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「うぅ……足元が見えない事がこんなに怖いだなんて……」

「ドルーパは倒せるようになったので、次はトビヘビですね」


 そう言ってマスターが向かったのは、茂みの深い場所だった。


「トビヘビは人の腕くらいの太さで二メートルほどの長さの蛇です。草木が生い茂る場所に身を隠して奇襲してくる魔物なので、街の冒険者はそういった場所は避けて通るのが鉄則だそうです。これから二人には、そのトビヘビの位置を探ってもらい、奇襲を未然に防いでもらいます」


 ゴクリと息を呑む。私達が立っている草原は草の絨毯といった感じだけど、すぐ目の前に広がる(やぶ)は腰くらいの高さまで草が伸びていた。

 生い茂る草で足元が見えず、そんな足元には気配を殺している蛇が待ち伏せている。そう考えるだけで中々の恐怖だ……


「さてルミルさん、この茂みを前にして、トビヘビの気配は感じますか?」


 そう聞かれたルミルは前かがみになりながら、目を凝らして藪を見渡した。


「……ダメね。全っ然分かんない! むしろこれ、見つけられるものなの?」


 それは私も知りたいわね。まぁリキュアとカルルはトビヘビの奇襲に反応できていたから可能なのかもしれないけど、それはあの二人が限界レベルまで仕上がっているからだと思う。

 私達が対処できるまでにどれだけの時間が必要かしら……


「では、実践で学ぶとしましょう。藪の中に入りますよ」


 そう言って、マスターはゆっくりと足を踏み入れる。


「ちょ!? 待って待って!! ほんと危ないから! ご主人はここで待ってた方がいいって!」

「いえ、ガチャ娘の死因第一位は契約者と別行動中に魔物に襲われる事らしいです。ここは僕も入ったほうがお互いに気が引き締まるはず」


 そう言うマスターはカッコよく見える! そう、体を張るマスターはカッコいいんだけど、足がブルンブルン震えているのよねぇ……


「分かったよ……。じゃ~あたしが前を歩くから、ご主人は後ろから付いてきて。一列になって、あたしとアリシアでご主人を挟む隊列で行こう。そうすればご主人が襲われる可能性は低くなる」


 なるほど。仮にルミルが探知できなくても、私の素早さなら飛び出してきた魔物に対応できるかもしれない。隊列はそれがベストなのかも。


「アリシア、いざって時はお願いね……」

「うん。任せてちょうだい。ルミルも気を付けて!」


 そうして先頭のルミルは藪の中に一歩を踏み出す。その足取りはかなりゆっくりなものだった。

 一歩進んでは足が止まり、また一歩踏み出しては歩みを止めた。けどそれでもいい。私達の目的はこの茂みを進む事じゃない。トビヘビの気配を少しでも察知できるようになるためなんだから。


「うぅ……足元が見えない事がこんなに怖いだなんて……」

「ここの地形は高低差がないようです。滑落の心配はないので、魔物の気配と(つまず)いて転倒する事だけに注意してください」


 緊張のせいか、後ろから見てもルミルの肌には汗が浮かんでいた。そして少し進んだ所で、ルミルは立ち止まってしまった。


「ルミルさん、どうしましたか?」

「この藪の中に入る前は魔物の気配なんて分からなかったけど、今は違う。私達の動向を探りながら様子を伺ってる……」


 そう言ったルミルの顔は青ざめていた。


「どこから見られているか分かりませんか?」

「全然分かんない。遠くのような気もするし、すぐ近くのようにも感じる。ただ息をひそめて、私達が近くに寄るまでジッと待ち構えてる感じがする……」


 一番怖い想いをしているのは先頭を任されているルミルなんだろうなと私は思う。自分達が敵から狙われていて、でもその敵の姿がまるで見えないのは恐怖以外の何物でもないから……


「大丈夫ですよルミルさん。落ち着いてゆっくり行きましょう」


 マスターの気遣いに頷いて、ルミルは深呼吸を繰り返しながら進み始めた。

 一歩一歩、慎重になって進んでいく。そんな時だった、刃物を突き付けられたかのようなゾクリとする感覚が全身を駆け抜けた!

 私は無意識と言ってもいいレベルで刀を抜き、その足で地面を踏み込んで刀を振りぬいていた。

 斬! と手ごたえを感じると共に、真っ二つになった蛇の魔物がマスターの横を通り過ぎていく。そう、一列に並んだ私達の左側から、マスターを狙って飛び込んできたトビヘビを両断していた。


「おわっ!? アリシアさんよく気付きましたね。ありがとうございます!」

「すごーい!! ねぇ、なんで撃退できたの!? もしかして位置が分かってた!?」


 二人から褒められるのは嬉しいけど、正直なぜこんな事ができたのか私にもよく分からない……


「ええっとね、理由は分からないけど、なんとなく襲ってくるって直感が働いたの。うまく説明できないんだけど……」


 そう。私はルミルみたいに理屈で説明するのが苦手だ。どうしても『なんとなく』という曖昧な感覚でしか分からない。だからルミルのようにちゃんと頭で理解して行動できるのが羨ましかったりする……


「いいなぁ~、アリシアは直感で理解できて。あたしもそんな風に理屈抜きで動けたら良かったのに~」


 ルミルのそんな言葉に私は衝撃を覚えた。

 え? ルミルが私を羨ましがってる? なんで?


「いや、私なんて根拠もなくて、なんとなくで動いてるのよ? ルミルの方が理屈を通していて凄いと思うわ」

「いやいや、そういう理屈を抜きで理解できる方が凄いでしょ。天才っぽいし」


 えぇ!? どういう事? 私とルミルを比較したら、どう考えてもルミルの方が凄いんじゃないの?


「でもそういうものかもね、異なる感覚を持ってる者同士がパーティー組んでる方がお互いに助け合えるし。あたしもアリシアの事を頼りにしてるから」


 それを聞いた私は唖然としてしまった。いや、感動していたんだと思う。

 私はずっとルミルのように、しっかりと考えられるようになりたかった。リキュアにもそう言われたし、その方が頭良さそうに見えるから。

 けどそれと同じように、ルミルも私の事を羨ましがって、頼りにしてくれていたんだ。そうやって、仲間で補えばその分をカバーできるから!

 それなら、私は無理に自分を変える必要なんてないんじゃないかしら? 少なくとも、焦る事なんてないんだわ。そうやってお互いに出来る事があって、それを見てくれているマスターが的確な指示をくれる。ならそれでいいじゃない!

 そう思う事で、私はどこか肩の荷が下りたような気がした。


「うぅ……ルミルありがとう~。ルミル好き~!!」


 そう言って私はルミルを抱きしめた。


「なになに!? 急にどったの!? まぁあたしもアリシアの事好きだけどさ……」


 嬉しかった。認めてくれる人が周りにいる。それが凄く心強かった。

 そして抱き合う私達をマスターは幸せそうに見ている気がするけど、何はともあれ、これで私のやるべき事は分かった気がする。


「それじゃあさ、トビヘビの探知は私に任せて先頭を歩かせてくれないかしら? なんとなく分かったような気がするのよね。多分!」

「曖昧すぎません!? まぁ別に構いませんけど」


 そうして私は先頭を譲ってもらった。大丈夫、さっきので何となく感覚を掴んだ気がするから!

 そして私は歩き始めた。


「わわっ!? 歩くの速くないですか? アリシアさん待ってください~」

「大丈夫よ。多分この辺にはもうトビヘビはいないと思う。ねぇルミル。ルミルはトビヘビの気配はどう感じる?」


 するとルミルは後ろから唸り声を上げながら悩みだす。


「分かんない。あたしにはまだ気配を感じるような気がするけど……」

「多分だけど、ルミルって探知能力が高い分、範囲が広いんじゃないかしら? だけどトビヘビは気配を消すのが上手いからうまく距離感を掴めない。逆に私は探知能力が低いけど、自分の周囲にだけは敏感なんだと思う。分かんないけど!」

「おお~!! なんだかアリシアさんが活き活きしてます。何か吹っ切れた感じでしょうか?」


 そう、私は私らしく、自分の直感を頼りに考えればいい。それが分かった途端に詰まっていたモノが綺麗に流れ始めたような感覚になっていた。

 そのまま自分の赴くままに歩みを進めていく。しばらく歩くと、私の中で違和感を感じ始めて足を止めた。


「近くにトビヘビがいるわ。多分だけどね」

「うぅ、相変わらず曖昧すぎますよ……」


 後ろからマスターが不安そうにしてるけど私は構わず前に進んでみた。

 その時――

 シャッ! と茂みから矢のように魔物が飛び出してきた。それを身構えていた私は切り払う!


「す、凄い! 本当にトビヘビの奇襲を看破してます!」

「流石アリシア!」


 二人が褒めてくれるのが誇らしい! けどまだ近くに潜んでいる気がする。気は抜けないわ……

 私が残りのトビヘビを探っている時だった。今まで微かに吹いていた風が止み、草むらの揺れ動く音もピタリと止まる。それを境に魔物の気配も読めなくなってしまった。


「あ、あれ? 魔物の気配が……。フーッ! フーッ!!」

「……えっと、何をやっているんですか? アリシアさん」

「なんだか、深呼吸してるように見えるわね……」


 違う違う。深呼吸じゃなくて、息を吹いて周囲に風を起こそうとしているのよ!


「なんとなく分かってきたわ。私ね、風が吹くとその流れで魔物の位置が分かるみたいなの。ほら、風が通り抜けた所に魔物がいれば、風の動きも変わるでしょ?」

「いやでも、こんな茂みの中に潜んでいたら、風の動きも何もないと思うんだけど……」


 ルミルが首をひねっているけど、そんな事は無い。草むらの深い所でも、そこに何かがあれば風の動きは微細に変わる。それに気が付けばちゃんと利用できるのよ!


「フーッ! フーッ!! あっ、あそこの茂みにトビヘビが隠れているわよ!」


 私が指をさして示すけれど、二人は釈然としない顔つきだった。


「つまりアリシアさんは、吹きかけた息をソナーのように使っているという訳ですか? 果たして風がソナーの代わりになるのかは疑問ですが……」


 その『そなー』というのは私には分からないけど、風で魔物を探っているのは間違いないと思う。

 そうして目星を付けた辺りに近寄っていくと、トビヘビが襲い掛かってきた! しかしそれが分かっていた私は、軽々と両断して撃退をする。


「ほらほら。ね、簡単でしょ?」

「いやいやいやいや!」

「いやいやいやいや……」


 なんとか理屈を解明できたのが嬉しいんだけど、二人は首と手を振りながら呆れた表情を浮かべていた。


「そっか。アリシアさんは『風の鎧』を装備しています。風の動きを知る事ができる力を活かしているからこそ成せる業なのかもしれませんね!」

「なるほど。それならこの装備、今度ルミルに貸してあげるわね♪」


 そんなやり取りを交わしながら私達は藪の中から戻ってきた。私がトビヘビの探知に成功したので、この訓練は完了でいいとマスターが判断したからだ。

 こうしてまた一つ、能力を伸ばすことに成功し、また私の悩みもスッキリ解消することができた。嬉しい限りなんだけど、藪の中から出てきた私達は蚊に刺されており、それはちょっとした災難な気がしてガッカリするのだった……

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