「マズいですね。ルミルさんって素早い敵が大の苦手だったはず……」
「ちょっとすみません。西の森で猿のような魔物に遭遇したんですが、あなたは今まで見た事ありませんか?」
森の調査を始めて次の日、僕達はまず他の冒険者から情報を聞こうとしていた。
「ああ~、そういえばあるよ。初めて見る魔物だったけどすっかり忘れてたなぁ」
「あるんですか? 何か気になる事はありませんでしたか?」
その冒険者は難しい顔をして記憶を呼び起こそうとしているようだった。
「剣を持ってたなぁ。だから回収しようとしたんだけど、結局逃げられたよ」
「なるほど、僕も遭遇したんですが、意外とすばしっこいですもんね」
しかしその冒険者は首を横に振った。
「いや、別に大した事なかったよ? 簡単に腕を切断したんだけどさ、剣を咥えて逃げられたんだ」
大した事なかった? 剣を持っている事は共通しているけど、アリシアのスピードでもなかなか攻撃が当たらなかった魔物なのに……?
「武器を持ってた事以外、特徴がなくてすっかり忘れてたわ。俺が知ってるのはそれくらいかな?」
「そう……ですか。ありがとうございました」
そう言って冒険者を解放した。そうして少しの間、考えを張り巡らせる。
「どうマスター。何か分かったかしら?」
「……はい。少なくとも猿の魔物は複数いますね。腕を切り落としたと言っていましたけど、僕達が出会った個体は普通に五体満足でしたから。もしかしたら、どこかの巣で大量に繁殖している可能性も考えられます。そしてもう一つ、その猿は少しずつ戦闘を学んで強くなっているんじゃないでしょうか?」
認識に差はあるだろうけど、その冒険者と昨日戦ったアリシアとで、猿の強さにムラがある気がする。個体でレベル差があるのか、もしくはガチャ娘との戦いで少しずつ成長しているのか……
「やっぱり、何か嫌な予感がしますね。今日はその猿をもう一度見つけて、できる限り追い詰めてみましょう!」
「「「りょ~かい!!」」」
仲間達の声がハモったところで、僕達はまた西の森へと入っていった。
……そして、探し始めてすぐに、その猿は姿を現した。しかも二匹……
「マスター下がって! 私とルミルで応戦するわ!」
「それがいいね。けどさあの猿、昨日とは別の武器持ってない?」
そう。現れた二匹の猿は石で出来た武器を持っていた。
長い棒のようだが、見方によっては剣に見えなくもない。
「もしかして昨日使っていた剣を参考に、石を削って武器を作ったんでしょうか。だとしたらその知恵は侮れませんよ」
そう、猿にとって貴重な剣は人間に負けたら奪われる。だから石を削って石の剣を量産しようと考えたのなら、ちょっとした脅威だ。
「二人共気を付けてください。出来れば猿を弱らせて巣に帰しましょう。そうやって巣の場所を特定するんです」
「分かったわ。生け捕りなんかもいいわね」
そうしてアリシアとルミルが前に出る。今回は高低差の無い場所なので、斜面を転がって逃げられる心配はない。
そうして、まず最初にアリシアが動いた。凄まじい速さで猿に突撃すると、得物である刀を振りかざした!
しかし猿はそんな攻撃を身軽に避け、木に飛び移っていく。アリシアはそんな猿を追いかけて、まるで重力なんて関係ないような動きで垂直な木を駆け上がっていった。
もはや木の上で飛び交うアリシアと猿は、僕の肉眼では捉えられないほど動き回っていた。
一方ルミルも、もう一匹の猿に突撃していく。しかし身軽な猿は大振りのハンマーなど軽々と避けてしまうのだった。
「マズいですね。ルミルさんって素早い敵が大の苦手だったはず……」
猿はルミルをあざ笑うかのように、ルミルの周囲を素早く回って翻弄している。
「ぐぬぬ……ちょこまかと~……」
悔しそうに猿を目で追うルミル。ここは僕が何か作戦を考えなくては!
そう思った時だった。ルミルが僕の目を見て僅かに首を振る。『余計な事はしなくていい。自分に任せて』と言っているようだった。
「ル、ルミル様は大丈夫でしょうか……?」
「何か考えがあるみたいですね。ここはルミルさんを信じましょう!」
ルミルはその場に立ち止まり、猿の動きを目だけで追っていた。無駄に追いかけてもスピードが違うからだ。
そんな棒立ちのルミルに、猿もいい加減飽きてきたのだろう。大きく飛び跳ねてルミルに襲い掛かった!
「震魂!」
ルミルが身体能力を大幅に上げるスキルを使用する。そして振り下ろされた石の剣をなんと鷲掴みにした!
「ウギギッ!?」
猿は掴まれた石の剣を引っ張るが、ルミルの力の前にびくともしない。
「ハンマー邪魔だなぁ……」
目の前の猿を攻撃するのに、大きなハンマーは使いにくいのだろう。ハンマーを手放したルミルは、そのまま猿の顔面をぶん殴った!
「グギャァッ!」
猿は勢いよく吹き飛び、後方の木に激突して動かなくなってしまった。
「ありゃ? 弱らせて巣に帰らせる作戦だったっけ? 普通にやっつけちゃった……」
おどけるルミルだけど、僕はそんな事よりもルミルの手が気になっていた。
「ルミルさん手のひらを見せてください! たとえ石とはいえ、相手の武器を手で受け止めるなんて無茶ですよ!」
「ふえっ!?」
僕は強引にルミルの手を掴んで傷の具合を確かめる。しかしなんと、ルミルの手のひらは綺麗なままだった。
「あ、あれ? 全く怪我をしてない!?」
「だ、大丈夫だって……。これはそういう技なの! ……でも心配してくれてありがとね、ご主人様♪」
技? いつの間にそんなのを編み出したんだ?
手を握られたルミルは得意気でもあり、嬉しそうでもあり、ちょっと照れている感じでもあった。
「ほら、あたしさ、リキュアの体を扱うリアと修行してたじゃん? そこでこの先は攻撃だけじゃダメだって気付いたんだよね。どうにか防御も覚えて、相手の隙を見つけなくちゃ攻撃を当てられない。そこで考えたのが、『魔攻術』なんだ」
魔攻術? なんだそのカッコいい名前は!
「原理は簡単だよ。あたし達が使う魔力を操作して、それを鎧のように使っちゃおうって事。さっきご主人には、猿が振り下ろした剣を鷲掴みにしたように見えたかもしれない。けどあたしの手のひらには魔力を集中させていて、猿程度の力なんかじゃ全然触れた感触すらなかったんだよ」
凄い! つまりルミルは捨て身の攻撃を繰り出しても、実は魔力と防具の二つの装備に守られてダメージは受けないって事か!?
それならルミルの長所である圧倒的な攻撃力を活かしやすい!
「なるほど! それは良い発想ですね! やるじゃないですか!」
「えへへ~。もっと褒めて~♪」
ルミルの頭をこねくり回すと、彼女はきゃあきゃあと嬉しそうな悲鳴を上げた。でもぶっちゃけ、こんな風にふざけている場合じゃない。まだアリシアの戦闘が終わっていないのだから。
「って、ルミルさんと遊んでいる場合じゃありませんでした。アリシアさんは今どこに!?」
「ご主人、あそこだよ」
ルミルの指さす所で木の葉が騒めく。
アリシアと猿は未だにスピード勝負をしていた。
「スキル韋駄天!!」
アリシアがスキルを使用してさらに加速する。しかし猿はそんな速さでもかろうじてアリシアの攻撃を捌いていた。
「ちょっと待ってください。あの猿強くありません? アリシアさんのスピードに対応してるんですけど……」
「……昨日より確実にレベルアップしてるよね……」
僕とルミルは唖然として、クナに至ってはアリシアの速さに目を回していた。
そして、ザッと地面を踏みしめ、両者が動きを止めて対峙をする。猿の持っている石の剣はもはやボロボロだった。
「なかなかやるわね。それなら私も本気で行くわ!!」
アリシアが腰を落とし、前傾姿勢となった。
刀は脇に据えて、足は前後に広げ、蹴りだす足に力を込める。
「……無限刃!」
小さく呟いた直後、アリシアの姿がフッと消えた!
猿の前後左右、ありとあらゆる角度にアリシアの残像が映し出される。まるで本当に分身したかのように、猿は集中攻撃を浴びせられていた。
石の剣は欠けて砕け、次に猿の体にも斬撃が刻まれる。そうして空中に吹き飛ばされた猿は、まるで格闘ゲームのKOシーンのようにゆっくりと地面に叩きつけられていた。
「はっ!? 生け捕りにして巣を探す作戦だったのを忘れてたわ!」
「まぁ仕方ないですよ。予想以上にしぶとかったんですから」
そう、昨日はスキルの韋駄天を使っただけで倒せた猿が、今日はさらに無限刃を使わないと倒せなかった。まるで猿が戦いの中で成長しているみたいじゃないか……
「……いや、まてよ。もしかしたら……」
そんな時、僕の中で一つの仮説が浮かび上がってくるのだった。




