「ずっと私の事、戦力として信じてくれてありがとね……」
* * *
「あはは……やっぱりマスターは優しいわね……じゃあ私が何とかするから起こしてちょうだい……」
そう。この人が優しいのは最初から分かってる。だから力になりたくてずっと腕を磨いてきた。
そしてこの瞬間、私の頭に一つの可能性が浮かんできたんだ。
「何とかするって、アリシアさん何か作戦でもあるんですか?」
「一つだけ試したいことができたのよね……まぁそれもうまくいくかなんて分からないけど……」
マスターの首に腕を回してしがみ付くと、マスターは足に力を入れて立ち上がる。それに引っ張られるように私もまた立ち上がった。
この人はきっと私達を置いて逃げる事はしない。クナを説得するのも難しいし、何よりそうするだけの時間もない。だから……結局は勝つ以外に方法はないんだ!
考えるのが苦手な私は今まで直感で行動してきた。そんな私の直感がこう言っている……私が生き残れる可能性は限りなく低いと……
「ねぇマスター……」
「なんですか! 何か手伝えることがあれば――」
「好きよ。私マスターの事が好き。ずっと私の事、戦力として信じてくれてありがとね……」
マスターは何も言わなかった。こんな時に言われたら意味わかんないわよね……
でもそれでもいい。なんとなく、今伝えないと後悔する気がしたから……
「クナ、マスターの事、あとはお願いね……」
「え……あ、はい……」
軽くマスターを押しのけて自分の力で体を支える。そしてボス猿に向かって構えを取った!
「アリシアさん……何を……?」
「倒すのよ! あのボスをね! そうじゃないとマスター絶対に逃げてくれないし!」
そう。この土壇場で一つの可能性を思いついた。練習をした事も無い技だけど、ぶっつけ本番で臨むしかない!
「魔石解放! 全魔力集中!!」
魔石から溢れた魔力が私の周りに飽和する。それを私は全身を使って感じていた。
この精神の魔石はリアちゃんから譲り受けた貴重なアイテムだ。もしかしたらこれが最後の使いどころになるかもしれないけど、私に力を貸して!!
「無理ですよ! そんなボロボロの状態じゃ!」
「大丈夫よマスター。一応これでも修行したんだから」
そう。私がカルルと戦い、修行も見てもらった時に教わった事がある。『魔力』を使いこなせと。
どんなに物理攻撃主体の近接戦闘型でも必ず魔力に助けられる日が来る。だからこの魔石を譲る事を機に、少しでも魔力を扱えるようになれと言われたっけね。
確かに今の私の体はボロボロだ。だけど魔力をうまく使えば、あるいは一矢報いる事ができるかもしれない!
「全ての魔力を……この一歩に!」
全魔力を足に集中させる。
これまでの私はこの体を使ってスピードを出してきた。足を速く動かし、地面を踏みしめ、力を込めて加速してきた。だけどコレは違う。体を使うんじゃなく、魔力を使ってスピードを出す!!
ただ前に進む事だけを考えて、そのために全魔力を費やす方法だ!
体がボロボロだからこそ、逆に体の機能を気にしないで済むのかな? 今はいつも以上に魔力の制御に集中できる気がした。
体のダメージは気にするな。魔力の流れだけに集中しろ!
「も、もうこれ以上はもたないよ……う、うわあああああ!!」
ルミルが限界に近い。だけど私も魔力の制御はうまくいっていると思う。あとは……一歩を踏み出して斬ればいい!!
無限刃のように切り返す事も、次の一手を考える事もしなくていい!
ただただ前へ! まっすぐに! 突き抜けるように!!
ルミルが倒れて、ボス猿が私を視界に入れる。けどそんなのは関係が無い。
避けられるものなら避けてみなさい! 反応できるものならしてみなさい!!
これこそが、今の私にできる神速の一歩!!
「魔歩……」
フッと、景色が切り替わる。だけど視覚はさほど使わない。使うのはあくまで感覚のみ!
そして地面にブレーキをかけ、振り抜いた刀を鞘に納める。
「手ごたえあり!」
『チン』と鞘と鍔がぶつかる音が鳴ると同時に、私の傍らで何かが弾けた!
――ズバアァァーー……
ボス猿スライムの体を上半身と下半身に両断した音だ。その体はスライムという液体に戻り、地面にバシャバシャと巻き散らばる。
勝った! どうなる事かと思ったけど、なんとか勝てた! 私達は勝てたんだ!!
「あ、あれ……?」
でも体はもういう事をきかなくて、私はそのまま地面に倒れ込んでしまった。魔力もスタミナもダメージも限界で、もう指一本動かせないくらいだった。
「アリシア、やるじゃん……。さすがあたし達のエースだね……」
近くでルミルがそう言ってくれた。この子も私と同じように爪の乱れ斬りを喰らったので全身がボロボロになっている。それでもこの勝利を祝うように満面の笑みを浮かべていた。
* * *
すごい。そうとしか言いようがないほどの衝撃を僕は受けていた。
アリシアをエースにする。それは決して嘘でもおだてた訳でもない。けど、今回のは本当に彼女の底知れない可能性を垣間見た気さえしたんだ。
あの魔歩という彼女が新たに生み出した技、それはまさに神速だった。
無限刃のような残像を残す事も、動きが線のようになることも無い。まるで瞬間移動をしたようにフッと消え、あのボス猿がなんの反応も出来ないまま刀を納めていた。
正に極限状態で発揮される底力。こればかりは本当に嬉しい誤算だった。
「ピキィィィィ!」
スライムが奇声をあげる。二つに両断したスライムはいつの間にか集まって、また一つの塊になっていた。
しかし、いつものように刺々しく体を逆立てる事もない。その鳴き声は追い詰められた者の焦りのような声だった。
「なんとかなりましたね……クナさん、スライムにトドメを!」
「は、はい!」
その時、僕はハッと気が付いた。頭上で観戦している猿たちが静かな事に……
上を見ると、ボス猿が討伐されて落胆している猿もいる。だが、それ以上に黙って成り行きを見守る猿たちのほうが圧倒的に多かった。
なんだ? なんでそんな冷静に見て居られる? 自分たちの後ろ盾を失ったんだぞ?
もしかして、まだ終わってない……!?
「ピイイィィィ……ギ……ギギ……ギギギギギギ」
スライムの声にノイズのような禍々しさが混じりだす。歩き出したクナが立ち止まり、スライムのほうを見て唖然としていた。
そのスライムがどんどんと巨大化していく。バスケットボールくらいの大きさだったスライムが、今では一戸建ての家くらいの大きさにまで膨れ上がっていた。
「ビギイイイイィィィ!!!!」
気が狂ったかのように泣き散らすスライムにクナが後ずさる。その体はガタガタと震えていた。
いやこれは予想外にもほどがある……。スライム自身にも追い詰められた時のための切り札があったんだ……
もうこっちの戦力はほぼ使い切ったと言っても過言じゃない。ここは出来る事なら撤退だ。
「クナさん! みんなを盾で回収したら逃げますよ!」
「す、すみません、もう遅いかもしれません~」
そう、巨大化したスライムは自分の体から触手を伸ばし、近くに倒れていたアリシアとルミルを拾い上げていた。そして引き寄せて、無情にも自分の体内へと取り込んでしまった……
「アリシアさん! ルミルさん!!」
二人はもはや力を使い果たした状態だ。半透明なスライムの体から見える二人は、中心まで引きずり込まれてしまっている。
アリシアはぐったりとして抵抗することさえできず、ルミルは必死に暴れようと体をよじるが、手足がまるで動かせていない。多分スライムの体内は獲物を逃がさないように粘土のように固められて、身動きが取れない状態になっているんだ……
「クナさん! 盾を回転させて二人を救出してください!」
「は、はいぃ!!」
奇面樹スライムの触手をぶち抜いた時のように、盾を寝かせて回転させる。そんな回転のこぎりのような状態で勢いよく打ち出した!
――グチャ……
スライムの体に接触した盾は半分くらいめり込んで、その粘度で回転が止まる。全くと言っていいほど二人がいる中心までたどり着けなかった……
マズいマズいマズい! このままだと二人が取り込まれたまま溶かされる! どうする!? 他に手はないか!?
焦る僕に、何の抵抗もできないアリシアと目が合う。そんなアリシアの口が僅かに動いた!
逃……げ……て……
確かにそう口が動いた。
アリシア、お前は諦めるのか……? それともまだ僕だけを逃がそうと考えているのか?
そして仮に逃げられたとしても、次に戦力を整えてスライムを討伐しに戻った時、お前たちの姿に変化するスライムと戦えと……?
そんな辛い現実なんて見たくない……。確かに僕はこの世界を女神様に任されたけど、そんなのはもう関係ない! 自分だけ生き残る? そんなのはクソくらいだ!!
今の僕は、お前たちを失う未来のほうがよっぽど怖いんだよ! こうなる可能性を考えて勝手に告白して、後は諦めて死んでいくなんて納得いくかよ!
「クナ!」
「は、はい!?」
「絶対に二人を助け出すぞ!! 力を貸してくれ!!」
「っ!? はい!!」
この時の僕は優しいお兄さんというキャラも忘れていたんだと思う。
高ぶる感情に身を任せ、荒々しい口調のまま、僕とクナは最後の戦いに挑むのだった……




