39話(千紗子視点)
(千紗子視点)
朝の一限目の授業前。
「……あれ?」
その違和感に気が付いたのは私が授業前に筆箱の中身を確認している時だった。
「どうしたの?」
私が戸惑った表情をしながら筆箱の中身を漁っていると、沙紀が私の後ろから声をかけてきた。
「んー? あぁ、沙紀おはよう。 いやちょっとね、筆箱からシャーペンが一本なくなってるなぁって」
「えっ? 千紗が物をなくすなんて珍しいね」
私がそう言うと沙紀は驚いた表情で私の事を見てきたんだけど……でも沙紀がそんな顔をしてきたのにはちゃんと理由があった。
何故なら私は割と几帳面な性格で物とかは結構大切に扱うタイプだったから、今まであまり物を失くした事がないんだ。 そしてそんな私の性格を知っているからこそ、沙紀は驚いた表情をしてきたんだ。
「普通に家に忘れてきたとかじゃないの?」
「うーん、でも昨日は家に帰った後は学生鞄には一切触れてないからさ、家に置き忘れたとかは無いと思うんだけどね」
「あ、そうなの? それじゃあ千紗が帰る前にはもうなくなってたって事なのかな。 ……あっ、まぁこれは多分ないとは思うんだけど……ひょっとして誰かに盗まれたとか?」
「え?」
「いや、最近はオシャレだったりブランド物だったりする文房具って結構流行ってるじゃん? だからそういう物を羨んで盗んじゃう人がいたっておかしくないんじゃないかなーって思ってさ」
「あー、なるほどね。 んー、いやでもさ……」
確かにそう言われてみれば凄くオシャレなペンとか高価そうな文房具を使ってる子をチラホラと見かける気がする。 そして実際にそういうのを使ってる人はちょっと羨ましいなとは思うけど、でも私としては文房具よりもスマホとかPC周りの方にお金をかけたいから、基本的に文房具は安物しか買ってない。
「でも私の失くしたシャーペンって購買で売ってる安いやつだよ? そんな安物を盗むメリットなんて流石に無いでしょ」
「あー、うん、確かにそうだよね。 自分で言ってて気が付いたけど、千紗って拘りとか特に無いもんね。 いつもなるべく安い物を選んで買ってるイメージしかないもん」
「ちょ、ちょっと……私だってちゃんと物に拘る事くらいあるからね?」
「え、そうなの? じゃあ例えばどんな拘りがあるの?」
「えっ? え、えーっと、そうだねぇ……あっ、スマホは必ずiPh〇neにするとか?」
「あはは、何それ物凄くミーハーみたいな事言ってるじゃん」
私はドヤ顔をしながらそういうと沙紀はあははと笑ってきた。 ちなみに今言葉に詰まった理由は“グラボと電源にはめっちゃ拘ってるよ!”って冗談で言おうとしたんだけど、どう考えても沙紀に通じる訳ないからそれを言うのは止めといた。
(クロちゃんならそう言っても笑いながらツッコんでくれるんだろうなぁ)
せっかくだし今度クロちゃんと話す時にこの話を振ってみようかな。 ついでだしクロちゃんにも何か拘りとかあるのかも聞いてみようかな。 意外な拘りとか持ってたら面白そうだよね。
「んー、まぁそれだとやっぱり何処かで落としちゃったんじゃないの? あれ、そういえば千紗って昨日は学校終わった後はそのまま帰ったの?」
「え? あー、いや、昨日は近くの図書館で勉強してから帰ったよ」
「あ、そうなんだ?」
この学校には静かな環境で勉強をしたい生徒向けに自習室が常設されている。 でも学校の自習室を利用する生徒は非常に多いため、早めに行かないとすぐに満席になってしまうんだ。 だから私は学校の自習室は利用せずに、そこから少し歩いた所にある図書館を自習室代わりに利用していた。
こちらの図書館も利用する人があまりいないおかげで、館内はとても静かで勉強が捗る環境となっていた。 だから私は一年生の頃から勉強したい時にはよく図書館を利用させて貰っていた。
「じゃあ、もしかしたら図書館での勉強中に落としちゃったんじゃない?」
「あー、うん、確かにそうかもしれないね。 今度図書館に行く時に忘れ物がないか司書さんに聞いてみるよ」
という事で今度図書館に行く時に落し物が届けられてないか司書さんに聞いてみる事にした。 まぁなかったとしても安物のシャーペンだし別にいいか。 失くした物が高価だったり大切な物ではなかった事を不幸中の幸いだったと思っておこう。
「でもさ、さっきも言ったけど千紗が物をなくすなんて本当に珍しいよね。 受験勉強ばっかりで疲れてるんじゃない?」
「うーん、そうなのかなぁ? 私的には全然疲れてる感じはちっともしないんだけどなぁ。 それに適宜ストレス発散もしてるしさ」
私は基本的にストレスをあんまり貯め込まないタイプだ。 それにストレスが溜まったとしても、私にはすぐにそれを発散させてくれる親友ちゃんがいるしね。 つい数日前もその親友ちゃんをフルボッコにして気持ち良くさせて貰ったばかりだしさ。
「ストレス発散て……あぁ、いつもネットでやってるゲームの事? あはは、千紗も本当によく飽きないよね、私と知り合う前からずっとやってるでしょ。 ゲームってそんなに面白いの?」
「うん、凄く面白いよ。 沙紀もやってみる? 言ってくれればいつでも一緒にやるよ?」
沙紀は私の趣味がゲームだという事を知っている数少ないリアルの友達だ。 でも沙紀は私とは違ってゲームを一切やらない子なので、私はこうして時々沙紀に布教活動をしている。
「いや今から始めたとしてさ……もしハマっちゃったら確実に受験がヤバイ事になっちゃうでしょ?」
「あはは、それは絶対にそう。 受験生が今からゲームに手を出すべきでは絶対にないよね」
「いや他人事みたいに言ってるけどアンタも受験生でしょ。 ゲームにのめり込み過ぎて受験失敗しても知らないからね?」
「あはは、大丈夫だよ、ちゃんと息抜き程度に留めておいてるからさ」
「ほ、本当かなぁ……?」
私が笑いながらそう言うと沙紀は怪訝そうな顔をしながら私の顔を見てきた。
「本当本当。 それに息抜きで遊んでる時もさ、遊び過ぎてたら“もうそろそろ勉強に戻りなさい!”っていつも一緒にやってるゲーム友達がちゃんと叱ってきてくれてるからさ」
「いや何それもはや千紗のお母さんじゃん、あはは。 まぁでも、ちゃんと止めてくれる人が友達にいてくれて良かったね」
「あはは、それは確かにね」
頼りになる事は滅多にないけど、それでも凄く信頼の出来る良い母さんって感じかもね、あの子は。
―― キーンコーンカーンコーンッ……
そんな他愛ない話をしていたら一限目の授業が始まるチャイムが鳴った。
「おっと、授業が始まっちゃう。 じゃあ、また後でね」
「あぁうん、またね」
そう言うと沙紀は自分の席へと戻って行ったので、私も授業を受ける準備をしながら先生が教室に入って来るのを待った。
(……うーん、それにしても……)
先ほどの会話で私は図書館でシャーペンを落としたという結論になったわけなんだけど……でもどうしても私はその事がずっと気になってしまっていた。
だってその失くしたシャーペンは昨日の図書館では一度も使用してない物だったんだよ? そんな使用してないシャーペンをどうやって図書館で失くすんだろう……?
(うーん、どうなってるんだろうなぁ……)
という事で今日の私は朝からモヤモヤとした気分で過ごす事となった。




