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十四話

「……」


 あまりに素直な『好き』が不意打ちだったので、咄嗟に言葉に詰まってしまった。

 好意なのは間違いない。しかし純粋すぎてどう受け取るべきか迷う。


 ……いや、違うか。俺も単純に返せばいいんだ。


「褒められれば嬉しい。ありがとう。期待を裏切らないよう、努力する」

「シェルマからでも、褒めるの嬉しい?」

「勿論だ」

「わ」


 意外だと言わんばかりに驚いた表情をして、シェルマは口元を両手で覆う。そしてはっきりと顔に血を上らせて紅潮させつつ、大きく何度もうなずく。


「分かった! ニアが喜んでくれたら、シェルマも嬉しい。いっぱい褒める!」

「無理にはいらないぞ」

「うん。無理だと嘘。多分それはあんまり嬉しくないだろうから、しない。嘘をつかなくても大丈夫だから、問題ない」


 確信を持ち、胸を張って言い切った。


「じゃあ、シェルマもリェフマの所に行って、被害状況を確認してくる。ニアはどうする?」

「アトリエに戻る。ポーション類の調合をするつもりだ。優先的に必要になる物ができたら言いに来い。出来る限りは作る」

「分かった。それじゃあ、後で」


 実は他にも二つほど確認しなければならない用があるが、まずは命だ。

 それ以上に重要な案件など、今はない。


 自宅兼アトリエに戻って、久し振りの静けさに違和感まで覚えてしまった。

 生物というのは、意外に早く環境の変化に適応するものらしい。


 血やら土やらで汚れたコートを適当に椅子に掛けて、アトリエに入る。コンテナから備蓄用のポーションを取り出して、一気に飲んだ。

 最後の大量浄化が、保有神力的に一番きつかったな……。


 体の傷ついた部分を同化したマナが修復していき、楽になってくる。ついでに魔力・神力回復用のマジックポーション二種類も飲む。


 今こそ集中力回復用の、安らぎのアロマが欲しい所だ。しかし残念ながらすでに使い切っていて存在しない。

 さて。無いものねだりをしても仕方ない。気を取り直して作るとするか。




 さすがに体力的に辛かったので、錬金術による調合を終えてろ過機に掛けた後は、完成を待たずにベッドに入った。


 余計な属性、特性が万が一にも混ざらないように本来は見張っておくべきだが、優先順位を付けて、寝た。余程でない限り混入しない自信もある。


 翌日起きて確認すると、やはり問題なく出来上がっていた。寝て良かった。

 ひと風呂浴びて食事を採り、できたポーションを納品しに行くとしよう。


 アトリエを出て部屋の扉を閉めたところで、家の扉がノックされた。

 シェルマかリェフマか? と思ったが、違う。リージェだ。


 どちらにしろ出て問題のない相手なので、玄関に向かって扉を開く。


「おはよう、ニア。――ってうわ、何か酷い! 大丈夫!?」

「戦った後、ほぼそのまま寝たからな……。色々気力がなかった」

「それは無理ないと思う。と思ったので、お手伝いしに来たよ。人手が欲しいところある?」


 二本の手を持ち上げて、指をわきわきと動かす。それが人手アピールなのか……?


「じゃあ悪いが、遠慮なく頼むぞ。風呂に入ってくるから、できれば食事の支度を頼む」


 ポーションの瓶詰作業と迷ったが、食事を頼んだ。

 なぜなら錬金術は俺の趣味でもあるのでただの作業であっても楽しめるが、食事は必要だから摂るもの。億劫さの度合いが段違いだ。


「分かった。材料はある?」

「一応ある」


 結構雑でも問題ない俺とルーとは違って、ユーリは生粋の人間。心身を健康に保ってほしかったのもあって、日々の食事はしっかりしていた。


 もしかすれば俺がこのアトリエを構えてから、一番食が充実していたかもしれない。

 そしてさり気にユーリは料理が上手かった。本人曰く、「まともな食材を使って不味い料理が出来上がるわけがない」とのこと。試行錯誤の努力が窺える。


「じゃあ、適当に使わせてもらうね。お邪魔します」

「どうぞ」


 脇に避けてリージェを招き入れ、扉を閉める。

 俺はそのまま風呂場へ。リージェはキッチンに立った。


 疲れているときは気にならなかったが、こうして余裕が出てくると汚れを洗い流して清潔になっていくのが気持ちいい。


 全身を洗い終えて、さっぱりして上がる。


「あ、お帰り。ご飯も丁度できたよー」


 保温のためだろう、鍋やフライパンの中に入ったままだった完成品を、俺の姿を見たリージェがてきぱきと並べていく。

 ……今のところ危なげはない。


「どうしたの?」


 俺の視線に気が付いたリージェが、不思議そうに首を傾げた。


「いつ失敗してもいいように、構えておこうかと」

「そ、そんなに毎回失敗するわけじゃないからね!?」


 そうか?

 無言で懐疑的な視線を送ると、リージェは怯んで目を逸らす。


「しない時もあるもん……」


 それだと成功の方が少ない言い方になるぞ。


「まあ、九割方は問題なくこなすんだろうが」

「え、えっと。七割?」


 下方修正してきた。中々慎重な予防線だ。


「大した差はないからどちらでもいい。物は所詮物だから無くなったところで大したことはないが、お前が傷付いたら大変だろう」

「――っ!」


 運んできていたスープカップを、見事に置き損ねた。危うい斜めさでテーブルに衝突した食器を支え、置き直す。


「ほらな」

「い、いっ。今のはニアが悪いと思うの!」


 そうか?

 特別気を散らすことを言ったつもりはないが、話しているという段階ですでに邪魔をしていると言えばそうだ。


「まあ、悪かった」

「いや、えっと……。ごめん、わたしも悪かった。手を滑らせたのわたしだし……」


 どっちもどっちでいい、ということか?

 そこからは声を掛けるのを控える。と、配膳は実に的確に、滞りなく済んだ。


 見ていたからかリージェの緊張は感じたが、この様子だと確かに、邪魔をしたのは俺だったのかもしれない。


「できた!」

「お疲れ様。助かった」


 間違いなく仕事を一つ減らせた。感謝している。


「こちらこそ。……やっぱり、防衛線に参加してたのよね? わたしに直接戦う力はないから……感謝してるの。護ってくれてありがとう」

「……ん」


 俺は、自分がやりたいからやっているに過ぎない。


 だがリージェから伝えられた想いは、俺の心の内を温かくした。

 戦った甲斐が、護った甲斐があった。理性ではなく、感情がそう湧いて出てくる。


「ニアは今日、予定あるの?」

「とりあえず、ポーション類をギルドに納品しに行く。お前たちも作っていたかもしれないが、必要としている人数は膨大だ。きっと品薄になっているだろう」

「え。まさか作ってたの!?」

「ああ」


 そう驚くことはなくないか?


「町も火を掛けられて、怪我をした者もいるだろう。実際に戦っていた兵士や騎士は言うに及ばずだ」


 ラーフラームの竜巻の直撃を受けた者は……生きてさえいない。俺はそれを間近で見た。


「助かる者は助かってほしい」


 俺が作った薬の一つが、誰かの命を繋ぐかもしれない。作らなかったら喪われるかもしれない。

 後悔したくないんだ。


「凄く、助かる人はいると思う。でも――でもね、ニア。ニアだって凄く大変だったんだから、ちゃんと休んでほしい」

「お前の気持ちは分かるつもりだ」


 見知らぬ誰かが救われるよりも、近しい誰かを優先したくなる。俺もそうだ。


「だから、心配するな。出来ることしかしていない。俺は魔物で、人間よりは基本的に頑丈にできている。問題ない」

「本当に?」

「本当に」


 それでも心配そうに見上げてくるリージェに、はっきりとうなずく。

 これは事実なので、特別後ろめたさもない。ただ、少し疲れ気味ではある、というだけで。


 落ち着いたらゆっくり休もう、とは思っている。


「分かった、信じる。でも本当に無理はしないで。それでニアに何かあったら……」

「怖い振りだな。する気はないが、一応聞こう。何かあったら?」

「めちゃめちゃ泣く」


 ……よし。気を付けよう。


「でもとりあえず今は、召し上がれ」

「いただきます」


 感謝を込めて言ってから、パンを手に取る。

 リージェ自身は済ませてきたのか、カップに注いだポタージュスープを口にしているだけだ。


 これは俺だけに食べさせる気まずさを緩和させるための気遣いだろう。

 しかし。腹に温かい物を入れるとほっとするな。


「ギルドに納品しに行ったら、休むのよね?」

「いや、その前に一つ、絶対に確認しなくてはならない件がある」

「どうしても休まないのね……。一緒に行ってもいい? 邪魔?」

「構わない」


 この申し出は、俺を見張るためだと見た。

 リージェの真意がどうだろうと、構わないのには変わりない。最終的に行きつく先は領主館になると思うので、送り届ける形になって丁度いいんじゃないだろうか。


「ありがと」


 ほっとしたように礼を言われた。

 すべての皿を空にして、胃も満足して息をつく――と、リージェが立ち上がった。


「じゃあ、片付けちゃうね。少し待ってて」

「助かる」


 洗い物まで済ませてくれるつもりらしい。至れり尽くせりだな。


「そうだ、リージェ。前から一つ聞きたいと思っていたんだが」

「うん、何?」


 皿をしっかり流し台に置いたのを見計らう。よし、危険はない。


「お前は今、何か欲しい物はあるか?」

「ええっ!?」


 驚いた声を上げて、勢いよく振り返った。その際、握ったスポンジから泡が飛んだが被害は軽微。上々だ。


「な、な、な、何で? 急に?」

「いつも世話になっているからだ。礼がしたい」

「せ、世話になってるって。お世話になってる度合いなら、わたしの方が高いと思うんだけど」

「度合いは関係ない」


 俺が礼をしたいと思っただけだから。


「……えっと。じゃあ――」


 少し迷ってから、しかし心にはすぐに求める物が浮かんだ様子で、リージェは口を開く。


「帝都で開かれる錬金創造祭(アルケミア・グランド)、一緒に行きたい!」

「――帝都?」


 予想していなかった内容が来た。


「ニアは興味なくて知らないかもだけど、帝都で傘下の国々も招いて行われる、錬金術最大のお祭りなの」

「一応、聞いたことはある」


 アトリエに入った泥棒を追いかけて、捕まえたときに。


「アストライトも参加するんだな? 誰が出るんだ」

「オーファス・レッサ様だと思う。一等級の、筆頭錬金術士だから」


 当然だが、知らない名前だった。聞いたものの何の感想も出てこない。


「同じ国の人だけど、創造祭ではニアはアストライトのブースに近付かない方がいいかもね。オーファス様はニアの事を快く思ってないかもだし」

「また蜂のときの件か」


 まったく。理解はするつもりだが、どれだけ経ったことをいつまで引きずるんだとうんざりもする。数ヶ月は前だぞ。

 それだけ重要なことなのかもしれんが。


「自分がやらなきゃならなかったことを、横から勝手に奪われたって思ってるかもだし。それに一番は……きっと、ニアが怖い」

「……そうか」


 俺に追い落とすつもりがないとか、恥をかかせるつもりがないという気持ちの部分は、きっと無関係なんだな。

 つまり俺は、相手の怖れを解消してやる必要がある。


 下に付くか、はっきり上に行くか。どちらかしかないだろう。

 そしてその答えは、目的のためにも決まっている。


 ――上を目指す。アストライトの枠組み以上の。


「分かった。接触しないように気を付けよう」


 どうせ面識もないんだ。どうとでもなる。


「でも新開発の道具とかは、この創造祭で発表されることが多いの。だからきっと楽しいよ!」

「異論ない」


 いわゆる最高峰と呼ばれる人々の技術も、見てみたいと思っていたところだ。


「じゃあ、一緒に行ってくれる?」

「勿論だ。ただ」

「ただ?」

「アストライトを長く離れるなら、イルミナには一言言っておきたい。それと、最低限柵だけは完成させる」


 俺が言い出して、引き受けた仕事だからな。


「オーケー、頑張る!」


 俺とリージェとマリーエルザでやれば、多分錬金創造祭までには何とかなるだろう。


 私用でリージェと出かける場としては、実に都合のいいイベントだと言える。

 楽しみだ。


 ……ん? リージェへの礼の話だったのに、俺が楽しみでいいのか?


 若干首を捻らなくはないが、提案してきたのはリージェだ。いいことにしよう。

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