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「クナさんは下がっていてください。僕が時間を稼ぎます」

「い、い、行き止まりに追い込まれてしまいました……」


 トカゲのような魔物から逃げ回っていたものの、僕達は行き止まりへと追い詰められてしまっていた。これは冗談抜きの本気でヤバいぞ……


「クナさん、シールドのスキルがありましたよね? それを展開して籠城しましょう」


 槍を魔物に向けながらそう指示を出す。するとジリジリと迫って来る魔物の口が急激に膨らんだ。

 喉元の袋が仄かに光り、口が僕達の方角へと固定される。それを見た僕は咄嗟に叫んでいた!


「早くスキルを! 攻撃してきます!!」

「は、はい! スキル『マスターシールド!』『鉄壁!!』」


 僕達の目の前に巨大な盾が出現した。その盾は半透明であり、敵の挙動もしっかり確認する事ができる。

 魔物はこの盾に向かって口から得体のしれない液体を噴射した!


 ――ジュウウゥゥーー……


 何か嫌な音と煙が上がる。あんな液体を生身で浴びると思うと背筋が凍り付くようだった……


「よし、とりあえずこのまま守りを固めましょう!」


 だがその巨大な盾は少しだけ残ったものの、すぐに消えてしまった。


「ちょ!? クナさん? なんで消すんですか!?」

「ち、ち、違うんです。私、こういうスキルにも慣れて無くて……なんか勝手に消えちゃうんです!」

「なら、もう一度出してください!」

「は、はい! スキル『マスターシールド!』」


 しかし、盾はもう出現してくれない。恐らく、リキャストタイムに入ってしまったんだと思う。


「ど、どうして出ないの!? あ、あわわわわ……」


 クナさんがパニックになり、怯えながら壁に身を押し付けていた。それを見て僕は思う。

 ここは僕が頑張らないといけない場面なんだと……

 分かってる。普通ならガチャ娘である彼女をどうにかして戦わせるだけの戦意を上げる方がいいはずだと。けど今の彼女と僕との距離感では何を言っても建前としか感じられないんじゃないだろうか?

 結局、僕のために魔物に立ち向かってくれるだけの言葉を僕は伝えられる気がしないんだ……


「クナさんは下がっていてください。僕が時間を稼ぎます」


 そう言って、僕は槍を構えて前に立つ。

 二人が助かるには、こうする以外にない気がした。

 一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。大丈夫。気持ちでは負けてない。

 マンガやゲームが好きな人なら何度かイメージしたことがあるんじゃないだろうか? 仮に女性がピンチになった時、その場面に出くわした時のイメージを。

 主人公に憧れて、自分だって誰かを守れる存在になりたくて……。必死に敵と戦うイメージを描いたんじゃないだろうか?

 それが今で、あとはもう戦う覚悟があるかどうかだけ。大丈夫、あの毒液を飛ばす攻撃はしばらく使えないはずだ。

 喉元の袋がしぼんでいる。そう、生物はみんな万能じゃない。タコやイカは墨を吐くのは奥の手で、そう何度も連続では出せないそうだ。

 何かを飛ばすという行為は無限にやれるわけじゃない。その分チャージしないといけないはずなんだ。

 僕は槍の先端を魔物に向けて、ザッと一歩ステップを踏む。すると魔物は警戒してその分だけ下がっていった。

 これでいい。僕に必要なのは攻撃を仕掛ける事じゃない。相手を警戒させて時間を稼ぐことなんだ。

 今こうしている間にもアリシアは僕達を探してくれている。あの高速移動なら地下迷宮だろうと見つけてくれるのは時間の問題だと思う。だとすれば、少しでも時間を稼げればそれだけ僕達が生存する可能性が高くなるんだ。


「ギィ、ギィイ!」

「来るなら来い! うおおっ!」


 魔物が僕に向かって威嚇をする。僕もそれに負けずと声を張り上げた。

 少しでも魔物が怯むように。少しでもアリシアが僕達を見つけてくれるように。

 だけど僕からは絶対に攻撃は仕掛けない。この魔物、壁も天井も関係なく移動できる上に割と機敏だ。僕の攻撃を避けた瞬間に、構え直す間もなく襲われたらひとたまりもない。

 ただ正面から突撃されないよう、常に槍の先端を魔物に突き付ける。こうして膠着状態を維持するんだ。


「ギギィ!」


 ついに魔物が動き出した。壁に張り付いたりと移動をして僕の隙を伺ってくる。

 僕もこれ以上ただ突っ立っているだけだど危険だ。的にならないようにステップを踏む。

 ちょうど反復横跳びをするように、動き続けて狙いを定めにくくする。


「キシャー!」


 ついに魔物が飛び掛かってきた。僕は構えていた槍で思い切り突く!

 カツン!

 僕の攻撃は魔物の体を掠めるだけで直撃とはいかなかった。僕みたいな素人だと、槍の刃先を狙った所へ突き刺すのでさえ難しい。

 魔物は一瞬僕の攻撃に体をすくめるが、その一撃が浅いと気づくと一気に襲い掛かってきた。僕に向かって飛び掛かり、その鋭い爪を突き立てて来る。

 その魔物の攻撃を僕は紙一重で回避する。自分で思った以上にこの体は動けるようだ。

 ……この身体能力に気が付いたのは、この世界で冒険を初めて数日経った頃だ。日本で生活していた時の僕は、仕事を辞めてしばらくはゲーム三昧の引きこもりであった。

 当然、体は運動不足で弱っていたと思う。それがこの世界に来て、毎日が歩きっぱなしだというのにさほど筋肉痛にもならなかったのである。

 結論としては、僕の体は日本にいた時の物とは別だという事。顔や背丈は同じなんだろうけど、この世界での体は出来たばかりで鈍ってはいない。だから割と動けたりするのだ。


「ここだぁ!!」


 すぐに体制を立て直し、魔物に向かって渾身の突きを繰り出した。

 ドスッと気持ちの悪い感触が伝わり、僕の一撃は魔物の横腹に突き刺さった!


「ギュイィ~!!」


 すると魔物は激しく体を振るい始めた。

 凄まじい暴れっぷりに、突き刺した槍が僕の手の中で激しく震え、ついに槍を支えきれなくなる。なんと槍は魔物の横腹に突き刺さったまま、僕の手元から振り払われてしまっていた。


「キシャーー!!」


 その魔物は槍が突き刺さったまま、僕に向かって飛び掛かってくる。あまりにも奇抜で流れるような動きに、『ヤバい!』と感じた時には魔物の剥き出しの牙が迫っていた。

 僕は咄嗟に左腕を前に出す。もう避ける事は不可能で、こうする以外に方法はなかった……

 僕は日本で生活していた時に、『もしか弱き女性が不良に絡まれていたら』というシチュエーションを想定した事が何度もある。

 カッコよく助けるマンガの主人公になりたかったからだ。けれど、当然引きこもりの僕にはそんな状況に出くわす事も無かったわけだが、それでもいつもイメージしていた。

 ……もしも相手の攻撃が避けられない時は、左腕一本を犠牲にしよう、と……


 ――ガブッ!


 前に突き出した左腕に、魔物が思い切り噛みついてくる。でもこれでいい。きっと軟弱な僕にはこれくらいの犠牲を払わないと誰かを守れない!

 僕はそのまま腰に携えている短剣を抜いた。いつも魔物を解体してお金に換える時に使うナイフだ!


「うおおおっ!!」


 僕の左腕に噛みついたままの魔物に、思い切りナイフを突き立てる! それでも魔物は噛みついた口を放さなかった。


「くたばれえええっ!!」


 必死になって叫びながらナイフに力を込める。すると刃先は魔物の肉を裂き、そこから変色の体液が噴き出した。

 魔物が暴れ始める。それでも僕はさらにナイフに力を込め、少しでも魔物にダメージを与えようと死に物狂いだった。

 腕の痛みは感じない。興奮状態だからだろうか? とにかく今の僕には目の前の魔物を撃退して、怯えるクナを助けたかった。


「ギュウゥ~ン……」


 魔物が口を放して僕から距離を空けた。槍は魔物に刺さったままなので、僕はナイフを構えたまま魔物を睨みつける。するとそこに――


「マーースーーターーー!!」


 聞き覚えのある声と共に、アリシアが一瞬で魔物の真上に出現していた。そのまま手に持つ刀を地面に向かって突き刺すと、魔物の体を貫通して地面と一緒に張り付けとなる。


「ご主人大丈夫!? ケガは無い!?」


 次にルミルが僕のそばに駆け寄ってきた。きっとアリシアの体に引っ付いていて、そのまま魔物と戦うアリシアから分離したんだろう。


「あはは……まぁ、その、ちょっと噛まれちゃいましたけどね……」


 そう言って改めて傷口を見る。すると思った以上に傷は浅いように見えた。

 思い切り噛みつかれたので、もう左腕はボロボロのグチャグチャになってしまったかと思ったけれどそんな事もない。二人が駆けつけてくれた事もあって、なんだか安心して力が抜けてしまった。


「あ、あれ……?」


 気が抜けるのと同時に眩暈がした。なんだか視界がグルグル回っている気がする。

 そのまま僕は地面に倒れ込んでしまった。


「ご主人!? 大丈夫!? ねぇしっかりしてよ! ご主人様ぁ!!」


 ああ、ルミルの声がだんだん遠くに聞こえてくる。ルミルが僕の事を『ご主人様』と呼ぶときは、大抵機嫌がいい時か、もしくは大真面目な話をする時なんだよなぁ。

 そんな事を考えているうちに、僕の意識は闇の中へと落ちていくのだった。

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