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「ごめんなさい……」

「ルミルちゃん止まってください。リアちゃんの意識がある所に到着しました。そこからちょい右……もう少し下がってください」


 そうリキュアが細かい指示を出す。確かにそこにはリキュアと別の、生命と呼べる輝きのようなものが感じられた。

 ……これが、リアちゃんの魂!


「それをカルルがすくい上げて、私の意識を司る所まで引き上げてください!」

「了~解! そっと包み込んで……よし! ルミル、バックだ。引っ張り上げてくれ」


 私とカルルの混ざり合った魔力は、目的のリアちゃんを抱えて浮上を開始した。


「月の陰りがほとんど無くなりました。残り五分あるかどうかって感じです!」


 マスターが月の状況を教えてくれる。それに反応して後ろのルミルが魔力の綱を急いで引き上げようとしていた。


「……っ!? はぁ……はぁ……」


 するとリキュアの息が荒くなっている事に気が付いた。肩が大きく上下して、時折眠気を払うように首をブンブンと振っている。

 そっか。リキュアの奥底で眠っているはずのもう一つの意識を呼び起こそうとしているんだもの。リキュア本人は逆に意識が混濁しているんだわ……

 もし途中でリキュアの意識が途切れたら、私達の魔力は一気に押し潰されてしまうかもしれない。


「リキュア、大丈夫?」

「……はい! もう少しなんです。みんなが上に浮上するまで、私は絶対に意識を手放しません!」


 リキュアの確固たる決意の表れだったと思う。

 そうだよね。ずっとこの日を夢見て来たんだもん。そりゃ気合も入るよね。

 素直に凄いなぁと思ったその時だった。


「リキュア……」


 なんとリアちゃんのお母さんが、リキュアの前に膝を付いて座ってきた。

 こんな時にヒステリックになられたらマズい。そう思ったのだけれど、その表情は穏やかだった。


「今まで……ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに、確かにそう言った。


「リアのためにずっと尽くしてくれたのに、私は焦るあまり怒鳴る事が多かった。こんなギリギリのタイミングまで言えなかったのも許せる事じゃないだろうけど、本当にごめんね。そして今までありがとう」


 最後だからだ。

 これがリアちゃんと意識を交換する前に交わせる最後の言葉。だからそのお別れの言葉なんだ……

 そんなお礼を言われたリキュアは、小刻みに震えていた。

 私からはリキュアの表情は見えない。けれど、きっと最後の最後でわだかまりを消せる言葉を聞けたんじゃないだろうか?


「リアをなんとかしたくて、藁にもすがる思いであなたとカルルを呼び出したけれど、それは間違いじゃなかった。あなたが家に来てくれて、本当に良かったわ。ありがとうね」


 その表情は見えないが、後ろからでもリキュアの頬を伝う涙が零れるのを私は見た。


「あぁ……ずっとずっと誰かのために何かをしたくて、こんな形でしかお役に立てなくて……。でもようやく、報われました……」


 私には分かる。リキュアもカルルもレアリティがノーマルだから、きっと誰にも使ってもらえなかったんだ。だからもう自分の体を提供してでも自分の存在を無駄にしたく無かった。

 怒鳴られて、睨まれて、結果が出せなくて、傷付いて……

 それでも最後まで諦めず、その目標に向かって突き進み、ようやくその全てが成就して報われた。それがガチャ娘にとってどれだけ嬉しい事か。


「あなたの事、忘れないからね」


 リアちゃんのお母さんが、リキュアの首に腕を回して抱きしめる。それをカルルも噛みしめるように見守っていた。


「リキュアの意識の源に辿り着いたわ。すぐに入れ替えるわね」


 私がそう言うと、リキュアも、カルルも小さく頷いてくれる。そしてカルルもまた、リキュアに一言だけ挨拶をすました。


「リキュア、今までありがとうな。実際リキュア(おまえ)と一緒に過ごす時間は短かったのかもしれないけど、いい相棒だと思ってたりなんかするからさ」

「はい。私もですよ。リアちゃんの事、頼みましたからね」

「おう、任せとけ!」


 そうしてついにリキュアの意識をずらして、そこへリアちゃんの魂を据える。するとリキュアの体はビクンと大きく震え、リアちゃんのお母さんに抱きしめられたまま脱力したようになった。

 バツン! と、私達の魔力が一気に押し潰される。リキュアの意識が無くなった事と、月が完全に姿を現した事で混ざり合う効果が完全に切れたのだった。


「リア、私が分かる? 目を開けて……」


 そう呼びかけると、脱力していたリキュアの体に力がこもる。そして寝ぼけた子供のような声を上げた。


「……う~ん。あれ? 私どうしてたんだっけ? それにこの場所って……」


 敬語が無くなっている。それは完全にリキュアではない事を意味していた。

 そして次第に意識を覚醒させていき、状況を理解し始めた。


「確か私、リキュアと交代したよね? あれ、もしかしてアレから物凄く時間経ってる? 次の星と星が重なる日まで時間進んでる?」


 いいえ、とリアちゃんのお母さんが優しく教える。


「あなたがリキュアと交代した後、すぐにもう一度儀式をやってあなたを引っ張り上げたのよ。ここにいるみんなの力でね」


 それを聞いてリアちゃんは周りを見渡した。そうして私と目が合った時、少し驚きながらも納得がいったように呟いた。


「アリシア……さん!? そっか。やっぱり来てくれたんだね。うん、うん。みんなと協力して私を引っ張り上げた記憶が鮮明に残ってる。私の都合で巻き込んじゃってごめんなさい……」


 そんな事ないわ、と私は首を横に振る。

 次にリアちゃんは正面のお母さんに向かっておずおずと言った。


「お母さんもごめんなさい。リキュアに成り代わっていた事、ずっと言えなくて本当にごめんなさい……」

「っ……」


 リアちゃんのお母さんが息を呑むのが分かった。きっと安心したような、申し訳ないような、複雑な気持ちなんだと思った。


「病気の体に生まれてきてごめんなさい。今まで沢山迷惑かけてごめんなさい……」


 さらにリアちゃんは言葉を続ける。ずっとずっと募らせていた想いを吐き出すように謝り続けた。


「こんなやり方でしか自分の気持ちを伝えられなくてごめんなさい。言いたい事もはっきり言えない弱い私でごめんなさい……」


 その時に、リアちゃんをお母さんは抱きしめた。嗚咽をこぼしながら、強く強く、その小さな体を抱きしめていた。


「だけどね、こんな私にカルルとリキュアは優しくしてくれたの。とっても大切な家族なの。だから……二人の事を怒ったり責めたりしないであげて。みんなが仲良しになってくれる事だけが私の願いなの……」


 それを聞いたリアちゃんのお母さんはついに泣き始めた。娘の体を抱きしめながら、声を張り上げて泣いていた……


「私のほうこそごめんなさい……ずっとずっと嫌な態度でごめんなさい。あなたがいなくなったと思ってから……気が狂いそうになって周りに当たり散らしていたの……カルルもリキュアも本当に親身になってくれたのにごめんなさい……娘にこんな事を言わせて本当にごめんなさい……もう二度と間違いを起こさないと誓うから……だから……もう私のそばからいなくならないで……うあああああぁぁ……」


 そんなお母さんを、リアちゃんもギュっと抱きしめ返す。そしてあやすように背中をポンポンと軽くたたきながら、その言葉に耳を傾けていた。

 正直、この時の私は感動して目頭が熱くなっていた。そんな私を後ろからコツコツと小突く感覚がやたら鬱陶しい。

 どうやら親子の邪魔をするなと言いたかったようで、ガン見していた私はカルルに首根っこを掴まれて引きずられてしまっていた。


「うぅ……成功して良かった。本当に良かったわ……ぐすんっ」

「あはは。なんでアリシアが泣いてるの?」


 親子から少し離れた所で魔物の警備をする私達。そんな中でなぜかルミルが私を指さして笑っていた。


「いや逆になんでルミルは泣かないの!? こんなん泣くでしょ普通!」

「いや、あたしもご主人も今夜はアリシアにくっついて来ただけだからさ。いい話だとは思うけどそこまで思い入れは無いっていうか……」


 なにそれ! ルミルだって必死にカルルと戦ってここまで来たのにぃ!!


「それにさ、あたし達だけじゃなくて、あのお父さんだってクールじゃない? せっかく娘が戻ってきたのに、ずっと背中を向けて仁王立ちしてるよ?」


 確かに。リアちゃんのお父さんは寡黙だとは聞いていたけど、こんな時くらい泣き叫んでもいいのに……


「僕にはなんとなく分かりますよ」


 ふと、マスターがお父さんを見つめながらそう言った。


「父親っていうのは言葉を交わしても表現しきれないところがあるらしいですよ。だから父親というのは言葉よりも、その背中で。生き様で語るものだと聞いたことがあります。話を聞く限り、家族のために働いて相当なお金を用意したり、ガチャ娘の厳選で時間を使ったらしいじゃないですか。それだってれっきとした愛ですよ」


 ふ~ん。そういうものなのかしら?


 周囲を警戒する私達に見守られ、その一組の家族は泣き声をあげて再会を分かち合う。

 泣き止まない母親と、静かにその温もりを確かめる娘。そして立ちながらにして小刻みに肩を震わせている父親とそれぞれだ。

 そんな家族に最後まで関わった私の事件はここで幕を閉じる。

 どちらがガチャ娘かを当てるクイズというイベントから始まったこの騒動は、なんとか私の納得のいく結末を迎えられたようだ。

 願わくば、これからもあの親子が幸せな暮らしを続けられますように。私は心の底からそう祈らざるを得ないのだった。

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