「な、なんで!? どうして傷が塞がらないの!?」
「ケイト、なんとかならないの!?」
「そう言われましても、魔物が地中にいてはどうする事も……」
私は岩壁に背を付けながら、アイテム蘭から剣を手元に出して構えを取った。いざとなったら、私もこの剣で戦わなくちゃ。人間の力なんて些細だけど、何もしないよりはマシだもの。
「そうですケイト様、地面の中に魔力で攻撃すればいいのではありませんか!?」
チルカが周りのワームに爪で応戦しながらそう言った。
「それは危険です。足元が崩落するかもしれないし、そもそも魔力が地下で膨れ上がり爆発するかもしれません。リリーティア様まで巻き込む可能性がある以上そんな方法を取る訳には……」
チルカとケイトがワームと応戦しながら意見を出し合っていた。
ケイトは危険と言うけれど、今はその方法しかないと思う。このままモグラ叩きをしていてもこっちのほうが消耗が早いのは明白なのだから。
「ケイト、魔力を調整して崩落も爆発もしないように攻撃してちょうだい!」
「それは難しすぎます。地中内部がどうなっているのかも、どれくらいのワームがいるのかも分からないのに……」
「なら、チルカがそれを教えてあげなさい。あなたはこの中で一番視えているのだから!」
私の指示に二人とも少しだけ驚いていた。けれどすぐに頷いて作戦を実行に移し始める。
「チルカ、ワームの群れはどれくらい下にいますか?」
「ええっと……リリー様四人分くらい下です!」
「ワームの数は?」
「ええっと……二十匹もいません。十七くらい?」
「地中の横穴はどうなっていますか?」
「ず~っと続いていますよ。でもワームはほとんどは私たちの真下に集まってます!」
体を動かしてワームを払いながら情報を伝え合わせる。そうしてケイトは一つの穴に杖を突っ込んで動きを停止させた。
「少しだけ計算するだけの時間をください。魔力を調整します」
動きを止めても今はワームはケイトに近付いて行かない。獲物として弱い方の私達に集中していた。
「くぅ、うにゃあぁ!」
再びチルカに何匹かのワームが噛みついて来た。私はその一匹に向かって必死に剣を振り下ろす!
やっぱり切断はできない。けれど傷を負わす事だけはできてチルカから引き離す事だけはできた。
「リリー様!? 危ないから下がってください!」
「こんな時に何を言っているの。少しでも戦力がいるでしょう!」
私もチルカも必死になってワームに向かって武器を振るう。そんな時、一匹のワームがその体を鞭のように使って私達の体を薙ぎ払ってきた。
「きゃあ!」
「ああぅ!」
二人で岩壁に叩きつけられて背中が痛む。私は足の力が抜けてその場に崩れ落ちてしまった。
「リリー様はチルカが守ります。絶対に!!」
それでもチルカはすでに私の前に立ちワーム等を攻撃してくれていた。
チルカに回復薬をまた使う? でもあと一個しかないから無駄遣いは出来ない。ギリギリまで待つべき!?
あらゆる判断を強いられる中で、とりあえず足に力を入れて立ち上がろうとした。とにかくへたり込んでいては何もできないのだから……
その時だった。チルカが私を見つめ、なぜかこっちに走ってきた。
「リリー様、逃げてください!!」
逃げる? なんで? 私の周りにはワームがいない。足元から狙われている!?
一瞬だけ頭が混乱する。とにかく逃げようとするけど背中の痛みで足が思うように動かなかった。
ドンッ!! と、チルカが私を跳ね飛ばす。その刹那だった。
――ズシュッ!!
え……!?
よろめく私の目に映ったのは、チルカのお腹に突き刺さった一匹のワームだった。背中からは鋭い針のようなものが貫通している。
私が背中を密着させていた岩壁からそのワームは伸びていた。地面から私の背後にある岩壁まで掘り進め、真後ろから一気に攻撃してきた……?
「うぅ……にゃあああああ!!」
チルカがそのワームを引っ張って引きずり出す。お腹に突き刺さったソレを掴み、力任せに引っこ抜くとワームの頭が飛び出してきた。
「こいつめえええ!!」
ズンッとチルカの爪がワームの頭を串刺しにする。そうして動かなくなった尻尾をそのまま抜こうともせず、他のワームに睨みつけていた。
「このチルカの命に代えても、リリー様には指一本触れさせない!! フーッ!!」
そんな風に威嚇するチルカを見て、私はただ、絶望感から泣き叫ぶことしかできなかった……
「お願いケイト、早くしてぇ!! このままじゃチルカが死んじゃう!!」
ケイトの表情も焦りを帯びていて、もはや一刻の猶予も無いと判断したのか杖が煌々と輝きだした。
「これで決めます! ライトニング……シュート!!」
ボンッ! と地面の中から凄まじい炸裂音が聞こえてきた。続いて『ピギィ―!!』という多くの蟲の断末魔。
私の足元がヒビ割れて、盛り上がった地面からは薄い光が漏れ始める。けれど爆発も崩落も怒らずに、その光は次第に治まっていった。
私達を狙っていたワームも暴れるように苦しんで、その全てが地面に横たわり絶命する。
地面に空いた穴からは次第に煙が立ち上り、焦げ臭い臭いだけがただよっていた。
ケイトの調整は完璧と言って良い。あれほど騒がしかったワームを全滅させたと思えるだけの静寂に包まれていた。
「チルカ!?」
私は思い出したようにチルカに駆け寄る。チルカのお腹にはまだ針のような尻尾が刺さったままで、膝を付いた状態で項垂れていた。
とにかく回復薬を使う前に、この突き刺さったワームを引き抜かなくちゃ!
「チルカ、少しだけ我慢して!」
私は思いきりワームの尻尾を引き抜いた。チルカの口からは呻く声が漏れて、倒れそうになる体を私の腕で支えてあげた。
そんなチルカの体は痛々しいほどにボロボロだった。あちこちに噛まれた後があって、装備させていた防具すら破損が酷い。それでも出血はほとんど無かった。
ガチャ娘の体は人間と根本的に違っている。人間の体には当然血が流れているが、ガチャ娘の体に流れているのはただの魔力だ。だからどれだけ傷を負ったとしても出血で死ぬ事は無い。
それでも少量の血が流れているのは、できる限り人間と同じように見せるためだ。
人間と同じように傷付いて、人間と同じように苦しんで、少しでも人間と同じように心配してもらうためだと聞いたことがあった。そうやって、人間のパートナーとして受け入れてもらえるように……
チルカの体も怪我の割には流れる血は少量で、地面を染めるほどの出血ではない。それでも、チルカはもはや虫の息という状態だった……
「今、回復薬を使ってあげるからね……」
そう言ってアイテム蘭から回復薬を使用する。……けれど、チルカの傷は回復しなかった……
「な、なんで!? どうして傷が塞がらないの!?」
取り乱す私のそばにケイトが駆け寄ってくる。そしてチルカの傷を見てから、静かに首を振った……
もう手遅れだと。手の施しようがないと言うように……
「う、嘘よ……こんなの認めないわ!」
なんとかするために必死で考える。そうしている間にチルカがゆっくりと目を開けた。
「リリー……様、無事でよかった……です……」
それはか細い声だった。体のどこにも力が入っていないような、そんな消えそうな声……
「チルカ、しっかりしなさい! すぐに村に連れて行って回復薬を貰ってくるから」
「すみません。チルカ、もうダメみたいです……」
愕然とした。本人の口からそう言われて、頭の中が真っ白になった。
「リリー様、短い間でしたけど……すごく楽しかったです……」
チルカの体から光の粒が浮かびだした。ガチャ娘の命が尽きる時、その体を構成する魔力が散り散りになって光と共に消えるという……
そんな光景を、私は茫然と見る事しかできなかった……
「チルカなんかをお供にしてくれて……とても優しくしてくれて……すっごく嬉しかったんです……」
優しくした……? 私が……?
違う。私は優しくなんてしていない。だって私は、威厳や立場ばかりを気にして甘やかすことをしなかったから。
この子を喜ばす言葉も掛けていないし、頭を撫でる事さえしてあげられなかった……
「死んではダメよチルカ! これは命令よ! 絶対に生きるの! 私を残して逝くだなんて許さないから!!」
私はチルカを抱きしめた。今までそうしてあげられなかった事を後悔しながら、強く強く抱きしめてた!
「あぁ……リリー様にギュッてしてもらうの、幸せだなぁ……」
私は泣いていた。こんなの絶対に信じない。そう思っていても涙は止まらなかった。
もっともっと幸せにしてあげたかった。喜ばせてあげたかった。まだまだこれからだと思い、なんにもしてあげられなかった事が悔しかった……
「ケイト様の……魔力の扱い、素晴らしかったです……チルカも、そんな風に魔力が使えたら……もっとお役に……」
ケイトも顔を背け、拳を握りながら震えていた。
もうチルカの声は聞こえない。その代わりに浮かび上がる光の粒子が多くなっていた……
「お願いチルカ、いかないで!! これからはもっと優しくするから! 頭も撫でてあげるから! だから……お願いよ……」
初めて神に祈った。奇跡を願った。もしチルカを助けてくれるのなら、もう何を支払ってもいいと思えた。
それでもチルカから溢れる粒子は止まらずに、一際輝くと……
――ガシャーン!
何かガラスが割れるような音を立てて、消滅する。
私はチルカを強く抱きしめたまま、祈って、願って、チルカが消えるまでそうするつもりだった。
……けれど、いつまでたってもチルカの体は消えずに感触が残っている。もう光の粒子も出ていないのに。
「……これは? リリーティア様、チルカのステータスを見せてください!」
「え……?」
チルカを腕に横たえたまま、私は言われた通りにステータスを開いてみた。
そこには――
スキル1 防御力上昇
スキル2 スペアライフ new
そう記されている。私は新しいスキルの説明欄を開いてみた。
スペアライフ:膨大な魔力を消費する代わりに、致死的ダメージを受けても一度だけ命を繋ぐことができる。
「チルカが最後の最後でスキルを生み出したんです! リリーティア様の命令を忠実に守ろうとしたんです!!」
さらに涙が零れた。この子はどれだけ私のいいつけを守ろうとするのだろう。こんなにも忠実で、素直な子なんて見た事が無かった。
だけどいつまでも泣いていられない。私はチルカを抱きかかえてケイトに言った。
「チルカは私が運ぶわ。ケイトは全神経を魔物に集中してちょうだい。絶対に村へ着くまで気を抜かないで。今度は私達がチルカを守るのよ!!」
「了解しました、リリーティア様!」
そうして私達は急いで下山を開始した。不安や焦燥を抑えながら、とにかく村に辿り着く事だけを考えた。
抱えているチルカは眠っているようだけど、また光の粒子が放出しそうで怖かった。それでも足を動かして、私達はなんとか村へ戻る事が出来た。
ケイトをギルドへ向かわせて、報酬でもギルドポイントでも何でもいいから回復薬を持ってくるように指示を出す。その間に私は昨日から泊っている宿へ戻ってチルカを寝かせていた。
「リリーティア様、回復薬を持ってきました」
「ありがとうケイト」
さっそくチルカに使ってみる。するとアイテムはしっかりと消費されて、チルカのボロボロの体は綺麗に治っていった。
そこでまた涙が溢れる。本当に奇跡だと思った。神でもなんでもいい。チルカが助かった事に心から感謝した。
「あれ? チルカどうなったんでしたっけ? リリー様はなんで泣いてるんですか……?」
目を開けたチルカに泣いている所を見られたけれど、そんな事はもうどうでもよかった。生きてくれただけでもう十分だった。
「気にしなくていいのよ。今はゆっくりと休みなさい。疲れているでしょう?」
そう言うと、チルカは私の服を詰まんできた。
「……そばにいてください。離れたくないんです」
捨てられそうな仔猫のような瞳でそう言われ、また胸が苦しくなる。
そんな時に、ケイトが私にこう提案してくれた。
「リリーティア様もお疲れでしょう。ここは一緒のベッドでお休みになられてはどうでしょうか?」
きっと昨日の私なら断っていただろう。甘やかすと癖になるとか、そんなくだらない事を考えていたのだから。
「じゃあそうするわ。ケイト、あなたももう休みなさい」
「いえ、私は起きて見張りをしています」
見張り? ここにはもう危険なんてないというのに?
私がそう考えていると、まるで心を見透かしたように説明をしてくれた。
「もしかしたらここで事件に巻き込まれるかもしれません。事故や災害が起こるかもしれません。低い可能性ではありますが、私にその見張りをさせてください。チルカがこんな目に合ったのは私の攻撃が遅れたせいです。だから今は、お二人が少しでも安心して休めるように見守りたいのです」
そっか。ケイトも責任を感じていたのね。
決してケイトのせいだとは思っていないけれど、本人の強い要望だったので見張りを任せる事にした。
そして私はチルカと一緒のベッドに入り、向かい合わせで眠る事にした。
「私がそばにいるし、ケイトもちゃんと見張りをしてくれているわ。だから安心して眠りなさい」
「……はい。それじゃあ少し……眠らせてもらいますね……」
チルカが私にぴったりと寄り添って目を閉じる。私はそんなチルカを抱き寄せるように腕で包んだ。
私の胸に顔を埋めて眠るチルカの頭を、優しくそっと撫でてあげる。もっと早く撫でてあげればよかったはずなのに、これが初めてだなんて、昨日までの私は本当にどうかしていたと思えた。
「リリー様のナデナデ、気持ちいいです……」
うっとりとした声が、やがてスゥスゥという寝息に変わっていく。
そんなチルカがとてつもなく愛おしかった。もう放したくないとさえ思った。
きっと私はチルカを溺愛してしまうに違いない。もう自分に歯止めが効かなくなって、抑えられそうになかった。
それでもいい。奇跡というチャンスでチルカを失わずに済んだのだから。これからは私がチルカの事を幸せにしてあげるんだと誓いながら、私自身も眠りに落ちていくのだった……
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あれからチルカは元気になって、今日もケイトと訓練に励んでいる。ただし変わったとすれば、それは私達の方かもしれない。
「にゃう!? 転んじゃいました……」
訓練中にチルカが転がる。それを見た私は電光石火でチルカに駆け寄っていた。
「大丈夫!? これはもう訓練どころじゃないわね。今日はもう終わりにしましょう!」
「ええ~!? まだ始めたばかりですよ!? このくらい平気です!」
そんな……転んでも平気だなんて、チルカは本当に強くて我慢強い子なのね!
そして私よりも少し遅れてケイトが駆け寄ってきた。
「そうですよリリーティア様、このくらいで訓練を終わらせては成長しません」
「はい。ケイト様、続きをお願いします!」
「いえ、転んですぐに痛みを感じなくても、後になってから段々と痛む場合があるんです。なので、まずは一時間の休憩にしましょう!」
「ええ~!? 結局訓練にならないじゃないですか!」
そう、私達はチルカに対してベッタベタの過保護になっていた。
でもそれは仕方のない事だと思うわ。なぜならチルカが可愛すぎるのがいけないのだから。
「チルカ、絆創膏張る? 包帯巻く?」
「チルカ、ゆっくり膝を動かしてみてください。ゆっくりですよ? ゆ~っくり!」
そんな心配をしていると、チルカは私達の顔を交互に見ながら困惑している。そして脱兎のごとく逃げるようにして走り出した。
「チルカ、自主トレしてきまーす!」
当然、そんな提案を私達が受け入れるはずもなく、チルカをすぐに追いかける。
自主トレなんて危なくて許可できないわ! 何が起こるかわかったもんじゃないもの!
そうしてなぜかドタバタとした鬼ごっこが始まってしまう。
これは、今までガチャ娘のノーマルを使ってこなかった私がチルカと出会い、人生観がガラリと変わった、とある一ページのお話である。




