「なんかさ、ちょっと気になる点もあるんだよね」
「やっべ……やり過ぎたかな……」
あたしの周りは見るも無残な光景となっていた。
巨大なクレーターができ、近くに流れていた小川がクレーターに向かい注がれて、木々が倒壊して歩くのにめっちゃ邪魔になっている。
周りは砂埃で視界を遮り、未だに空から舞い上がった土がドチャ、ドチャっと降っていた。
「なんか、レベル上がったせいか威力上がってる気がする。自分で言うのもなんだけど大惨事だね……」
とにかくここから離れよう。早くご主人と合流して猿の現状を伝えないと!
そう、今の猿の現状を……
「あれ? もしかして今の衝撃で全部ぶっ飛んだ?」
視界が悪くて確認できないけど、なんだかお猿さんの気配が感じられない。
「そ、そう! これは全部計算通り! 流石あたし!!」
そうなのだ! 不可視化が切れそうだからボスを葬り去ろうというあたしの考えは間違ってなかった!
ボスを倒すと同時に周りの手下猿をも吹き飛ばし、この煙に乗じてトンズラをこく!
さらにさらに、今の爆音がご主人に伝われば、何かトラブルでもあって戦闘が始まったのかと急いで来てくれる!
そう、何もかもがあたしの計算なのだ!
……うん、という事にしておこう。
「とにかく、今のうちにここを離れよっと……」
もはや地形が変わったレベルに周りの風景がおかしくなっちゃったけど、とりあえず東に向かって進めば大丈夫!
倒壊した木々を乗り越え、ゴロゴロ転がる岩石を潜り抜ける。そうして災害の跡地のような場所から抜け出すと、途端に周囲から魔物の気配を感じ始めた。
「ギィギィ……ギィギィ……」
猿だ……
まだ生き残りがいたのか、それとも別行動中の群れが駆けつけたのかは分からない。けれどもうあたしの行く手を阻むように、そしてあたしを包囲するように周囲へ展開していた。
「やば……どんどん数が増えていく。まだこんなに残ってたんだ……」
それでもご主人の方向へ向こうとすると、ついに猿があたしに襲い掛かってきた!
石の剣を持っている猿は少ないけれど、その何匹かが飛び掛かって来る。そいつらにハンマーを振るうけど、身軽な猿は大振りのハンマーに当たってくれなかった。
「さすがアリシアの韋駄天を見て訓練された猿共ね。結構やるじゃん……」
こうなったら例の戦術を使うしかない。こういうすばしっこい奴を想定して作ったあたしの特技。
「魔攻術!!」
自分の体に魔力の層を覆いかぶせる。その状態のまま石の剣を振りかぶる猿の攻撃を引き付けた。
石の剣を振り下ろす攻撃を防御はしない。代わりに相打ち覚悟でハンマーを振るうと、あたしと猿の両方の攻撃がお互いにヒットした!
「グギャアッ」
猿は吹き飛び、あたしは魔力で体を覆っているのでほとんどダメージは受けていない。これがあたしの捨て身のカウンター攻撃! どんなに速い魔物でも攻撃の瞬間を狙えば当たってくれる!
「よっしゃ~! このまま突っ切る!」
これで少しはあたしを警戒してくれるかな、なんて思ったけど、そんなに甘くはなかった。次に猿共はあたしにしがみ付くようにして動きを封じる作戦に出たのだ。
相手の攻撃に合わせてこちらも攻撃を仕掛けるので、体当たり的な行動には判断がおぼつかない。一斉に飛び掛かられる事であたしの動きは封じられてしまった。
「こんの……邪魔だよ!」
しがみ付いてくる猿を引きはがそうとすると、背後から石の剣で頭を殴られる。魔攻術で守っているからダメージは少ないけど、これをさすがに何度も喰らうのはマズいかもしれない。完全に多勢に無勢って感じ……
というかこいつら、なんでこんな必死になってあたしの事を狙ってくんの? ボスはもう倒されたんだよ? 今は体制を整える方が優先なんじゃないのかな!? あたしに構う理由ある!?
もしかしたら他の猿もボスの座を狙ってるから、そのボスがやられても士気が落ちない?
それとも逆に、ボスの仇を打つというのがこの種族の特徴だったりする?
はたまた単にそこまで考えてなくて、ナワバリに入った敵を攻撃するのを優先してる?
あるいは、それ以外の理由が……
いやでも、今はそんなこと考えても仕方ない。とにかくこの群れを突破する事だけを考えないと……
「ガチャ娘の死亡原因一位はご主人との別行動中か。まさかそれを実感するなんてね……」
とはいえ、そう簡単にやられたりはしない。最悪もう一回震魂と爆懐を使って周囲を吹き飛ばせば、状況的にあたしは生き残れるのだから。
……まぁ、あまりやりたくはないけどね。ガチで自然ぶっ壊してるし……
「んにゃ~~~!! ご主人、早く助けに来てよぉ~~!!」
猿の群れに圧倒されながら、あたしは切にそう叫んでしまうのだった……
* * *
「今、遠くで何か爆発しませんでした……?」
「うん、聞こえたわ。あれってルミルかしら? でもルミルって頭がいいから一人で戦闘を仕掛けるとは思えないんだけど……」
確かにルミルは子供っぽいところはあるけど、わきまえる点はしっかりと押さえている。普通に考えたらルミルが戦闘を仕掛ける可能性は低い。しかし今の音は……
「いや、今のはルミルさんの爆懐ですね。何度も聞いたんで音で分かります」
僕が何度か仕事を辞めた中には、音で判断しろと言われる業務もいくつかあった。だから音に関してはある程度聞き分ける事はできる。
「なんらかのトラブルにより戦闘を余儀なくされたんだと思います。急ぎましょう!」
「なら、私は先に行った方がよくないかしら? 私の足なら合流するのに時間はかからないわ」
確かにそうなんだけど、アリシアもかなり疲弊しているはずだ。ボス猿を逃がすための下っ端の猿に足止めを喰らったが、そいつらを全部処理したのはアリシアだった。
かと言って、ここでモタモタしている訳にもいかない……
「分かりました。アリシアさんは先行してください。ただし、決して無理はしないように!」
「オッケー! それじゃあクナ、マスターのことは任せたわ!」
「は、は、はい! お任せください!」
そうしてアリシアは一足先に爆音のした方向へと飛び出していった。
僕達もなんとか急いで向かいたいが、獣道すぎてどうにも進みにくい……
「旦那様、私が道をかき分けますので、後ろからついてきてください」
アリシアはモモンガの如く、木から木へスィーっと移動していくが僕達はそうもいかない。クナが作ってくれた道を地道に進んでいた。
……いっそのこと、僕がクナを乗り物のようにして乗っかれば楽かもしれない。いや、人としてそんな事はしないけど……
「……いや、まてよ? クナさん、マスターシールドを使ってください」
「は、はい? 別にか舞いませんけど。マスターシールド!」
目の前に大きな盾が出現する。
「この盾、寝そべるように下に向きを変えられませんか?」
「や、やってみます……」
クナが手をかざして念じると、盾は僕の注文通り地面と平行となった。
「この上に乗れないかと思いまして……よっと!」
盾には取っ手が付いているので、それを持って盾に乗ってみた。
「おお! 乗っても宙に浮いたままですね! これ、このまま前進できませんか?」
「な、なるほど。やってみるので、しっかり掴まっていてください」
クナは再び念じるように両手を前に出す。
「旦那様の言う事は絶対! どんな事でも言いつけを現実にする……」
何やら真剣な表情でブツブツと呟いていると、僕の乗った盾が前に進みだした。
「おお!? 動き出しましたね!! もっとスピードは出せますか?」
「出せるかもしれませんが、そうすると私が置いていかれて操作の範囲外になってしまいますね……」
「なら、クナさんも盾に乗ったらどうでしょうか。スキルレベルを上げて出現できる盾の数が増えたはずです」
そう、クナのマスターシールドはスキルレベルが10になる事で出現できる数が増えたのだ。
最大で五枚の盾を出現させる事ができる。……まぁ、その全ての盾にリキャストタイムが発生するのは変わらなかったりするのだが。
「や、やってみますね。セカンドシールド!」
二枚目の盾を出現させたクナは、僕と同じように取っ手を掴んで乗り込んでいく。そして僕の盾と同じスピードで進み始めた。
「おお~、いい感じです。慣れてきたらスピードを出してください」
「か、か、かしこまりました~」
まるで空飛ぶジュウタンに乗っているような気分でスイスイと進んでいく。これは相当便利な使い方に気が付いてしまったな。
……いや、これはクナのポテンシャルがかなり高いおかげだろう。いくらなんでも『アレやってコレやって』という注文にすぐ答えられるのは相当優秀だ。
そんなクナの評価を上げていると、ぐんぐんスピードが上がっていく。自転車を走らせている時くらいのスピードは出ているんじゃないか? それでもしっかりと木々の合間を縫って飛行していた。
そしてついに、前方から猿の喚き声が聞こえ始める。それは戦闘が始まっている事を認識するには十分だった。
「いました! ルミル様です!」
遠くにルミルがもがいている姿が見える。大量の猿に羽交い絞めにされて、うまく武器が震えない状態のようだった。
さらにはそんなルミルの頭上から石の剣を持った猿が落下していくのが見える。そのままルミルの頭を狙って武器を振り下ろそうとしていた。
「クナさん突っ込んでください!!」
「は、はいぃ~!」
僕の乗っている盾が少し上向きになる。サーフィンはやった事が無いけれど、きっとこんな感じでバランスを取るのかもしれない。
そしてそのまま僕の盾はジャストタイミングで落下してくる猿を跳ね飛ばした!
「ルミルさん、大丈夫ですか!?」
「ご主人!? うわ何それカッコいい!!」
体にしがみ付く猿を掴んでは投げ、掴んでは投げを繰り返しながらルミルは驚いていた。
……なんか、思ってより余裕そうだなぁ……
「うりゃ~~!! 私のルミルをイジメる魔物は許さないわ~~!!」
僕達よりも一足先に到着したであろうアリシアはすでに大暴れ中で、木の上の猿たちを一心不乱に狩り続けていた。
「あ、あはは……アリシア様、元気ですね。お猿さんのボスでかなり疲れているはずなのに」
それは彼女がエースとしての自覚やら仲間意識やらが強いおかげだろう。何はともあれここが踏ん張りどころだ!
「ご主人あたしね、不可視化が切れちゃって……それでどうせ見つかるならボス猿だけは討伐しとこうと思ったんだ。だからボス猿はもういないよ」
「なるほど。確かに、その爆音で僕達も急がなくてはって思いましたし、ルミルさんの破壊力なら周囲を巻き込んで時間稼ぎにもなる。素晴らしい判断じゃないですか。さすがルミルさんですね」
「え? あ、うん。だよね~。……でもツッコまれないとそれはそれで心苦しい……」
よく分からないけど、ルミルは僕と目を合わせないようにそっぽを向いてしまった。
「とにかくこれで猿の魔物討伐は完了でしょう。ボスも倒したし、ここもアリシアさんが掃討してくれます」
そう言うと、ルミルは少し考え込んでからこう言った。
「そう……だと思うんだけど、なんかさ、ちょっと気になる点もあるんだよね」
「気になるって、何がですか?」
「この猿の群れはもうボスがいないんだよ? なのになんでここまであたし達を狙ってくるんだろう。士気も高いままだし、もしかしたらさ、ボスがいなくても困らないだけの後ろ盾があったりとか――」
その時だった。
「ギギイイィィーーーーーー!!」
周囲の猿が一斉に吠えた。いや、吠えるというよりは空に向かって叫んでいるような……
甲高い声を遠くまで轟かす。そんな動物の遠吠えのような鳴き声だった。
「な、ななな、なんですか!? 威嚇ですか!?」
クナが怯える。だけどこの鳴き声は多分……
「いや、これって……仲間を呼んでる!?」
するとすぐに、遠くの茂みがガサガサと揺れ動き、何者かが急速にこっちへ向かってくるのが分かった。
アレはなんだ!? 茂みの中に納まるくらいだからそんなには大きくない。けど、この猿たちがボスの他に頼りにするだけの存在だとしたら……
ルミルの言う通り、この猿たちのバックに何かとんでもないモノが潜んでいるかもしれない。そんな嫌な予感が、僕の中でどんどん大きくなっていくのだった……




