「人間なんて生き物はマジでこっちの思考とは真逆の発想に至る時があんだよ」
「分かりました。どんな依頼ですか?」
「……ノータイムで決断か。わきまえてるじゃねぇか」
元々こっちが勝手をしてしまったのだから、それを償える機会をくれるのなら拒否する理由はないだろう。
「お前たちには調査を依頼したい。ノビリン村の西に広がるあの森の調査だ」
「分かりました。明日行ってみます!」
そう答えると、彼のターバンから覗く目が細くなった。なんだか呆れられているような目だ。
「お前なぁ、いくらなんでも即決しすぎじゃねぇか? これはギルドのクエストじゃねぇ。報酬は出ないし誰かに自分の行いを認めてもらう訳でもねぇんだぞ?」
「いやでも、これはこの秘密基地を勝手に使ってしまった事による償いなので、見返りを求める訳にはいかないじゃないですか。それで、具体的には森に行って何をすればいいんですか?」
ショウさんは再度、呆れたようにため息を吐いていた。
「具体的な指示は何もねぇよ。西の森には魔物が多く住み着いてる。だから定期的に見回らないと何かが起こっていても気付かねぇんだ」
「ノビリン村にも冒険者はいますよね? 彼らが見回っているのでは?」
「いや、あそこに滞在している連中はマジで危機感がねぇ。以前は森の魔物を狩って食料にしていたが、最近では家畜を育てて森にはほとんど入らねぇ。のんびりしすぎて魔物と人間で食物連鎖の頂点を争う現状を忘れちまってやがんだ」
な、なるほど。平和なのはいいけれど、平和ボケをして危険信号を見逃してしまっては遅いんだと、彼はそう言っている訳だ。
「ならショウさんがそれを村のみんなに伝えればいいのでは? どうして僕を使うんです?」
「……」
彼は僕の目を見て黙っていた。そんな、少し重々しい雰囲気に気圧されてしまう。
「なんつーのかなぁ……俺はもう俗世とは関わらねぇようにしてんだ。お前には分からねぇかもしれねぇけどよ、人間なんて生き物はマジでこっちの思考とは真逆の発想に至る時があんだよ。例えば俺が、『森の様子は定期的に見た方がいいぞ。それが村の平和にも繋がるんだから』とアドバイスをすっぺ? けど人はそれに怒りを覚えたり、変に因縁をつけたりするんだよ。親に部屋を掃除しなさいって言われてキレる子供みたいな感覚なんかなぁ? とにかく人間ってのは機嫌の良し悪しだけでも解釈を歪めたりする。俺はそういうのに振り回されんのが嫌なんだわ」
いや分かる。僕も仕事をしていた時にそういう経験は少なからずあった。
「僕にもありますよ。先輩から『掃除が汚いからもっときれいに洗うように伝えてくれ』って言われて、同僚にそれを言ったんですよ。そしたらその同僚は僕に目を付けていちいち絡んでくるようになったんです。アレってなんなんですかね? なんで先輩じゃなく、それを伝えた僕が因縁をつけられるんでしょうか……」
「んだっぺ? 人間なんてのはそういうもんななんだって。ある意味、魔物よりも人間の方が面倒くさいってのはそういうとこだやぁ……」
なんだか妙に納得のいく例え話に、僕は何度も相槌を打っていた。
そんな僕達をお互いのガチャ娘は見守り、いつしか人間とガチャ娘とで話し合うグループに分けられていた。
「でも面倒くさいと思っていても僕に依頼するんですから、ショウさんは優しいじゃないですか」
「ちげって。ヤバそうな事実に気付いていながら見て見ぬふりをするのも気持ち悪いべ? けど口を出して変に目ぇ付けられんのもイヤっつぅ中途半端な気持ちなんだわ」
そんな風にしゃべっている間に、ショウさんの食事も飲み物も空になった。
「さ、今日はそろそろお開きにすっぺ。ベッドは貸さねぇから、さっさと村の宿でも取るんだな」
「……」
ぐぬぬ、やっぱりそううまくはいかないか。あわよくば今日くらいはここに寝泊まりさせてもらえるかと期待していたけどダメみたいだ。
「ケケケ、今日くらいは泊めてほしいって顔してんな。けど甘ぇよ」
「あ、いえ、そんな事は思ってないですよ。あはは……」
見抜かれた事に動揺しながら、僕はみんなに声を掛ける。そうして足早に立ち去ろうとした。
ショウさんは何も言わない。だから部屋を出る時にチラッと彼の様子を伺った。
ショウさんはなんとも言えない目で僕をジッと見ていた。相変わらずターバンや布でその表情は見えない。けれど、その鋭い視線だけはしっかりと僕を射抜いていた。
「なんだかな~。今日くらい泊めてくれたっていいのにね」
ルミルがボヤキながら先頭を歩く。そんな言葉に、僕はどこかデジャブを感じていた。
僕が日本で仕事をしていた時、同じような空気を度々経験してきた。上司が部下に対して厳しく接するようなそんな空気だ。
あえて何も言わず、僕がどんな人間で、どんな判断で仕事をするのか見定めようとするような空気。
邪魔者を遠ざけようとするのではなく、あえて突き放す事で僕の人格を見定めようとする行為。
なんとなく、それに近いものを感じた。まぁ僕の場合、全然期待に応えられなくて結局見限られる所までがテンプレだった訳だが……
「仕方が無いですよ。とりあえず今日はノビリン村の宿屋に泊まりましょう」
そうして僕達は村へと戻り、一夜を明かすのだった。
――次の日。
「では、今日はノビリン村でこれまでに貯めた素材をトレードしつつ、周辺の魔物の情報を聞いていきますよ」
そうして久しぶりに、僕はギルドの近くで商人モードへ切り替えて育成素材のトレードを始める。
アリシアとルミルはいつものように客引きやサポートをしてくれて、初めてのクナはオロオロしながらその光景を見守っていた。
「数日分の素材を交換したけれど、レートはあまり高くなかったわね」
そう、アリシアの言う通りレートは高くない。しかしそれは当然だろう。
ここ最近は交換をしていなかったため、SR育成素材は少し多めになっていた。だから冒険者も一個交換するのに多くの素材を出そうとはしない。
それでも全ての素材を売りつくして、現在の手持ちはこうなった。
・SR育成素材 ×0
・R育成素材 ×80
・N育成素材 ×52
・Rスキル上げの書 ×9
・Nスキル上げの書 ×9
・上限解放の秘薬 ×3
レベルの上限を上げるアイテムと交換できたのは嬉しい誤算だったかもしれない。結構なレアアイテムだからだ。
これらの素材を使って、まずはアリシアとルミルのレベルを上げる!
名前 :アリシア(覚醒)
レアリティ:HN(三段階目)
レベル :180
体力 :G
攻撃力 :H
防御力 :G
素早さ :E
精神力 :G
探知 :G
スキル1 :韋駄天LV10
スキル2 :状態異常付与LV1
必殺技 :無限刃
:風迷路
:断斬
装備 :宝刀輝夜(ランク5)
:風の鎧(ランク5)
魔石 :精神力上昇LV9
推定戦力 :50万3000
名前 :ルミル(覚醒)
レアリティ:HN(三段階目)
レベル :180
体力 :G
攻撃力 :E
防御力 :G
素早さ :H
精神力 :H
探知 :F
スキル1 :サーチLV1
スキル2 :不可視化LV10
必殺技 :爆壊
:震魂
装備 :落雷のハンマー(ランク4)
:玄武の鎧(ランク4)
魔石 :防御力上昇LV9
推定戦力 :47万2000
「おぉ~! 私達も少しずつカルルの戦力に近付いてきたわね!」
「あたしのスキルレベル、やっと上げてもらえた……それでもサーチのスキルを上げてくれないのはなんなの!?」
え、だってアレは別にレベルが低くてもある程度のニュアンスは伝わるし……
それだったらレベルを上げた方が効率いいし……
「そんな事よりも、次はクナさんに素材を使いますよ」
「そんな事!?」
僕はルミルをスルーして手持ちの素材を全てクナに使用した。
名前 :クナ
レアリティ:HR(三段階目)
レベル :117
体力 :N
攻撃力 :O
防御力 :N
素早さ :M
精神力 :M
探知 :M
スキル1 :鉄壁LV1
スキル2 :マスターシールドLV10
推定戦力 :11万1600
「アリシア様とルミル様の戦力には遠く及びませんね……」
「まぁ、加入したばかりなので気にしないでください。防御型ですし、自分のペースで少しずつ出来る事を増やしていきましょう」
「は、はい! 旦那様のために頑張ります!」
クナも気合は十分のようだ。まぁクナはまだ装備も魔石もなんも無いし仕方ない。
そうして次に、僕たちはギルドの中で色々と情報を集める事にした。
「ギルドのクエストで討伐対象になっている魔物は……おおよそ戦力35万前後ですか。以前戦った悪鬼もこの周辺に野良で出没するみたいですね」
もはや戦力35万くらいならどうってことはない。アリシアもルミルも、カルルと戦ってから一皮むけたような状態だ。
今なら悪鬼にもサシ勝負で勝てるんじゃないだろうか? それでも僕達は魔物の情報を念入りに聞いて回った。
「えっと、色々聞いた結果、魔物の種類は結構多いですね。その中でも特に強いのは『悪鬼』、『ドラゴロン』、『奇面樹』との事です。僕達は西の森でこれらの魔物を討伐しながら、ショウさんの依頼を調査していきますよ」
正確に言えば、僕とクナが襲われた時の毒を吐くトカゲ『ポイズンリッカー』とか色々いるんだけど、ヤバい魔物をピックアップするとこの三種類らしい。
だからとりあえずこれらの魔物をしっかりと討伐しつつ、森の様子を見て行こうというのが今日の試みだ。
その前に一度、僕は近くにいる冒険者に現状を確認してみる事にした。
「すみません。西の森って最近になって何か変わった事ってありますか?」
そう聞くと、その中年の冒険者はおっとりとした口調で答えてくれた。
「ん~? 特にないんじゃないかな? まぁ最近はあまり入ってないけどさ」
「どうして入らないんですか? 森の中で魔物が大量に繁殖とかしたらヤバくないですか?」
しかしその冒険者は笑いながら返してくる。
「向こうも人間を怖がっているから何もしてこないよ。この村はそういう魔物との住み分けができているんだ。だから家畜を飼っていれば森で狩りをする必要もないんだよ」
……なんと言うか、ショウさんが言った通りかもしれない。なんの根拠もないのに、この村の人達は危機感を覚える事も無く、謎の安心感を抱いている。
楽観的というか、マイペースというか。
人を襲うために進化していく動物が『魔物』だと言うのに……
とりあえず僕達は西の森に入る事にした。何はともあれ、ショウさんはこの森で何か懸念を抱いている。それを見つけなくては!
「さぁ、ここからは本格的にバトルの時間ですよ。アリシアさんはいつでも魔物に対処できるようにしてください。ルミルさんは魔物の気配を探りつつ、アリシアさんとの連携を意識するように。クナさんは僕の護衛です。そうする事でアリシアさんとルミルさんが敵の討伐に専念できますから」
「任せておいてマスター!」
「今回からホントにご主人をお願いねクナ」
「は、は、はいぃ! 全力でお守り致します!」
そうして僕達は西の森に踏み入る事にした。
ここで何が起きているのか。どんな事が待ち受けているのかはまだ分からない。それでもみんなは十分な戦力を身に付けている。
そう信じて、僕は気を引き締めて森へと向かうのだった。




