「……」
「ねぇ~ご主人遊ぼ~~」
ルミルがマスターの服を引っ張って猛アピールをしている。現在、トレードやらレベルアップやらを終えた私達はすでに宿でくつろいでいた。
……でも、私の本題はこれからよ。今から、カルルとリキュアに会いに行く。そうして少しでも強くなるために、稽古をつけてもらうわ!
ルミルがマスターにちょっかいを掛けているのは好都合ね。元々一人で会いに行くつもりだったから。
そう、行くのは私一人でいい。あの二人は恐らく私よりも強い。これからきっと修行のためにボロボロにされるだろうけど、そんなみじめな姿はみんなに見られたくないから……
「えっと、私、夜の散歩に行って――ん?」
そう言いかけると、ルミルはなんだか気になるオモチャを持ってマスターを誘っていた。
「ねぇ~、ご主人遊んで~、部屋に置いてあるコレで遊ぼ~!」
「へぇ~、部屋に常設されてる遊び道具があるんですね。それってカードゲームですか?」
「うん。『ドキドキ恋愛シミュレーション格闘バトル』ってゲームみたい。一緒にルール見ながら遊ぼ~」
何それ!? 恋愛なの? 格闘なの? なんか変なカードゲームに私も気になってしまった。
「まずは自分のアバターを決めるみたい。自分と似てるキャラにすると盛り上がるんだってさ。だからあたしはこの『妹系ロリっ子美少女』にするね。背丈があたしと同じくらいだし」
「自分に似ているアバターですか……なら僕はこれにしますよ。『超絶イケメン肉食系男子!!』」
「おお~、えらくガッツいてきそうなキャラじゃん! ……って、ご主人に似てるか……?」
非常に内容が気になる……。気になってしょうがないから、二人の対戦を後ろから覗き込んでみた。
「まずはあたしからね。ドロー! あたしはこのカードで攻撃するよ。『お兄ちゃん、今日は寒いから手を握らせて。わぁ~お兄ちゃんの手、あったかいね♪』この攻撃でお兄ちゃんはあたしに対する惚れ度が50アップ!」
「な、なるほど。こうやって先に相手を惚れさせた方が勝ちなんですね! なら僕のターン、ドロー! 『キミみたいな可愛い仔猫ちゃんは、この俺が調教してフィーバーさせてあげるぜ』のカードで攻撃! これは相手が子猫のようなロリっ子なら威力が増加します!」
「トラップカード発動! 『それって死語じゃん。今どきそんな事言う人いないよ~(笑)』の効果によってあたしの惚れ度は変化しない。さらにお兄ちゃんは精神的に100のダメージ! このカードは相手のセリフに死語が使われている時に発動できるよ!」
「くっ……なら切り札を使います! 『壁ドン』のカードで相手を拘束します。この効果でルミルさんは魔法、トラップカードを使用できません。さらに『強がっても無駄だぜ。お前はもう俺のもんなんだからな』のコンボで攻撃! これらはアバターが肉食系男子の場合効果が上昇します!」
「うわ、それめちゃくちゃ強いやつじゃん! ……でも、ご主人にそんな事言われるのも悪くないかも、なんて……」
んん~!? なんか空気が怪しくなってきたわよ!? なんでルミルの頬っぺたが赤くなってきてるの!?
これは私が乱入しないと大変な事になりそうな気がする! というか私も超やりたい!!
「はいはいストッ~プ! 次は私にそのゲームやらせて。選手交代を要望するわ!」
「なんで!? 今はあたしがお兄ちゃんと遊んでるんだから。というかアリシアは散歩に行くんじゃなかったの!?」
「この桃色空気を見過ごせる訳ないでしょ! 何いつもよりワントーン高い声で『お兄ちゃん』とか言ってるのよ。すでにキャラ崩壊しかけてる事に気付きなさい!」
それでもルミルはお「兄ちゃんと遊ぶ~」とぶりっ子じみた甘えたボイスでマスターを誘惑しようとしていた。
マズい、ルミルが本格的に壊れてきてる。このゲーム恐ろしいわ……
しかもそれを自覚しながら私もやりたいという渇望が抑えられない。私もマスターにそういう事言ってもらいたい! 一緒に楽しく遊びたい! 沢山イチャイチャしたい~!!
「マスター! 次は私と遊んでちょうだい!!」
「お兄ちゃんはあたしと遊んでくれるんだよね?」
マスターに決定権を委ねて熱い眼差しを向けた。
そんなマスターはと言うと……
「なるほど、これ何気にうまく作られたゲームですね! 最強デッキを組みたくなりますよ!! となると、このカードを抜いてこっちのカードを入れればさらに強力、かつ安定した戦いができますね。さらにデッキ全体の枚数を減らす事で――」
……この部屋全体がピンク色の空間に変わりつつある現状でも、子供のように目を輝かせて自分のデッキを作っていた。
これはマスターがゲーマー気質で助かったのか、はたまた残念だったのか。それは私には判断しかねる結果だったと言える。結局私は出かける事も忘れて、しばらくの間みんなと遊んでしまうのだった……
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・
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「さて、カルルとリキュアのお家はこっちね」
諸事情により予定よりも遅い時間、私は一軒の家を目指していた。そう、それはあの強キャラ感溢れるあの二人が住んでいる所だ。
やっぱりカルルとリキュアはこの街でかなりの有名人らしく、家の場所は聞いたらすぐに判明した。そうして私はしばらく歩き、街はずれのごくごく普通の民家に辿り着いていた。
「ごめんくださーい」
私はノックをして声を掛ける。家の中では微かに話し声が聞こえたため、誰かがいるのは間違いなかった。
少しだけ待つと扉が開き、中年の女性が出てきてくれた。その女性はどこか目つきが鋭く、それでいて疲れてヤツれているような、そんな雰囲気の女性だった。
「夜遅くにすみません。ここにカルルさんとリキュアさんが住んでいると聞いて、会いに来た者です」
そう話していると、すぐにあの二人が中年女性の背後から顔を出してきた。
「あら? あなたは昼間の……!」
「何か話か? ちょっと外に出てくるよ」
二人は中年女性に一言断ってから外に出てきてくれた。
「向こうで話そう。今日は月が綺麗な夜だ。外でのんびりしたりするのも悪くない」
カルルがそう言ってくれて、私は二人について行った。
「それで、私達に何か用ですか?」
そう丁寧な口調で話してくれるのはリキュアだ。会った時は真っ白なローブに付いているフードを深く被っていたけど、今は綺麗な長い銀髪が風になびいていた。
「あの……いきなりで申し訳ないのだけど、簡単に言って私と戦ってほしいの!!」
そう言うと、リキュアはその丸メガネに匹敵するほど目を見開いて驚いていた。
「あっはは。なんだか面白そうだね。そうなると私達は二人で戦って、どちらがガチャ娘かを隠しながら動かなくてはいけないって事になったりするのかな?」
「待ってくださいカルル。ちゃんと話を聞かないと……」
カルルは私達よりも少し高い丘に座り込んで私を見下ろしていた。綺麗な星と月に照らされて、それだけでも見栄えする絵画のような美しさを感じる。
「どうして私達と戦いたいんですか? えぇ~っと名前は……」
「私はアリシアよ。それはね――」
私は説明をした。今よりももっと強くなりたいと言う事。仲間に戦力を越されて焦っている事。どうすれば強くなれるのか分からないから、二人と戦えば何かヒントが得られるんじゃないかと考えた事。そして……
「あなた達って二人共ガチャ娘でしょ? 昼間、魔物との戦いを見てそう確信したわ」
「……」
「……」
二人は何も言わなかった。なので、私は話を続けた。
「なぜ、どちらがガチャ娘か当てるクイズを街全体でやっているのか。なぜマスターと一緒に行動していないのか。気になる点はあるけれど、二人がガチャ娘だというのは間違いないと私は思ってるわ」
マスターと別行動をしているというのは理解できない訳ではない。けど、この二人がどこか普通ではないのは薄々感じていた。だから二人がガチャ娘だと言う答えを私は誰にも言っていない。
そう、基本的にマスターと行動するのがガチャ娘として普通だ。どうやらガチャ娘の死亡原因の第一位はマスターと離れた事による単独行動中らしい。それを知らない二人じゃない気がした。
マスターが存在しないというのも無い。ガチャ娘はマスターが死ぬと召喚された理由を失い、ガチャ控え室に強制送還されるからだ。
「さっき家の中にいた女性がマスターなのかしら?」
そう軽い気持ちで聞いてみた。
しかし、その質問に対して見下ろしていたカルルの目つきは鋭くなったような気がした。
「つまり、私達が二人共ガチャ娘だと街中に言いふらされたくなければ修行に付き合えと、そう言ったりしてる訳?」
そう解釈されて私は慌ててしまった。
「え!? 違う違う! そういう意味で言ったんじゃないわ!」
「そうですよカルル。恐らくアリシアさんは純粋に私達を頼ってここに来たんだと思います。そもそも私達が二人共ガチャ娘だという答えも正解だなんて言っていません。そんな事を街で言いふらしてもアリシアさんが困るだけですよ」
私の方が困る?
その理由を聞いてみた。
「私達が住まわせてもらっているあの家には一人娘がいるんです。その子は昔から引きこもりで、街の住人は顔も名前も把握していません。つまり私かカルル、そのどちらが一人娘かというのがこのクイズの論点になっているんですよ。私達が二人共ガチャ娘だとしたら、その子は一体どこに行ってしまったのかという話になってしまいます」
なるほど。簡単に言うと、あの中年女性がお母さんで、その娘がカルルとリキュアのどちらかなのね。でもそうだとしたら、今度はこの二人の人間離れした身体能力が説明できないんだけど……
けどまぁ、今の私にはそんなの関係ないわ。
「誤解させてしまってごめんなさい。けど今の私は修行をみてもらえるかどうか、本当にただそれだけよ。二人が強いのはもはや分かっているのだけど、お願いできないかしら?」
「なるほどね。そう言う事なら私が相手をしてあげちゃったりするよ♪」
そう言ってくれたカルルは、もう目つきの鋭さは無くなっている。そうして私は、丘の上で立ち上がったカルルを見上げ、静かに息を呑むのだった……




