「今日はとっても忙しいの。私達にとっては物凄く大事な日なのよ」
「こんにちは。私はリキュアっていいます。よろしくお願いしますね」
「こ、こんにちは……」
私が挨拶をすると、リアはおずおずとしていました。けれどそれも当然でしょう。きっとリアは自分のために体を差し出してくれる私に引け目を感じていたんですから。
カルルの具体的な計画はこうです。まずは私を強化して魔力を上げつつ、知識と理解を深める。そしてリアの魂を私の体の中へと入れるスキルを構築していく。
一度中へ入ったリアは休眠状態となってしまうので、意識を表に出すため、また別のスキルを構築してリアに体を受け渡す。
と、こんな感じでした。
「それにしてもリキュアって言ったっけ? 私が言うのもなんだけど、体を差し出す役を引き受けてよかったのか? 一度リアに意識を渡したら、下手するともう二度とお前は表には出れなかったりするぞ?」
カルルが魔物の討伐を行いながらそう聞いてきました。
「はい。構いませんよ。私ってレアリティがノーマルじゃないですか。だからいつも出番が無いままガチャ控え室で待機していたんです。ガチャ娘は人間に使ってもらう事が前提なのに、このまま何もやる事がないままボーっと過ごすだけなんて嫌だったんです。それが例え、自分の体を差し出す事だとしても……」
リキュアは優しいな、とカルルが言ってくれました。
「カルルだって必死になって取り組んでいるじゃないですか。それと同じだと思いますけど……」
「私もまぁ、ノーマルだから出番が欲しかったんだ。あ、もちろん最初から全力でリアの病気は治す気だったよ? でもやっぱ難しくてさ、リアってほら、優しすぎるところがあるから余計になんとかしてあげたくてさ、こんな方法を提案しちゃったりした訳よ……」
私もカルルの討伐を真似しながら一匹の魔物に一撃を入れる。
「分かります。私も全力で助けたいと思っているので、絶対に成功させましょう!」
私達はそう誓って、日々準備を進めていた。
その頃からでしょうか。私達の噂が広がり始めたのは。
カルルが一人で討伐していた時は日時も規則性もなく、全くと言っていいほど目立っていなかったようです。しかし私達二人で行動をするようになってからは流石に人目に着くようになっていました。
――この街の外れの家からガチャ娘が出入りしている。
――確かあの家には引きこもりの娘が一人いたはずだ。
――二人で街の外へ出ていくあたり、その引きこもりの子がガチャ娘と一緒になって外へ出るようになったんだ。
そんな噂がチラホラと囁かれるようになりました。
正直、病気のリアの話だとか、魂を抜き取る準備をしているだとか、いらぬ誤解を与えたくなくて私達もノーコメントだったんです。するとギルドのみんなは勝手に、『どっちがガチャ娘でどっちが一人娘か』という争論を始めてしまいました。
私達も隠す気はなかったんですが、出来れば話したい内容では無かったので、それをクイズのように振舞う事でリアの事実を知られないようにしてきたんです。
アリシアさんと初めて会った日のように、二人がかりで杖を握り、どちらが魔力を放出したのか分からないように偽装しました。
二人で連携を考えて、どっちが強いのか分からないように敵も味方もかく乱しました。
そうしているうちに、なんだか街全体で私達の存在が大きくなって、気が付けば勝手に盛り上がりを見せるくらいには話題となっていたんです。
* * *
「こうして私はリアの魂を自分の中に取り入れ、ガチャ娘でもあり人間でもある状態になりましたとさ。おしまい!」
……え? 終わり? 最後雑すぎない!?
「ちょちょちょ! え!? 結局リキュアはリアちゃんの魂を取り入れるのに成功したって事?」
「はい。別に特筆すべき事も無かったので巻きました」
いや、端折りすぎでしょ! 結末巻いちゃダメでしょ!
「えっと、ここまで話してくれたのなら、もうちょっと詳しく聞きたいんだけど……」
「ああ、リアの魂を取り入れる時は、日食といって星と星が重なる日を選んだんですよ。知ってますか? そういう日は私達生物も他と混ざりやすくなるんです。その時を狙い、スキルじゃ足りない部分をアイテムで補い、しっかりと成功させたんですよ」
へぇ~そうなのね。けど違う、私が詳しく聞きたいのはそこじゃない!
「その後は? 今度はリアちゃんの意識を表に出すため、また何かをするんでしょ?」
「それはまだなんです。今日はこの森に、その儀式を行うためのアイテムを採取しにきたんですよ」
そっか。つまり今は、リキュアの中にリアちゃんの魂が入り込んでいる状態で、意識的にはまだリキュアが表に出ている状態なのね。
あれ? でもなんか引っかかるわ。昨日アドバイスを貰いに行ったとき、リキュアとカルルにはどこか寂しさのようなものを感じた気がした。
カルルは分かる。リアちゃんの意識を引っ張ってきたらもうリキュアとしての人格は出てこれなくなってしまうから。しかもそれが自分の提案した事だから、引け目を感じてしまうのは分かる。
じゃあリキュアはなぜ悲しそうだったの?
「あの……私の気のせいかもしれないんだけど、リキュアは意識を交代するの怖かったりする?」
「え!?」
そう聞いた時のリキュアは、目をパチクリとしていた。
「そんな事はありませんよ。さっき話した通り、私は自分でこうすると決めたんです。迷いはありません」
そう。リキュアの話を聞く限りでは確固たる決意が伝わってきた。だけどどこか影があるというか……
でもまぁ、いざその時が近付いてくると緊張しちゃったりするものね。多分そういう心境が見え隠れしているんだと思う。
「そうです! これもきっと何かの縁かもしれません。これから私の家に来て、もっとお話しをしませんか?」
あら、それは楽しそうな申し出ね。けどマスターが午後から何かするって言ってなかったかしら?
確か今日の訓練は全て終わったはずだから、あとはテキトーな魔物の討伐だけだったはず。なら、ちょっとくらい寄り道しても大丈夫ね。
「じゃあ、少しだけお邪魔しようかしら」
「決まりですね。では行きましょう。カルルもすでに家にいるはずです」
そうして私はリキュアの家にお呼ばれする事になった。
道中はここに来た時のような追いかけっこはやらずに、私のペースに合わせてくれる。そんな風にしながらリキュアの家に到着した。
「ただいま戻りました」
リキュアがそう声を掛けながら扉を開ける。するとすぐに、中年の女性がバタバタと詰め寄ってきた。
「遅いじゃない! 一体何をしていたって言うの!? カルルに聞いても要領を得ないし、採取したアイテムもあなたが持ち運んでいるんでしょう!? 本当にちゃんと揃えたんでしょうね!!」
私の事なんて見えていないようで、肩を掴まれ剣幕になってまくし立てていた。
この人がリアちゃんのお母さんなのかしら? なんかイメージだともっと優しそうな人かと思ってたんだけど、なんか荒々しい印象ね……
普通に見れば綺麗な女性なんだと思う。けれど今は眉間にシワを寄せ、目を吊り上げているせいでなんだか凄く怖かった……
「は、はい。ちゃんと採取する物は揃えました。それで途中で会った知り合いを家に招待したんです」
「……え?」
リキュアにそう言われて、お母さんとおぼしき女性はやっと私に気が付いた。そして私を見るや否や、目頭を押さえ、ため息を吐いて、深呼吸をしてから再びしゃべり始める。
「……ああそうだったのね。けどごめんなさい。今日はとっても忙しいの。私達にとっては物凄く大事な日なのよ。だから日を改めてくれるかしら?」
精一杯冷静を装った感じでそう言われた。
「けど、準備しなくてはいけない物は全て揃いました。少しくらいなら……」
リキュアがそう申し出ると、また女性の顔はみるみる不機嫌になっていった。
「少しくらい!? 今日がどれだけ大事な日か、あなただって分かっているでしょう!? 揃えたアイテムの最終確認は? 打ち合わせや手順の再確認は? 失敗は許されないのよ!? もう時間が無いのにふざけないでちょうだい!!」
ちょっと待って。これってもしかして、リキュアがリアちゃんに体を受け渡す日が今日なんじゃ……
だとしたら、母親がこれだけ神経質になるのも分かる気がする。っていうかなんでこのタイミングで私はお呼ばれされたの!?
「あ、あの、忙しいみたいだから私は帰るわね」
リキュアにそう言うと、彼女は暗く俯いたままコクリと小さく頷く。奥にいるカルルもアワアワと落ち着きが無かった。
「それじゃ、お邪魔しました」
そう言って、私は逃げるようにその家を後にする。途中で振り返ると、家の前でリキュアが私に大きく頭を下げているのが見えた。
そんな申し訳なさそうにしているリキュアは遠ざかるにつれ小さくなっていく。しかしそれと同時に、私の中の違和感は次第に大きくなっていくのだった。




