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「とりあえず一旦家に戻ろう」

               * * *


 どうやら私の病気は治らないらしい。それを知ったのは両親の話を偶然効いてしまった時からだ。

 私自身、今はそこまで痛みがある訳ではないので実感がわかないけど、お母さんが取り乱しながらしゃべっているのがショックだった。

 その日から私は死について考える。その結果、死んでいく私よりも残された両親の方が可哀そうだという結論に辿り着いた。

 私はお父さんにもお母さんにも笑ってほしかった。でもきっと、私の病気が治らないと二人は心の底から笑ってくれない。それに気が付いた私は、両親のために全力で病気と向き合う事にした。

 苦くて不味いお薬を我慢して飲み、どんなに退屈でも両親の言いつけ通り、体を安静にする事を優先させた。

 ……それでもきっと、私の体は弱っていったんだと思う。両親の、時折見せる切なそうな表情はいつになっても消えなかった。

 ある日、お父さんがカルルという女の子を連れて来た。

 その子は私の病気を見てくれるという。でも病院の先生とは雰囲気も性格も全然違くて、私達はすぐに仲良しになった。

 どうやら『がちゃむす』というお仕事らしいんだけど、私にはよく分からない。そんなカルルは、私の見た事のない不思議な力を使って私を元気にしてくれた。

 けど私の病気は治った訳じゃなかったみたい。カルルも、お父さんもお母さんも、やっぱり暗い顔をさせてしまう時があったからだ。

 カルルが来てから一か月くらいが経った頃、今度は別の『がちゃむす』がやってきた。その子はリキュアって名前で、とても優しい口調の女の子だった。

 カルルが元気いっぱいの明るい子なのに対して、リキュアは優しくて、いつでも笑顔を見せてくれる子だった。もちろん、私はそんなリキュアとすぐに仲良しになった。

 病気が治らないのは残念だけど、新しい家族が増えるのが嬉しくて、私は割と幸せを感じていた。

 ……ずっとこんな風に、みんなと楽しく過ごせたらいいのにな……

 そんなある日、カルルとリキュアから大切なお話を聞かされた。

 どうやら私の病気を治すには特別な儀式をする必要があるらしい。難しい事はよく分からないけど、星と星が重なる日に儀式をやるとの事。一度リキュアの体に私が入る。すると病気が治るらしい。

 そんな事できるのか分からないけど、それでみんなが喜んでくれるのなら構わないと思った。私はみんなの笑顔が大好きだから!

 カルルもリキュアも、お父さんもお母さんも、これで私の病気が治って笑顔になってくれるのなら私の答えは決まっている。当然、やる事にした。

 そして準備を進め、その日がやってきた。


「よっし! それじゃあ始めるか。リアは目を閉じて横になっていればいいからな」


 カルルに言われて私は地面に横たわる。なんだかおとぎ話に出てくる神殿のような場所だけど、中はかなりボロボロで朽ちていた。

 お日様が丁度真上に昇っていて、屋根のないここからだと空が眩しい。


「カルル、これをそこに並べてください。私はこのお香を炊きますから」


 カルルもリキュアも、なんだか忙しそうに道具を配置したり煙をモクモクさせたりしている。そうしている間になんとお日様が黒くなっていく事に気が付いた。


 ――これが、星と星が重なる日!


 時間的にはまだお昼なのに、周囲はドンドン暗くなっていって、あの眩しかったお日様が完全に黒く染まってしまった。


「準備は整った。それじゃあリア、目を閉じていてくれよ。次に目を覚ましたら病気は治っているからな」


 カルルに言われた通りに目を瞑る。最後に見たのは両親の不安そうな表情だ。

 寝そべっている私のすぐ隣からリキュアの声が聞こえてくる。何を言っているのか聞き取れないけど、次第に私の体が軽くなっていくような気がした。

 フワフワとした感覚に、自分の体が煙になってしまったような錯覚を覚える。そのまま浮き上がり、空気に溶けていくんじゃないかと思った時、私の意識は完全に途切れた……


「やった! 成功した!!」


 次に私の意識がハッキリとしたのは、そんなカルルの声を聴いた時だった。


「まさかリアの体ごと光になって吸収されるなんて思ってなかったけど、とにかくここまでは成功だ」


 目を開けてみると、嬉しそうにしているカルルと、心配そうに私を見つめる両親がいた。


「リキュアどうだ? 体に異変とか無かったりなんかしないか?」


 リキュア? 私はリキュアなのかしら?

 困惑しながらも意識を自分の体に集中させると、頭の中がさらに大変な事になっていた。


「記憶が……二人分の記憶がある!?」

「ああ、それは想定内だ。一つの体に二つの魂が入ったりしたからな」


 そっか。これも起こりうる範囲内なんだ。

 私は少し冷静になってから、改めて自分の記憶と向き合った。

 私自身の記憶はもちろん、今まで知らなかったリキュアの記憶や想いまで、全てが鮮明に思い起こせる。リキュアは……本当に私の事を大切に考えて、全力で病気を治そうとしてくれていたんだ。


「少し休んだ方がいい。今は記憶がごっちゃになって大変だろうから……」


 確かに二人分の記憶があるのは慣れてない。けど、やっぱり私はリアなんだって確信をした。

 自分の手を見て、体を見て、掛けているメガネを見て状況を判断する。これは間違いなく私がリキュアの体に入った際、あの子の意識を押し込んで私がリキュアの体を動かしている。これはちゃんとみんなに言わなくちゃ!

 そう思った時だった。


「少し休む? 成功した? むしろここからが本番じゃない! 悠長なことを言っている暇なんてないのよ!?」


 なんとお母さんが怒鳴り声をあげてきた。


「次はリキュアの意識と娘の意識を交代させるための準備でしょう!? それを次の星と星が重なる日までに済ませなくてはいけない。それがいつになるか分からないのよ!? 今すぐに準備を進めてちょうだい!!」


 私は背筋が凍り付いた。そう言い放つお母さんは、とても怖い顔をしていたのだから……

 いつも私に優しかったお母さん。私の名前を呼ぶ声も、トーンも、全てが優しかったお母さん。それが今、まるで別人のように私を睨みつけていた……


「あ、あの……お母さん……私……」

「何がお母さんよ!! いい加減にして!! あなたはリキュアで私の娘じゃない!! 記憶が混ざったとかそんなの関係ない!! 早く私の娘を返してちょうだい!! もしも次の儀式の日に準備が間に合わなかったら許さないから!!」


 お母さんは気が狂ったように喚き散らしていた。

 あれ……? おかしいな。私の知ってるお母さんじゃない。私の知ってる家族じゃない! 私の知ってるみんなは、もっと優しくて、仲良しで、みんながみんなを大好きななずなのに!!

 あれ……? おかしいな。リキュアの記憶で度々あるよ? 私の知らないところで、お母さんに怒鳴られて悲しい気持ちになってる記憶が……

 これってなんなの? 私が知らなかっただけで、みんなは仲良しじゃなかったの!?

 私はみんな幸せに笑ってくれればそれで幸せなのに! 大好きなみんなが仲良しならそれでいいのに!?

 なんでこんなにカルルやお父さんは辛そうな顔をしてて、お母さんはこんなに怖い顔をしているの!?

 私はみんなが笑ってくれるためにリキュアの体に入ったのに!!

 どうして誰一人として笑ってくれないの!?


「……準備は私がすぐに始めたりなんかするよ。だからリキュアは少しだけ休ませてやってほしい。この体はリキュアだけど、もうリアの物でもあるんだ。焦って壊れたりしたら大変だろ?」

「……くっ!!」


 まだ何か言いたげなお母さんを、後ろからお父さんが引き止めている。

 ダメだ。こんな状況じゃあ私がリアだって言えたものじゃない。言ったとしてお母さんはカルルと仲良しになってくれるの!?

 分からない。どうしていいか分からないよ……


「とりあえず一旦家に戻ろう。話はその後だ」


 『帰ろう』じゃなく『戻ろう』なんだね……

 そうして私達は帰路につく。その間、会話なんて全くなかった。

 お母さん達からすれば、今日の出来事は儀式の成功というよりは私に会えなくなった悲観する日なのかな……?

 この時、私は自分がリアである事を隠し、リキュアとして振舞う事を決めた。そうして私の知らない家族の関係を知りたかった。いや、知らなくちゃいけないと思った。

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