「やっと見つけた私の居場所を……勝手に奪うなぁーーーー!!」
「どうしますか旦那様!」
「四の五の言ってる暇はない。手持ちの武器でスライムの体を切り開く!」
作戦なんてものはない。けど、捕らわれた二人はもう戦うだけの力は残っていないんだ。だったらまだ力の残っている僕達で救出するしかない!
二人の元に辿り着くまで、何度も何度も、何度でも刃を立てて切り開くしかないんだ!
「クナは武器がないから、この僕の槍を――」
「あ、待ってください! リキャストタイムが回復して……」
リキャストタイム? なんか使ってたっけか?
するとクナは少し考えてから、僕にこんなことを言ってきた。
「旦那様、スライムから二人を助け出す役目を私に任せてくれませんか?」
それはいつものクナとは違う。決意と覚悟を固めた者の真剣な表情だった。そんな眼差しに、僕も少しずつ冷静さを取り戻していく。
「何か思いついたんですか?」
「はい。旦那様は前に言いましたよね? こういう時は仲間を助けろって。ここはきっと私が頑張らないといけない場面なんです! だから私に行かせてください!」
もう時間がない。迷っているだけ時間の無駄だと思った。
「分かりました。ここはクナさんに任せます。けど僕も状況に応じて動きますから」
「はい! では行ってきます!!」
そうしてクナはスライムに突撃していく。接近戦を挑もうというのだろうか?
しかしクナが近付くと、スライムはまた触手を伸ばしてクナの胴体に巻き付いた。そしてあっという間に体内へ引きずり込んでしまった。
いや、これはクナの作戦だ。あまりにも抵抗する様子がなかったのだから。
スライムの中心に飲み込まれたクナは怯む様子もなく、魔力を解放させる。
「フィフスシールド! ファースト! セカンド!!」
するとクナの頭上。そしてアリシアとルミルの前に盾が出現した。
そうか。リキャストタイムが終わったというのは、最初に僕達が乗り物として使った一つ目と二つ目の盾だったんだ。
「二人共、盾に掴まってください。ここから引っ張り出します!」
そう言ってクナは頭上の盾の取っ手を握りしめる。ルミルもアリシアも、最後の力を振り絞って盾に手を伸ばそうとしていた。
スライムの中は粘度が高いらしく、まともに動ける状態じゃない。それでも二人は諦めずに、ゼリーをかき分けるように目の前の盾を握りしめた!
「脱出します!」
クナが盾を操作する。するとスライムの体が引き伸び始めた。
きっとクナの盾は真上から飛び出そうとしているんだろう。そしてアリシアとルミルは左右に力を使い飛び出そうとしている。その結果、スライムの体は上と左右に伸びていった。
それはまるでゴムのようだ。スライムの中から出れない代わりに、ゴムを伸ばすようにスライムの体がどんどんと伸びていく。それだけスライムの内部が獲物を逃がさないように纏わりついているんだろう。
「私が……助けるんだ! もう守られるだけじゃない! 私だって……仲間として一緒に戦いたい!!」
クナが必死に力を込める。それでもスライムの体は伸びるだけで引きちぎれなかった。
「クナさん、僕も手伝います!」
そうして僕はスライムに向かって駆け出した。クナのやりたい事は分かったんだ。だとしたら僕はそのサポートをすればいい!
僕にガチャ娘みたいな戦闘力はないけれど、それだってただ見ているだけのお荷物にはなりたくなかった!
頭を使え! 手足を動かせ! 僕にだって出来る事は絶対にある!!
「アリシアさんの宝刀輝夜をボックスに収納! それを僕に装備!!」
アリシアの腰に携えている刀が消え、僕の目の前に現れる。それを抜いてスライムに向かって刀の先端を向けた!
スライムは動かない。クナを取り込んだ時のような触手は伸ばしてこなかった。
やっぱりな。今のコイツは触手を伸ばせるだけの余裕がないんだ! 今、体の中ではクナが外に飛び出すように抵抗を続けている。だからその状態で触手を伸ばそうとすると体全体のバランスが崩れて獲物を閉じ込めておくだけの厚みが薄れてしまうんだ。
だったらこっちとしてはそこを狙う!!
「うりゃーーーーーっ!!」
走る勢いを乗せたまま、刀を思い切りスライムに突き立てる! すると刀は刀身の半分くらいまでめり込んでいった。
「ピギーーーーー!?」
スライムが奇声を上げる。
苦しんでいるのか? そうだろうさ。触手も伸ばせないくらい内部に力を集中しているのに、外部から攻撃を受けているんだからな!
正直、今の僕を木の上で観戦している猿に止められたらどうしようもなかった。けれど猿たちは今まで通り、上から僕達を見下ろしているだけだった。
それはきっと理解不足だからだろう。この猿たちは失敗や経験をそのまま学習する。逆に言えば、今の状況から先を予測する事が出来ないんだ。
つまり、今の猿たちは逃げる者を捕まえるという役割を持っていてそれ以上の事はしない。僕達を倒すのはあくまでもスライムの役割だと、そういう認識を変更できないんだ。
こうしてスライムが苦しんでいるのに、『スライムが負ける』という事実に直面しないと学べない。あの人間を押さえておけばよかったと、負けてからでないと理解できない。
だからこそ今回は僕達の勝ちだ!
お前たちにはできないだろう。臨機応変に動きを変え、戦いの中で判断して成長していく! それができた僕達の勝ちだ!!
「私の仲間に……手を出さないで……。やっと見つけた私の居場所を……勝手に奪うなぁーーーー!!」
クナが吠える! スライムの体がより一層伸びていく。
だから僕も、刀を上下に動かし、奥へ奥へと押し込んでいく!
「うおおおおおおおおっ!!」
「やああああああああっ!!」
僕とクナが全身全霊で力を込めたその瞬間、スライムの体に亀裂が走った。
それは例えるなら、布を左右から引っ張った状態で上からハサミを入れるとする。すると布は一瞬で裂け、引っ張った左右へ一気に千切れるだろう。
それが今まさに目の前で起こったのだ。僕が突き刺した刀から一気に亀裂が走り、それがスライムのてっぺんまでスゥーっと伸びていく。
そしてその直後――
バアアアアアアアン!!
スライムの体が弾け飛んだ!
クナが力を込め続けた方向へ盾は進む。クナは上空へと飛び出していき、アリシアとルミルは左右に飛んで地面へと転がった。
僕も弾けた勢いで軽く吹き飛んだけど、みんなが心配で急いで起き上がった。まずは一番ダメージを負っていたアリシアだ!
「アリシアさん、大丈夫ですか!?」
駆け寄って抱き起す。アリシアの体は火傷を負ったように赤く腫れているが、特段致命傷というダメージではない。
服も装備もほとんど損傷しているだけに、あと少し遅かったら溶かされていたかもしれなかった……
「げほっげほっ」
スライムの中に閉じ込められて数分、さすがはガチャ娘と言ったところだろう。人間と体の作りが違うので、そのくらいなら息をしなくても大丈夫らしい。
苦しそうなのは相変わらずだが、ひとまず生きている事が嬉しかった。
「この! このぉ!! これでトドメですよぉ!!」
クナが飛び散ったスライムの破片を盾で押し潰している。盾と地面に押しつぶされたスライムの残骸は土に吸収されるように消えていった……
もう体が集まって一つになる事も無い。動く事も、鳴き声を上げる事も無い。完全にスライムは沈黙して、クナの後処理に無抵抗だった。
「キキー!?」
「ウギー!?」
猿たちが木の上で騒ぎだす。バラバラになったスライムや、それに畳みかけるクナを見て慌てふためいていた。
もうさすがにこの猿たちの相手まではできない。ここは後ろ盾を失った事実を受け止め逃げてくれると嬉しいのだが……
「グルルル……」
「キシャー!!」
なんと猿たちが木の上から降りてくる。そしてそのまま僕達に向かって飛び掛かり始めた!
ああ、そういう行動を取るのか。よくゲームでも、指揮官やリーダーを失った部隊は戦意を無くし逃走するか、ヤケクソになって突撃してくるかのどちらかだ。
どうやらこの猿たちは、ここで僕達にトドメを刺すという思考に至ったらしい。だとしたら、ここで動ける僕が頑張らないといけないだろう。
せっかくここまで頑張ったんだ。みんなで勝利をもぎ取ったんだ。最後の最後まで、諦めてたまるかよ!!
そうして武器を構え、猿たちを迎え撃つ僕だったが……
「スキル、『魔雷弾!』」
いきなり森の奥から飛んできた魔弾によって、襲い掛かってきた猿が黒焦げとなる。するとそこから多くのガチャ娘が押し寄せてきた!
「冒険者を発見! 倒れている者も多数!」
「よし、魔物を攻撃しつつ仲間を保護しろ! 救助を最優先に!」
「了解!!」
それは何人かの冒険者と、そのガチャ娘達だった。
これは多分、ノビリン村の冒険者だろうか? 彼らとそのガチャ娘たちは残った猿たちを掃討し、僕達を守る様に陣形を組んでくれた。
「あの、どうしてここが……?」
「村にいたら森の方から恐ろしい雄叫びが聞こえてきたからさ。急いで仲間を集めて、その雄叫びが聞こえた方へと向かったという訳さ」
そう一人の冒険者の男性が教えてくれる。
そうか。ドラゴロンスライムのドラゴンロアだ! あの鼓膜が破れるかと思った超音波攻撃が村まで届いて、そこから急いで駆けつけてくれたんだ。
「た、助かったぁ~……」
ガチャ娘の中には魔力を分け与える者もいるのだろう。アリシアやルミルのそばで魔力を注ぎ込んでくれる子もいた。
「一体ここで何があったんだ? 君たちは何と戦っていた? って、おい、大丈夫か!?」
もはや安心感で全身の力が抜けた僕は、その場に崩れ落ちてしばらく立てなくなってしまうのだった。




