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「やる気まんまんね。ならこっちも遠慮しないわよ!」

「あの猿、ただの動物? 魔物だっけ? あれ? なんか情報あった?」


 ルミルがそう僕に聞いてくる。

 確かに、ノビリン村で集めた情報には猿の魔物は無かったはずだ。


「わ、私や旦那様を弄るのに必死なあまり魔物の気配を逃すなんて、ルミル様も、ま、まだまだですね!」


 クナの一矢報いようとする発言に、ルミルは鋭い視線で対応する。するとクナはサッと僕の後ろに隠れてしまった。


「まぁ、実際ふざけすぎてあの猿に気付かなかったのは謝るけどさ、マジでどうする? あの猿やっつけんの?」


 そう。魔物なら問答無用で人間を襲うはずなので討伐するにこしたことは無い。

 そもそもあの手に持っている剣も気になる。あの武器は偶然拾ったのか、それとも冒険者を襲って奪ったのか……


「マスター、あのお猿さん、こっちに向かってっ来るわ」


 静かな口調で、一切視線を猿から逸らさないアリシアがそう言う。

 まだ距離が離れている猿は、確実に僕達の所へ近寄るために歩みを進めていた。


「相手の出方を見ましょう。襲ってくるようならこちらも攻撃します」

「なら私が行くわ。刃物を交えるなら任せてちょうだい!」


 そう言ってアリシアが前に出る。猿と対峙すると、相手は威嚇するように歯をむき出しにして唸りを上げた。

 アリシアと見比べてみても猿はさほど大きくない。体格で言えばルミルくらいだろう。

 ただその腕は異様に長く、剣を振るった時のリーチは長いように思える。

 毛並みなどは猿そのものなのだが、そもそも骨格が人間と似ていて、剣を構えて二本足で立っていた。


「やる気まんまんね。ならこっちも遠慮しないわよ!」


 アリシアが腰を落とし、携えた刀に手を当てる。そして地面を蹴るのと同時に、一瞬で猿の正面で刀を抜いていた!

 ――ブオン!

 アリシアの刀は風を切る。なんと猿は飛び退いで攻撃をギリギリで回避していた。


「アリシア様の攻撃を避けましたよ!」

「あのお猿、なかなかやるね~」


 クナとルミルは観戦客のように戦いに見入っていた。

 それはそうとあの猿、人間のように武器を持ち、二足歩行で移動をしている。これはなかなか衝撃的かもしれない。

 これはあくまでも地球の生態系の話だが、二足歩行をする動物は人間だけらしいのだ。それは道具を使うためにそう進化したという事なのだが、だからこそ物を持ったり、石を投げたりできるのは人間だけなのだ。

 猿という生き物は、骨格的にオーバースロー……つまり腕を振り下ろすやり方で物を投げ飛ばす事は出来ない。そう動画サイトで見た事があった。

 けれどこの猿は、人間と同じような骨格で武器を振るう事が出来ている。それは猿に見えるが猿ではないという事だった。

 まぁ、悪鬼とかも二足歩行だし、この世界ではそういう猿が存在すると言われればそれまでなのだが……


「アリシアさん気を付けてください! その猿は基本的に人間と同じ動きが取れる魔物です! 対人戦だと思った方がいいかもしれません!」

「分かったわ! 対人戦なら散々カルルとやり合ったし、むしろ望む所よ!」


 そうして再びアリシアは猿に向かって飛び込んでいく。猿はアリシアのスピードに押されながらも、なんとか必死に攻撃を捌いている状態だった。

 やはりあの猿は剣を使いこなしている。アリシアの攻撃に対して剣で捌いたり、隙をみては反撃で剣を振り回したりしていた。

 だがそこはまだまだアリシアのレベルに到達してはいない。猿の反撃はアリシアにとってなんの脅威でもなかった。

 アリシアは常に動き回り、猿はそんなアリシアの動きを捉えようと足掻き続けている。


「やあ!!」


 しかしアリシアの攻撃もまた猿に避けられている。凄まじい粘りのある戦い方で、猿は必死にアリシアの攻撃から致命傷を受けないように立ち回っていた。


「あの猿、強くはないけど避けるのうまいね」

「はい。しかも戦い慣れているようにも見えますね。体格差があるのでアリシアさんの攻撃をまともに防御すると、猿は踏ん張り切れずに吹き飛ばされてしまうでしょう。それを理解していて回避という選択をしています。武器を使うのも斬撃を流すだけでまともに防御しようとしていませんし」


 実力差は歴然だ。なのに猿は逃げもせず、なぜか戦いを続けている。ここは猿のナワバリか何かなのだろうか?


「アリシア~、そろそろ決めちゃいなよ。相手しぶといよ~」

「分かったわ。韋駄天!」


 アリシアがスキルを発動させた。アリシアの主軸となるこのスキルは、もはやスピードが音速レベルにもなる。


「決めるわね……」


 スッと、空気が引き締まる気がした。

 アリシアの殺気がこちらまで伝わってくるような、そんなピリ付いた感覚を覚えた次の瞬間、アリシアの姿に残像が生まれる。

 ――ズバァ!

 僕の目でアリシアが二人に見えるほどの速さで動いたその刹那、猿の体には斬撃が刻まれていた。

 血が噴き出し、猿は驚いたように自分の傷を凝視している。それが致命傷だと気が付くと、ヨロヨロと動き出して逃走を始めた。


「今更逃げる気?」


 ルミルの疑問ももっともだ。あんな状態では逃げ切れるとは思えない。しかし猿はすぐ近くの斜面に飛び込み、そのまま転げ落ちていった。

 森の中は折り返すような道もあって、割と高低差がある場所も存在した。この場所も崖とは言わないまでも、急な斜面で下まで一気に転げ落ちそうな危険な所だった。


「落ちちゃった。どうするマスター、追う?」


 アリシアの問いに、僕はとりあえず猿が転げ落ちた場所を覗き込んでみる。その斜面は途中から茂みが深くなっていて、それ以上下はどうなっているのか全く見えなかった。

 少なくとも僕のような人間は降りられる気がしない。けど、ガチャ娘の身体能力なら行けるのだろうか?

 キングゴーレムの時も、駆け上がったり飛び降りたりとぴょんぴょん飛び跳ねて居たいた気がする。

 ……だけど……


「いや、深追いはやめましょう。この下がどうなっているのか全く見えません。もしかしたらいきなり崖になっているかもしれないですし、罠があるかもしれません……」

「罠ぁ~? あの猿が用意して、あたし達を誘い込んだ可能性があるって事? いや~それは無いんじゃない?」


 そうルミルは否定する。


「確かに可能性は低いかもしれません。けどガチャ娘の死亡原因で一番多いのが主人と別行動をした時なんですよね? 僕はアリシアさんの安全を優先にしたいんです……」

「マ、マスタ~~……」


 はっ!? なんかちょっとキザっぽい事を言ってしまった!?

 そう思った時にはもうアリシアは僕に抱きついていた。


「ほんとはね、この茂みを突き抜けて降りていくの、ちょっと怖かったのよ。マスターってば私のこと分かってるぅ~♪」


 しがみ付いたアリシアは僕に頬ずりまでしてくる。

 まぁ、なんだかんだで女の子だしね。無茶な事ばっかり押し付ける訳にはいかないよね。

 ……それに、ルミルは罠の可能性は低いと思っているようだけど、じゃあなんであの猿はわざわざこの斜面を転がっていった?

 武器を取られたくなかった? 自分の死体をそのままにしたくなかった? そんな場所でたまたま戦っていた?

 分からない。分からないけど、警戒するくらいには何かが不気味に思えたんだ。


「とりあえず今日の調査はこれで終わりにしましょう。あの猿の魔物も報告しないといけません」


 そうして僕達はノビリン村に戻ってきた。道中は何事もなく無難な帰路だったと言える。

 ……まぁ、アリシアが腕に張り付いて離れないのを除いては……


「ふふ、アリシア様も旦那様の優しさにメロメロですね」

「私はマスターが優しいって最初から分かっているわよ♪」


 とりあえずギルドに行って、あの猿の話をしなくては。

 村に入ると、さすがにアリシアは離れてくれた。そのままギルドにあの猿を報告すると、この村ではそんな猿の魔物の存在は確認できていないと言う。

 いわば、あの猿はこの周辺で出現した新種の魔物なんだ。

 そんな新種の魔物が森に出るようになったとギルドへ報告し、注意を呼び掛ける。そうして今日の活動は終わりを迎えた。


「ねぇマスター。明日はどうするのかしら? また森に行くの?」

「そうですね。明日も引き続き調査を続けようと思っています」

「……ねぇ、あたしちょっと思ったんだけどさ」


 そうルミルが意見を出した。


「あたし達って、あの地下施設を勝手に使ったから森の調査を押し付けられた訳じゃん? で、その調査って具体的な指示は何も無い訳じゃん?」


 そう、ショウさんからは何をどうしろとは言われていない。だから僕は、考えうる限りで魔物の異常発生とか、新種魔物の特定とかを念頭に置いていた。


「今日の調査で、あの猿は新種の魔物っていう事実は発見できた訳なんだからさ、これってもう調査終了でいいんじゃない?」

「……」


 確かに、何を成せば成功なのか伝えられていない。この新種の猿をショウさんに報告して調査終了というのもやろうと思えば出来るだろう。

 ……けど――


「……僕はもう少し調査したいと思っています。なんだか嫌な予感がするというか、まだまだ中途半端というか……こんな状態で胸を張って調査を終えたなんて報告したくないんです。だから……みんな、どうかもう少し調査を手伝ってください!」


 僕は頭を下げる。地面と平行になるくらい頭を下げた。

 そう、いつだって大変なのは彼女達だ。魔物と戦うのも、僕の判断に振り回されるのもガチャ娘だ。だから僕は彼女達をリスペクトして、敬意を払わなくてはいけない。


「顔を上げてよマスター。私は最初からマスターの指示に従うわ!」

「わ、わ、私もです! 旦那様の言いつけは絶対です! ずっとついて行きますから!」


 アリシアとクナはそう言ってくれた。

 そしてルミルは――


「はぁ~。なんかあたしが堕落させようとする悪者みたいじゃん……。あのね、別にあたしは調査がイヤって訳じゃないの。そういう選択肢もあるんじゃないかって思っただけ。だからさ、お願いするんじゃなくて、堂々と命令してくれればいいんだよ。アンタはあたしのご主人様なんだからさ!」


 そんな、ちょっとつんけんした態度をアリシアとクナに弄られ始める。

 そんな仲間達を僕は心から頼りにしていた。


「みんな……ありがとうございます! なら明日も森の調査を続行しますよ!!」


 そうしてみんなが騒ぐ中、確かな絆を感じるのだった。

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