
そう言ってくれた。これってひとまず、私達全員はマスターに愛されてるって事でいいのよね? とりあえず私達の間で抜け駆けとか気にしなくてもいいってなったのよね?
私の頭が現実に追いついていないのを他所に、クナはさらに妙な事を言い始めた。
「ああよかった。緊張しすぎて私疲れちゃいましたよ。ちょっと一人になって落ち着いてきますね」
そうしてもと来た道をトコトコと戻り始める。
「そんじゃ、あたしはクナのそばに付いていてあげようかな。ご主人はアリシアと一緒にいてあげて」
なんとルミルまでもいなくなってしまった。
あ、でもこれってそう言う事? 一旦マスターと話し合って気まずさを無くせと? ここまでの流れは完璧だから、多少は会話できる雰囲気にはなってるだろうと? そう言う事?
でもいきなり二人きりになってもどう切り出せばいいか分かんないんだけど!? クナが頑張ってくれたのはわかるけど、頭の中真っ白で訳わかんないんだけど!?
「あ、あのね、マスター……わ、わた、わた、私、あの時に言った――」
ポフンと、マスターが私の頭に手を置いてくれた。それだけで、何も言わなくても大丈夫なんだと思えた。
「アリシアさん、スライムとの戦いで僕に好きって言ってくれたじゃないですか」
ドクンと、胸が高鳴る。
マスターの方から切り出してくれたのが嬉しかった。何を言われたとしても、うやむやにはしたく無かったから。
「嬉しかったですよ。僕もアリシアさんのこと好きですから」
信じられない言葉にカァーと顔が熱くなる。眩暈を覚えるほどクラクラした。
「あれ? もしかしてアレって、もう助からないと思ってテキトーに言った発言でした?」
ブンブンと首を横振る。そんなわけない。私はずっとマスターが好きだった!
「ああよかった……なんか三人全員を等しく可愛がれなんて事になっちゃいましたけど、僕は最初からアリシアさんの事、結構好きでしたから」
涙が溢れた。ずっとマスターは私のことを気にかけてくれていたんだ……
私がただ一人で空回りをしていた訳じゃなかったんだ……
それが分かって、それが嬉しくて、ただただ涙が零れた……
その後もマスターは優しくて、次第にしゃべれるようになった私は沢山お話をした。
スライム戦で何を考えていたとか、最後はどんなふうに決着がついたのかとか、宿屋に着くまで気兼ねなく話す事ができた。
もう私の心にモヤモヤはなくて、こうしてマスターと一緒にいれる事が嬉しかった。
分かってる。マスターはまだ全部を晒していないってことくらいは分かってる。それでもやっぱり嬉しかったんだ。
どこか自分を演じているのは確かだけど、それだってマスターなりの理由があるのも分かってる。それも全部ひっくるめて、私はマスターが好きだと言えた。
そう、この日、私達とマスターとの関係に変化が訪れ、一つの隔たりが消え去った。これから先は、もっとみんなで仲良くなれたらいいな。
そんなふうに考える事ができるようになった昼下がりだった。




