「肉壁に閉じ込められて全身を揉みしだかれている気分だわ」
「ちょ、ちょっと待って! もう一度って言われても、儀式に必要なアイテムはもう使い切ってるんだ。そんな状態で行っても成功する訳が――」
「そのアイテムって何の役目があったの? 本当に今でも必要なの?」
慌てるカルルに私は再度問いただした。
「必要に決まってるっしょ! 私達だけは足りない魔力や手数を補うために――」
「でも今は私達がいるわよね?」
カルルの口から反論が止まる。さらには俯いていたリキュアも、ようやく顔を上げてくれた。
「今ここには魔力を扱うガチャ娘が四人もいるわ。さらに私とルミルはさっきまで魔力を重ねて経験を積んでいるのよね。これならなんとかなるんじゃない?」
確かに、とリキュアが呟いた。
「確実とは言えないけど、このメンバーなら可能性はあるかもしれません……」
「時間も無いしやるだけやってみましょ! リキュア、指示をお願いしてもいいかしら? 私達は何をすればいい?」
私がそう聞くと、リキュアは少し考えながら話し始めた。
「アリシアさんかルミルちゃんのどちらかが私の中に入ってもらいます。できれば器用に他者との魔力を合わせられる方が良いですね」
「じゃあ私が適任ね。ルミルと合わせた時も私がうまく絡めたんだもの」
ルミルもコクンと頷いて納得してくれた。
「じゃあアリシアさんは、まずカルルと魔力を一つに合わせてください。アリシアさんはあくまでもカルルと私の魔力に溶け込まないように繋ぐ役目を。カルルはリアちゃんの意識を包み込んで引っ張っていく役目を!」
「あたしは何をしたらいい?」
急かすようにルミルがそう聞いた。
「ルミルちゃんは後ろからアリシアさんの魔力を押したり引いたりしてください。多分アリシアさんは、その場で魔力を維持するので精一杯なはずですので」
「……一つだけいいかしら?」
今度は私が言葉を挟む。はっきりと言っておきたい事があったのだから。
「何を言っているのか全っ然分かんない! もっと簡単に言って!!」
「えぇ~……」
「アリシアは難しい話が苦手なんだよね。ご主人、うまく説明してあげてよ」
ルミルがマスターに通訳を振ると、マスターは少し考えてからこう言った。
「簡単に言うとリキュアさんが海。アリシアさんが潜水艦……って言っても分からないから船。ルミルさんがエンジン。カルルさんが網。で、リアさんを海の底から捕らえて引っ張り上げるって事ですね」
さすがマスター! 超分かりやすい!!
「理解したわ! さっそく始めましょ!」
「ええ~!? 確かにシンプルで分かりやすい例えでしたけど、ホントに大丈夫ですか……?」
「アリシアはフワッとした説明の方がむしろいいのよね。自分の感覚で自由にやらせといたほうが、なぜか上手くいくし……」
ルミルが私のフォローをしてくれる。
さすがルミル! 私の事を分かってくれてるぅ!
「それじゃあ時間が無いから始めましょ。各自、臨機応変にね!」
「うぅ……本当に大丈夫でしょうか……」
リキュアが心配そうにしているけど、こういうのは気持ちの問題だったりする。大丈夫。みんなで力を合わせればきっとうまく行くわ!
「僕は月食の状況をリアルタイムで報告しますね。今はもう月が半分は姿を見せているので急いでください。それと、ご両親への説明も僕に任せてもらえませんか?」
「……わかりました。お願いします」
未だに項垂れている母親に、マスターが近付いて静かに声を掛けていく。向こうはマスターに任せて、私は私の仕事をしないと!
「では早急に始めます。まずはアリシアさん、カルルと魔力を合わせてください!」
「了解したわ。じゃあカルル、私の前に座ってちょうだい」
言われた通り、私の前にちょこんと座ったカルルを後ろから優しく抱きしめる。するとカルルは途端に慌て始めた。
「え? 何!? 私何かされたりすんの!?」
「こうした方がうまく魔力を混ぜやすいのよ。私とルミルがこうしてたの見てたでしょ?」
何も言えなくなったカルルが押し黙る。それでも恥ずかしそうに顔は赤くなっていた。
……これはこれでちょっと可愛いって思う。
「それじゃあ魔力を合わせるわよ!」
「了解。魔力解放!」
私達の体から魔力が放出される。私はルミルとやったようにその魔力を混ぜ合わせ、絡ませていった。
「じゃあカルル。私の背中に手を当てて、魔力を入れてください。そのままリアちゃんの意識がある所まで沈んでいきます」
「ああ。こうだな」
抱き合った私達に背中を向けるリキュア。その背中に、カルルは手を置いて魔力を押し込んだ。
「うわっ!? なんか動かないぞ? 先っちょだけ入って奥には行けない感じだ」
「ルミルちゃん。後ろから魔力で強引に押し込んでください!」
「オッケ~♪」
私の背中にルミルが両手を当てる。その魔力もまた、私の魔力と混ざり一つとなる。
そんな状態で、ルミルはグンと魔力を押し込んだ。すると私とカルルの混ざり合った魔力はリキュアの体内の奥へと沈んでいく。これがエンジンと例えられたルミルの役割!
――しかし……
「ちょ……タンマタンマ! なんかすごい圧迫感なんだけど!?」
そう、リキュアの中に入り込んだ私達の魔力は、そのリキュアの魔力に押し潰されて消滅しそうなほどの圧力を感じていた。
「こらえて下さい。これでも頑張って受け入れるように広げているんです。星と星がズレ始めているのでこんなふうに潜りにくいのは仕方ないんです」
それにしてもギュウギュウ感がハンパない。しかもルミルに押されて内部へと進むにつれて、この圧迫感は酷くなる。
「こらえろって言われても……なんだか海の中っていうよりも、肉壁に閉じ込められて全身を揉みしだかれている気分だわ。やぁん!」
「オイ!? 耳元で変な声を出したりするな! こっちまで集中できなくなったりするだろ!?」
そうカルルが言ってくる。私だってこんな声を出したくてそうしている訳じゃない……
「え? 何? 進んでいいの? 一旦止まる? それとも戻るの?」
ルミルが私の背中で困惑している。
「月がどんどん姿を見せていますよ。残り10分あるかどうか……」
マスターが伝えてくれた。
「止まっちゃダメです! もう時間がないので進んでください!」
リキュアがそう声を上げた。
なんかもうみんながワタワタしている。そう言った意味では、人数を減らしてその部分をアイテムで補った方が確実なんだなぁと感じた。人数が多いとこんな感じでまとまりが無くなるから……
けど、もうアイテムは尽きている。私達が最後まで頑張らないと!
「アリシアさんは潰されないようにカルルの魔力を守り切ってください。カルルはリアちゃんの意識を引っ張るのに絶対必要です。カルルの気配がすれば拒絶反応も出ないはずですから。ルミルちゃんはそのままグングン奥に押し込んでください。一人一人のやるべき事は多くないので集中して頑張りましょう!」
リキュアがみんなに声を掛けながら一つにまとめようとしている。そんなリキュアを後ろから見ていると、首筋から汗が流れ落ちていた。
リキュアだって必死に自分の出来る事をやっているんだ。それに気が付いた私も気合を入れ直し、圧迫感に耐え続けた。
そうして、しばらくの間リキュアの深部に進むという作業に専念する。
「突然失礼します。余計なお世話かもしれませんが、そろそろリアさんと何を話すか決めておいた方がいいでしょう」
私達の傍らで、マスターがリアちゃんのお母さんに話しかけていた。
「リアさんはきっと、リキュアさんの体を通して見た今の家族に納得がいかなかったんでしょう。だから誰にも言わずに奥へ引っ込んでしまった。ですがそれを今から引っ張り上げます。その時、何を話すか考えておいた方がいいと思うんです」
「……こんな、成功するかもわからない状況でですか?」
リアちゃんのお母さんが、そう呟くように言った。
「必ず成功します! 信じてくれとしか言いようがありませんが、うちのアリシアもリアさんの事が気になっているみたいですから。……それに、あなたが娘を託したカルルさんとリキュアさんもいるじゃないですか」
「……」
「本当はあの二人の事を信じているんじゃないですか? でなきゃ娘の魂を移すなんて現実味の無い計画、賛同できないでしょう。娘に寄り添ってくれたあの二人をずっと見てきて、信じてもいいと思えるだけの信頼はあるんじゃないですか?」
「……うぅ……」
マスターが真剣に、それでいて優しく諭すように話しかけ、リアちゃんのお母さんはそんな言葉に苦悩しているようだった。
その間に私達も作業を進めていく。少しずつ慣れてきたのか、割とスムーズに、滞りなく進んでいた。




