「こんのぉ! あたしが止めてみせる! 魔攻術!!」
「何か飛ばしてきますよ! 注意してください!!」
仲間たちにそう呼びかける。木の上で観戦している猿たちも、この時ばかりは避難するために慌てて移動をしていた。
そうしてドラゴロンスライムがお腹を引っ込める。すると――
「ギャオオオオーーーーーーーン!!」
とてつもない咆哮が響き渡る。それは周囲の木々をへし折り、地面を抉り、波動砲のように真っすぐ向かってきた!
クナの掲げた盾に隠れる僕達だが、その衝撃波と共に襲ってきたのが凄まじい音量の鳴き声だ。
いや、これは超音波という部類の攻撃なんじゃないだろうか!? その凄まじい声量で衝撃波が生まれていると考えた方が自然だろう。
何よりも正面に構えた盾がまるで役に立たない。あまりの音量に頭が割れるような痛みを感じ、僕はたまらずに耳を塞いでいた。
正直、目も開けていられない。あまりの苦痛に体の各部位が破裂してしまいそうだった。
「~~~~~!!」
片目を開けて状況を確認してみる。するとみんなも苦しそうに表情を強張らせながらも何かをしゃべっていた。
何を相談しているのかは分からない。もう何も聞こえない。ただただ全身が弾けそうなほど苦しかった。
『風迷路!』とアリシアの口がそう動いたように思えた。すると全身に響く衝撃が和らいだ気がした。
それもそのはず。ドラゴロンスライムが放った衝撃波は向きを変えて、左右の木々を薙ぎ払う。
そっか。やっぱりアリシアが風迷路で衝撃波の勢いを左右に分散させているんだ。というか、音って風の影響を受けるんだな。知らなかった……
次第に衝撃波が弱まり、ドラゴロンスライムも口を閉じる。僕は体中の力が一気に抜けて、その場に崩れ落ちてしまった。
それほど苦しい咆哮だったのだから……
「……ター。………ぶ!?」
アリシアが心配そうな顔で何かを話しかけている。でも僕にはうまく聞き取れない。耳がキーンとなって他の音が聞こえなくなっていた。
あれ、これって耳の鼓膜が破れたのか? いや、そうなった事なんてないからどんな感覚なのかは分からない。けど現状はみんなの声が聞こえないほど僕の耳はダメになっているようだった。
それでも他のみんなは会話が成立しているように思える。ガチャ娘っていうのは体の構造が人間とは違うらしいので、こういった音の攻撃にも耐性があるのかもしれない。
それにしてもあの竜の咆哮。『ドラゴンロア』と名付けよう。それくらい脅威的な攻撃だ。もう二度と喰らいたくない。そういうレベルの苦痛だった……
そんな僕にクナが寄り添い、アリシアとルミルはまたドラゴロンスライムに向かって駆け出していた。
そんなドラゴロンは身体を丸めて、本来の特徴であり、名前の由来と言える転がる攻撃に切り替える。地面を削り、高速回転を始めた体が前へ進み出した!
「~~!」
まずアリシアが飛び掛かる。恐らくアレは断斬も使用しているな。初手から全力で斬りかかるアリシアだけど、予想以上にドラゴロンスライムの回転が速すぎる!
「~~~!」
鱗で補強された車のタイヤ。そう呼べるくらいの回転率にアリシアの刀は弾かれる。それどころかアリシア自身も撥ね飛ばされてしまった。
「~~~~! ~~~~~~~~~~! ~~~!!」
今度はルミルが何かを喚きながら正面から挑む。体の魔力がより濃くなっているから魔攻術をかなり強めているんだと思うけど……
しかしドラゴロンスライムはドリフトをかけるように急速に方向転換をしてルミルのリーチから外れていく。そしてそのまま全速で僕達の方へと向かってきた!
やっぱりルミルの捨て身を警戒してる。一切近寄ろうとしない上にターゲットに選ぼうとしない。多分最後に相手をするのがベストだと判断しているんだ。
というかこの魔物のスピード、クナの盾で止められるのだろうか? オリジナルのドラゴロンでヒィヒィ言ってた気がするんだけど、その時よりもかなり勢いがあるぞ……
「~~様、~~い!!」
クナが僕に飛びついて押し飛ばしてきた。多分クナ自身が魔物の体当たりを止めきれないと判断したんだろう。
現にクナの盾はドラゴロンスライムに押しつぶされて地面に転がっている。あの後ろに隠れていたら僕達まで地面へ押し潰されていた……
ドラゴロンスライムはUターンをして再び僕達に襲い掛かる。奇面樹の時に僕達がサポートをしたので、それを警戒してまずは僕達から倒そうと優先順位を変えて来たんだ。
「は、は~~!」
クナが何かをしゃべっている。僕に話しかけている訳じゃない。アリシアは吹き飛ばされてから体勢を戻すのに時間がかかっているからルミルと会話しているっぽい。
するとクナは僕達の前に盾を戻した。あの勢いを止められないのは分かっているはずなのに。
いや、これは何かの作戦だ。ルミルとクナで何かをしようとしている。音は聞こえないけど感じ取れ!
Uターンしてきたドラゴロンスライムがクナの盾に激突する。するとやっぱり盾はその勢いに負けて僕達に倒れ込んで来た!
「~りゃ~!!」
そこに掛け声と共に後ろからルミルが飛び込んでくる。僕達を巻き込もうとする盾に体当たりをすると、後退する盾が止まった!
そうか! ルミルは魔攻術でその衝撃を吸収する事が出来る。だから盾に突進すれば、間接的にドラゴロンスライムの勢いを止める事に繋がるんだ。
しかもクナの盾は後ろからだと前が透けて見えるように出来ている。ドラゴロンスライムからはルミルが見えない。それを使って接近する事ができたんだ。
「クナさん盾を消してください!」
「~ナ~! 盾~~~~~!!」
僕とルミルが同時に叫ぶ。多分同じことをクナに指示したんだろう。
盾を前後から押し合ったその勢いは拮抗し、両者が空中で静止している状態だ。そんな状態で盾という隔たりを消した事で、ルミルの射程にドラゴロンスライムが入り込んだ!
「ぶっ~~~~!!」
スイングしたハンマーが球体となった体にヒットする。爆発的な威力ではない。多分、爆懐は使っておらず、魔攻術と身体強化の震魂のみだ。
それでも吹き飛んだドラゴロンスライムはバランスを崩し、柔らかそうなお腹や顔面が露出した。
「はぁーーー! 断~!!」
そこへアリシアが飛び込んでくる。決めなくてはいけない場面でしっかりと合わせる。それがエースというものだろう。
振り下ろされた刀はドラゴロンスライムを顔面から真っ二つにしていた!
「ご主~、大~~!?」
近くにいたルミルが僕のそばに来て声を掛けくる。なんとか少しずつ聞こえるようになってきているので鼓膜は破れてないらしい。
「え? まだよく聞こえません。大好きって言いました?」
「言ってないわ! なんでこんな時に告らにゃいかんのよ!!」
よしよし。大分聞こえるようになってきたぞ。それにしてルミルはからかうと顔が真っ赤になって面白い。
「ルミル様、またスライムが一つに集まっているので注意してください! それと旦那様、私と結婚しましょう。軽く頷いてくれるだけで構いませんよ」
「だああああこんな時に告る奴がいるとはね! アンタの神経、番線か!」
ルミルとクナが変に盛り上がる。その間にアリシアの状態も確認しておかないとな。
アリシアが一番疲れているだろうし……
「アリシアさん、まだいけますか!?」
「なんとかね。マスターは大丈夫?」
「はい。耳も段々聞こえるようになってます。アリシアさんのおかげですね」
えへへ、と彼女は嬉しそうにしている。実際、あのドラゴンロアを風迷路で分散してくれなかったらマジで耳だけじゃ済まなかったかもしれない……
「ピギーーーーー!!」
スライムがウニのように全身を鋭く逆立てる。アレのせいで変に近づけないしトドメもさせない……
そして再びスライムが姿を変える。それは鬼の形相が特徴的な悪鬼だった。
「これでこの森周辺の危険な魔物は最後ですね。こいつを倒せばスライムは何もできなくなる可能性が高いです。なんとか頑張りましょう!」
「「「了解」」」
最後の踏ん張りどころだ。そう信じて、僕達は気を引き締めて悪鬼スライムを迎え撃つのだった。




