「マスターは私に好きって言われてどう思ってるのかしら……」
* * *
「好きよ。私マスターの事が好き。ずっと私の事、戦力として信じてくれてありがとね……」
目の前の私がマスターにそう囁きかけている。
ああ、そうだ。ボス猿スライムとの戦いで嫌な予感がした私は、悔いが残らないように自分の気持ちをマスターに伝えたんだった……
これは夢? それとももう死んでしまっていて、思い出だけが私の中で繰り返されているのかしら? この後、戦いはどうなったんだっけ?
はっきりしない意識のまま目の前の映像を見続ける。その映像では私が魔力を使った神速の一撃でボス猿スライムを撃破し、その後の巨大化したスライムに取り込まれる場面が映し出されていた。
そう、この辺りでもう意識がもうろうとしていて覚えていない。確かクナが助けに来てくれて、スライムの体内から脱出しようと必死になっていたはずだけど、成功したんだっけ? 私は生きているの? それとももう死んでいるの? よくわからないわ……
手を伸ばす。夢のような映像に向かって手を伸ばす。
マスターだけは無事であってほしいと願いながら、私は真っすぐに手を伸ばしていた……
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「アリシア? 大丈夫? あたしの声が聞こえる?」
耳元で聞いたことのある声がする。静かに、優しく話しかけるような声が……
それに引っ張られるように意識が戻っていき、目を開くとそこには私の顔を覗き込むルミルがいた。
「あれ? ここってどこ……?」
「おお~目を覚ましたぁ~! ここはノビリン村の宿屋だよ。アリシアってば丸一日くらい寝てたんだから」
宿屋? ってことは、私生きて帰れたって事?
「スライムは? マスターは無事なの?」
「うん! なんとかみんな生き残って、スライムも討伐できたんだよ! あたしもちょっちヤバくて、さっき起きたところだけどね」
そうなんだ。激戦だったもんね。魔力も体力も、何もかも出し尽くしてギリギリの戦いだったと思う。
……あれ? ちょっと待って。なんか大事な事を忘れてる気がするんだけど、なんだっけ?
「も~心配したんだよ? あたしが起きてもアリシアはずっと目を覚まさないしさぁ。あ、ご主人は今買い物に行ってていないけど、すぐに戻ってくると思うから」
そっか。みんなに心配されるのは嬉しいけど、なんだろう。胸がざわざわして落ち着かない。私、何か言わなかったっけ? なんか今、マスターに会うのがすごく怖いんだけど……
「アリシアもさ、さっき寝言でマスターのこと呼んでたんだよ? なんか夢でも見てたの?」
夢? そういえばスライムとの戦いを思い返すような夢を見てたような……
そこで私、マスターに告白をして……
「あ、ああ……」
「ん? どったの?」
「ああーーーーーーーーーーー!!」
「うわビックリした!!」
そうだ! 私マスターに好きって言ったんだ! もう命を懸けて戦うしかないと思ってたから!
ヤバいヤバいヤバい! どうしよう! 私マスターに告白したんだった!! 胸がバクンバクンいって止まらないんだけど!!
「マジでどしたの? 口をパクパクして、なんだか顔も赤くなってるよ? ご主人呼んでこようか?」
「ダメ!!」
叫ぶとルミルは目をパチクリさせて首をかしげる。ルミルは多分、私がマスターに言ったことを知らないんだわ。
「大声だしてごめん。ねぇルミル、マスターは私の事、何か言ってなかった?」
「いや~、あたしもさっき起きたばかりだしなぁ……。けどあたしが目を覚ました後はずっとアリシアの心配してたよ?」
キャー! マスターったら優し~!! そんなに私のこと気にしてるのかな? やだも~困っちゃう~!!
「大声上げたり嬉しそうにしたりでマジ意味わかんないんだけど……?」
そ、そうだわ。キャイキャイ騒いでる場合じゃない! これからどうするかをすぐに考えなくちゃ! 早くしないとマスターが帰ってきちゃう!
けれどその瞬間だった
「ただいまー」
「あ、ご主人が帰ってきた」
うええ~!? このタイミングで!? 考えてる暇もないじゃない! ほんとどうしたらいいのぉ!?
「ご主人~! 早くこっちきて~! アリシアが目を覚ましたよ~!」
あわわわわわわわわわわわわ!?
頭の中がパニクっていて、とてもマスターと会話できる状態じゃないわ!
それでもマスターの足音が近付いてきて、この部屋へのドアノブがガチャリと回される。その瞬間、私の頭は限界を迎えた。
「スキル韋駄天!!」
部屋の窓を壊す勢いで開け放ち、私は全力で外へと飛び出していた。
「うわああーーん!」
そのまま訳も分からずまっすぐに突き進む。民家も畑も通り過ぎて、村を囲う柵をも跳び越えた。
しばらく走って冷静さを取り戻した私は、大きな木の下に背中をつけて深呼吸をする。そしてそのままもたれ掛かって休憩をする事にした。
「結局逃げてきちゃった……。みんな困惑してるかしら……」
みんなは私がマスターに告白したという事実を知ったらどう思うだろう。
クナはマスターのお嫁さんになりたくて呼び方まで決めているくらい大好きなのは明白よね。ルミルも素直になれないところはあるけど、まず間違いなくマスターを慕ってる。
なのに私が抜け駆けをしたみたいにこっそり告白したと分かったら失望されるんじゃないかしら? ほんとどうしよう……
いくら考えてもどうしていいのか分からなくて気が滅入ってくる……
「マスターは私に好きって言われてどう思ってるのかしら……」
そう呟いてみる。もしも気にしていなかったとしたら、私も『やっぱアレはなしで!』とか言ってなかった事にできないかしら?
……いや無理か……
「ああ~もうどうしたらいいのぉ~……」
頭を抱えて悩みこむ。すると……
「なるほどね。アリシアはご主人に好きって言ったんだ?」
「!?」
隣から声がして、顔を向けるとそこにはルミルが座っていた。
手にはバナナを持っていて、ひとかじりして口をモグモグと動かしている。
「ル、ル、ルミル!? いつの間にぃ!? 全然気づかなかったんだけど!」
「ふっふっふ! あたしのスキル『不可視化』をお忘れかね? あ、バナナ食べなよ。丸一日寝てて何も食べてないんだからさ」
「……あ、ども……」
差し出されたもう一本を受け取ってお礼を言う。正直、驚きと戸惑いはぬぐい切れないけどルミルが怒っていないようなので平静を装う事はできた。
「もきゅもきゅ……バナナうめぇ~」
バナナをほおばる私達二人。……あれ? こんなことしてていいのかしら!?
いや和むけどね! 少し落ち着いたけどね!
「もきゅもきゅ……じゃ、これ食べたらご主人の所に帰ろっか」
「ぶふ!? ゴホッゴホ……」
むせた……
「いやだってさ、結局は帰らないとダメな訳じゃん? 別にご主人だって拒絶するわけないしさ」
そ、そうなのかな? 迷惑だったりしないかしら……?
「いや、というかよ? ルミルはそれでいいの? ほら、ルミルだってマスターの事が好きなんだし」
「ぶはっ!? ゴホッゴホ……」
あ、むせてる。
「なんであたしが出てくんの!? 別にあたしはいいんだよ。のらりくらりとテキトーな距離感の方が楽なんだからさ……」
「そ、そうなんだ。でもクナが怒りそうな気がしない?」
「あ~……クナかぁ……」
そして沈黙。やっぱりクナと気まずくなりそうな気がするわ……
そんな時だった。
「話は~~聞かせて~~もらいました~~!」
頭上から声がした。見上げてみると、そこには盾に乗って浮遊するクナが私達を見下ろしていた。
そして「とう!」と飛び降りる。しかし着地に失敗して地面にへばりついていた……
「だ、大丈夫……?」
「大丈夫です! それよりもアリシア様、私と旦那様を取り合うかもしれないと懸念しているのであれば、それは杞憂にすぎません!」
「そ、そうなの……?」
なんだか難しい事を言ってるけど、要は気にしなくていいよって事よね?
「私は旦那様と出会う前、他の主様に召喚されたことがあるのは知っていると思います。そこでは普通にガチャ娘全員が主様と恋仲でした。私は旦那様と結婚したいと思っていますが、だからと言ってアリシア様やルミル様が旦那様に言い寄るのを不快とは思っていません。むしろみんなで旦那様に可愛がってもらえばいいと思っています!」
ええぇ~~!? そういう価値観なの!?
「とりあえず、アリシア様は旦那様の所へ戻って元気な姿を見せるべきだと思います」
「ううぅぅ……わかったわ」
そうして私達はクナの盾に乗せてもらい、またノビリン村に帰るのだった。




