「ボスラッシュとか燃えてくるわ!!」
荒ぶるスライムだが、すぐに刺々しく伸ばした体を引っ込める。すると再び体がうねり始め、今度はその大きさを変えていった。
「き、ききき……巨大化してますよ旦那様ぁ!」
クナが怯えるのも無理はない。スライムが縦に伸びていき、巨大な大木のような形を形成した。
色も茶色と変化して、真ん中には人の顔のような模様まで浮かび上がる……
「これって……奇面樹!? こんな魔物まで取り込んでいるんですか!?」
そこには巨大で、圧倒的な存在感を醸し出す奇面樹の姿があった。
律儀にも表面に描かれる人間の顔は、本家よりもおぞましい表情をしているのだが、そのホラーな部分だけは頑張ってほしくなかったりする……
「ちょ……これ、倒してもキリがないんじゃ……ご主人どうすんの!?」
ルミルが慌てているが、ぶっちゃけ僕だって初めての魔物に戸惑いを隠せない……
だけど、ゲームやマンガに出てくる強いスライムと言ったらこの設定だろう!
「確証はありませんが、自分が取り込んだ魔物を倒されると同じ姿には戻れないみたいです! それはリキャストタイムの影響か、その魔物を討伐したという情報を植え付けたからなのかは分かりません。けどこのまま討伐し続ければストック切れを起こし、無力化できるかもしれません!」
そう、これは単なる憶測の域だ。だけどもう相手の戦意が無くなるまで戦うしか方法がないのも事実。
こちらの限界が来る前に撤退する事も視野に入れながら、なんとか討伐できるかどうかの判断を下さなくてはならない。
「行くわよルミル! ああいう硬そうな魔物は任せたわ!」
「ああ~もうやってやろうじゃない! ボスラッシュとか燃えてくるわ!!」
アリシアとルミルが奇面樹スライムに突撃していく。すると奇面樹の枝や地面から触手が伸びて二人に襲い掛かった。
「私が道を切り開くからルミルは本体を叩いて!」
「おっけー! 『震魂!!』」
ルミルの前を走り、迫る触手を切り払おうとするアリシア。しかしその刃は触手を切断する事ができずに深々とめり込んでしまった。
「武器が……きゃあ!」
「う、うわああっ!」
動きの止まったアリシアは即座に触手に絡めとられ、その後ろに付いていたルミルもまた触手に巻きつかれる。二人を拘束した触手は頑丈な強度へ変化して、どんなに二人が暴れてもびくともしなくなっていた。
オリジナルの奇面樹は確かに触手を切断できたはず。やはりこのスライムは元の魔物のステータスをどこかしら強化しているんだ。
「くぅ……し、締め付け……られて……」
「ああぅ……く、苦し……」
根っこのように固くなった触手は二人の体をゆっくりと締め付けていく。ギリ、ギリっと絞るような巻き付きに、アリシアもルミルも表情を歪め、苦痛に悲鳴をあげていた。
マズいマズいマズい! 前衛の二人が拘束されるとか詰みに近いぞ! 残った僕達でなんとかしなくては……
「あ、あわわわわ……アリシア様とルミル様が……」
可能性があるとすれば隣で青ざめているクナだ。
どうする……何か手はないか……?
「そうだ! クナさん、マスターシールドを寝かせてください!」
「え? は、はいぃ!」
僕の要望通り、クナは正面の盾を地面と平行にした。
「そのまま盾を回転させてください!」
「や、やってみますぅ~……」
少しずつ、少しずつ。目の前の盾が回転していく。
「もっと速く! もっと……もっとです! 全力で高速回転にしてください!」
「ん……んんんんんんん!!」
すると盾は物凄いスピードで回り始め、盾という形には視認できないほど丸い残像だけとなった。
それはまるで回転のこぎりのようである。
「よし! これをアリシアさんの真上に飛ばしてください! 触手を切断するんです!」
「わ、分かりました~……」
クナが大きなカッターに見立てた盾を発射する。その回転する盾はアリシアを拘束する触手に直撃するとガリガリと削り始めた。
強度の高い触手だけど、頑張ったクナの盾は想像以上の威力を持っており見事触手を打ち破った!
砕けた触手は液体となり地面にバシャバシャと零れ落ち、めり込んだ刀も一緒に地面へ転がる。
「ケホッ……くっ!」
アリシアはすぐに刀を拾うとルミルを拘束する触手に斬りかかった!
「断斬!!」
ルミルを拘束する触手が切断され液体となる。倒れ込むルミルをアリシアは抱きかかえながらすぐに動けるように立て直そうとしていた。
「ルミル動いて! マスターとクナがカバーしてくれたわ!」
「ゲホッ……しんどいけどやるっきゃないよね……」
そうして二人は再び奇面樹スライムに向かって走り出した。
「今度こそ私が途中まで連れて行くわ! 私が捕まってもルミルは走って!」
「っ!?」
奇面樹スライムの触手が二人に襲い掛かる。しかしアリシアが捌き、弾き、受け流し、必死に触手の軌道を変えていた。
連発できない断斬を織り交ぜながら、奇面樹スライムへ少しずつ接近していく。それでもしつこいくらいに四方から迫る触手に対して、ついにアリシアは自分の体を盾にしてルミルを庇った!
「ルミル行って!!」
ルミルがアリシアを残して突撃する。僕もこの状況で一つだけ思いついた案を実行する。
「装備品『落雷のハンマー』をボックスに収納!」
するとルミルが手に持っていたハンマーが瞬時に消える。
「え!? いや、なるほどね! こっちのほうが動きやすい!」
ルミルが意図を理解して加速した!
そう、ルミルが装備しているハンマーは身の丈ほどの長さがあり、それを持って走ると触手に絡め取られる危険性が高い。だからあえてこの時だけは腕輪の中のボックスに収納する事にしたんだ。
「う~りゃりゃりゃりゃりゃ!!」
ルミルが触手を掻い潜る! 体育座りのような格好で飛び上がり、まるで小さなボールのように触手の間を抜けていった!
さらにスライディングで触手を潜り、体を横に回して触手の隙間をすり抜ける。
元々小柄な体格だ。その特徴を生かしながら一気に奇面樹スライムの懐へ潜り込んだ!!
「今です! 落雷のハンマーを装備!」
いつでも押せるように表示していた画面をタップする。するとルミルの手元にまたハンマーが出現した!
「ドンピシャの爆懐!!」
ルミルの行動を止めようと触手が迫る。しかしもうルミルは止められない!
同時に行われたのだ。懐に入り込んだのと、腕を振りかぶるのと、そこにハンマーが出現したのと、爆懐を使用したのがほとんど同時なのだ。あとは思い切り振るうだけ!
「ぶっ飛べえええええええ!!」
巨大な木の幹にルミルのハンマーが突き刺さる! するとその大木は粉砕し、弾け飛び、まるで竜巻にへし折られた木のように空中へ舞い上がった。
それでもやはりスライムだ。宙に投げ出された方も地面に根を張る株も液体となり、またしても一つに集まりだした。
「ピギーーーーー!!」
また刺々しく表面を逆立てながら甲高い奇声を発するスライム。そこへ一匹の猿がスライムに飛び込んで来た!
荒々しくその猿をスライムが取り込むと、またグネグネとうねって体を形成していく。
多分、今飛び込んで来た猿はスライムに情報を与えたんだ。自らの命を捧げる事でこの戦いに勝とうとしている。献身的というか、妄信的というか……どっちにしても今の僕達には脅威でしかない。
だからこれで風迷路や、武器を消したり出したりといった戦術がスライムに伝わってしまったわけだ。
スライム自身では学習できない代わりに、こうやって取り込んだ生物の記憶や遺伝子から情報を取り込んでいく。正に猿とスライムでは最恐最悪な組み合わせだ……
「ま、ま、また体の大きな魔物になっていきますよ……」
クナの言う通り、今度は身体が鱗で覆われた大きな生物に姿を変えた。
硬そうな体にドラゴンのような顔。これはドラゴロンだ!
「ドラゴロンは転がって攻撃してくる魔物でしたよね。アリシアさん大丈夫ですか!?」
「なんとかね……まだやれるわ!」
ルミルを前に進ませるために触手に捕らわれたアリシアも体勢を立て直す。
「グゥゥゥゥ……」
しかしドラゴロンスライムはこちらを見据えるだけで襲ってはこない。僕達を警戒しているのだろうか……?
そう思っていると、ドラゴロンのお腹がどんどん膨れている事に気が付いた!
息を思い切り吸い込んで、今まさに何かを吐き出そうとしている!? まさか炎でも噴き出すんじゃないだろうな!?
「クナさんシールドを戻して!」
「は、はい!」
さっき回転のこぎりにした盾を引き戻す。一度消してしまうとリキャストタイムが発生するのでなるべく長持ちさせたい訳だが……
盾に身を隠す僕達にドラゴロンスライムは口を開ける。そうして一瞬溜め込んでから、何かを吐き出そうとしているのだった……




