「その気持ちのまま一緒にいてほしいでんです!」
「あれ、ここは……?」
ジン様が目を覚まして、横たわった状態のままキョロキョロと周りを見渡します。
「ジン様は魔物に噛まれて毒が回り、意識を失っていたんですよ。でもアリシア様やルミル様が必死に看病をいたしましたので、もう大丈夫だと思います。魔物もいないはずなので今はゆっくり休んでください」
そう伝えるとジン様は安心したように脱力して、仰向けのまま話しかけてきました。
「クナさんは大丈夫でしたか? ケガとかしませんでしたか?」
「い、いえいえ、大丈夫です! ジン様が守ってくれたおかげでなんともありません。ありがとうございました。……けど、本来なら私が守らなくちゃいけないんですよね。本当にすみませんでした……」
私がそう謝ると、ジン様は小さく笑ってくれました。
「いいんです。僕のパーティーはそういう決まりなんてありませんから。ガチャ娘だろうが人間だろうが、困っていたらその人に手を差し伸べる。そういうパーティーにしたいんです。だからあの時は僕が前に出る状況かなって」
「……優しいんですね……」
そう。本当に優しくて、力になってあげたいと思えるお人です……
「でもダメなんです。私は……本当に何も無いんです! レアリティはRですけどグズでノロマで……ガチャ娘の中では最底辺のポンコツなんです……」
涙が溢れます。自分で言ってて悲しくなりました。でもこれはどうしようもない事実だから……
「グスッ……誰からも期待なんてされなくて……実際に役に立ったことなんてなくて……何かお役に立ちたくても、それが逆に迷惑なんじゃないかって思うと体が動かなくなっちゃうんです……」
もう私の顔はクシャクシャだったと思います。嗚咽で声もまともに出せなくて、それでもジン様にお願いをしました……
「もう……私の記憶を消してください。その方がジン様の役に立てる気がします。少なくともこの辛気臭い性格は治るはずですから……」
「……」
ジン様は何も言いません。自分の左腕を目の前に掲げて、ケガの様子を確かめていました。
「……僕って冒険を始める前は、色んな仕事をしていたんですよ」
そして突然、そんな事を言い始めました。
「飲食店で働いた事もあるし、工場でオイルまみれになった事もあります。清掃業に携わった事もありますし、引っ越しのお手伝いもしたことがあります」
巻いてある包帯をさすったり、左手を握ったり開いたりを繰り返して怪我の具合を確かめながら話を続けます。
「でも全部うまくいきませんでしたね。後から入ってきた後輩に追い抜かれて、陰では仕事を覚えるのが遅いとバカにされてました。上司に怒鳴られて落ち込む事もありました。そしてその度に逃げるように仕事を辞めて今に至ります。クナさんがガチャ娘の最底辺だというのなら、僕は人間の最底辺なんですよ」
そうして私の方を向いたジン様は、やるせないような笑みを浮かべていました。
「クナさん、僕を助けてくれませんか? 傷の舐め合いって言ったら失礼かもしれませんけど、優秀なメンバーに囲まれるよりも、同じレベルの人が一緒の方が僕は安心します。そうやって、二人合わせて一人前って組み合わせも悪くないと思うんですよ。クナさんは今、僕の役に立ちたいと思ってくれているんですよね? 記憶を消してしまったら、その想いまで消えてしまうんじゃありませんか? 僕は、その気持ちのまま一緒にいてほしいでんです!」
そんな熱烈な言葉に、私の顔は熱くなってしまいました。
「それにクナさんには旦那さんがいるんですよね? 記憶を消したらその人の事まで忘れてしまうんですよ?」
そう。私には夫がいます。……いるはずなんです。それだけが生きがいだったんです。……なのに、今ではジン様の言葉が胸に刺さってズキズキと痛んでいるのでした……
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「えぇ!? 主様と結婚って出来るんですか!?」
ガチャ控え室にいた頃、私は結婚に強い憧れを抱いていました。
「うんうん。あたいが召喚された時に見た限りでは、ガチャ娘と主様がラブラブって組み合わせは少なくなかったよ~」
結婚、それはお互いがお互いを好きでいるため、ずっと一緒にいるという誓いを立てる事!
結婚、それは私が相手を一番に想い、相手が私を一番に考えてくれる事!
「そ、そ、それで、そのペアってやっぱりラブラブなんですか……?」
「そりゃもちろんそうだよ~。手を握ったり~、耳元で何かを囁いたりしてるんだよ~」
う、うわぁ~、素敵だなぁ。そんな相手に出会えたら、毎日幸せで浮かれちゃうじゃないですか!
だけど私のレアリティはR。そもそも使ってくれる事自体なかなかありません。
「わ、わ、私、いつ召喚されてもいいように身だしなみは常に整えておかなくちゃ……」
「お? やる気だねぇ。お互いに良い主様に出会えるよう頑張ろうね!」
そうして私は、優しくてカッコよくて私を大切にしてくれる主様を待ち続けました。
そしてついに、私は人間界に召喚されたのです!
「あ、あ、あの……クナと言います。レアリティはレアですけど、一生懸命頑張りたいと思います! どうかよろしくお願いします!」
「へぇ~……結構オッパイ大き……いや、可愛くて真面目そうじゃん。いいぜ、俺のパーティーに加えてやるよ。俺はレーハム。よろしくな!」
私を召喚した主様は、なんと私を迎え入れてくれたのです。その表情は優しさに満ちていて、すごくたくましくて頼りがいがありそうな男性でした。
「え~!? でもSRじゃないじゃん。本当に連れて行くの?」
レーハム様にはすでに三人のガチャ娘を付き従えていました。
一人目は剣と盾を使い、近接戦闘にめっぽう強いソーダ―様。
「虹色オーラも出せん子連れてたら、レーハム様が笑い者になってまうで?」
二人目は槍を巧みに使い、絶妙な間合いで魔物を翻弄するスピアラン様。
「だったらさ、とりあえず家の掃除とかさせればいいんじゃない?」
三人目は怪力と素早さで敵を圧倒する、武闘家タイプのナックリン様。
「そうだな。じゃあクナは俺の家で掃除や洗濯をしてもらおうかな。クエストから帰ったらうまい飯が用意されてるってのも悪くねぇ!」
「わ、分かりました。精一杯務めさせていただきます!」
こうして私は、レーハム様の家で家事をする担当になりました。
レーハム様のパーティーはかなり育成されていて、活躍する毎日が続きます。そんな話を聞くと私も嬉しくなり、誇らしい気持ちになりました。
メンバー全員が近接戦闘型と少しアンバランスな感じはしますが、皆様はしっかりと連携が取れているようでした。その息の合ったガン攻めは気持ちがいいと評判で、正に『攻撃は最大の防御』という言葉が似あう戦い方だったといいます。
そんな皆様はとても仲が良く、家でも外でも笑顔が絶えないほどでした。
しかし、私はまだまだ新参者だったのでしょう。どこか皆様との距離があるといいますか、疎外感を感じてしまう場合があるのでした。
レーハム様は三人と夫婦らしく、いつもその三人を可愛がっていました。そんなレーハム様に、私はヤキモキとした気持ちをずっと募らせてしまいます。
私も可愛がってほしい……
沢山褒めてほしい……
名前を呼んで、その手で触れてほしい……
一か月以上レーハム様に仕えた私は、ある日我慢ができなくなってせがんでしまいます。
「レーハム様! あの……もしよければ私とも契りをむすんでくださいませんか! 私もレーハム様と夫婦になりたいのです!!」
勇気を出してそう懇願しました。するとレーハム様は少し驚いたような表情を浮かべながらこう言ってくれました。
「あ~……ん~……そうだなぁ……分かった! それじゃあクナも俺の妻にしてやろう! 今日のクエストが終わって家に帰ったら式をあげてやる。豪華な料理を作って待ってろよ!」
嬉しかった。本当に嬉しかったんです。ついに念願だった結婚ができるのですから。
私の思い描いていた『自分だけの夫』という訳にはいきませんでしたが、それでも結婚は結婚です。私はついに幸せな妻になる事ができたんです!
その日はもう胸がいっぱいで、浮かれながらも必死に家事をこなしました。
作り過ぎるくらいの料理をテーブルに並べ、今か今かとレーハム様の帰りを待ちます。そんな時でした。
――ジ……ジジジ……
一瞬視界が歪んだかと思ったその刹那、なんと私は元のガチャ控え室に佇んでいました。
訳が分かりません。なぜ私は元の世界に戻されたのでしょう……
しばし状況が掴めない私は、その場で茫然と立ち尽くしてしまうのでした……




