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十三話

 距離を取りつつ体勢を低くしてかわす――が、やや斜めに角度を付けていたか、回転して戻ってきた二週目は位置がずれている。


 この重量を受け止めるのは不可能なので、ただ後方に下がって避け続けるのを強要される。


「ニア!」


 どうも先に片付けようとされているらしい俺の援護のために、シェルマが自身の武器である円輪を投げた。

 頭部を中心に、しかし胴と足も無視はできない狙いで。


 だがミュエスは大斧を扱い慣れていた。柄の後ろに備えた石突で尽くを弾き、あるいは身を逸らして避け切る。その間、目線は俺から一瞬たりとも離れていない。


「分かるぞ。人に化けているようだが、貴様、魔物だろう。それもダンジョン産の魔物だ。己の生の務めも全うせず、こんな所で何をしている」

「生憎、俺が生まれたダンジョンはとっくの昔に討伐されて消滅した」


 務めも何も最早ない。


 人目のある所だ。少し迷うが――どうも人のふりを完全に維持したまま戦うのは難しそうだ。


 背後のマナを操作して、風を作る。俺が後退して避け、仕掛けた位置に踏み込んだミュエスは横合いから突風を受け、均衡を崩す。


 出来た隙を逃さず、シェルマが間合いに飛び込んでミュエスの首に刃を振るう。衝突した金属は火花を散らし、ただ表面を滑っていく。


「ええっ!?」


 手ごたえがあまりに予想外だったか、シェルマは驚愕の声を上げつつ体を流れのまま一回転。正位置に戻って飛びのく。


 かなり硬いぞ。オリハルコンでも使ってるのか? こいつの体は。

 ともかくミュエスの間合いにいるのは危険なので、脇をすり抜け距離を取る。


「ふむ。貴様、ダンジョンが何のためにあるのか知らんのか」


 何のためにあるのか……?


 なぜ生じるのかは知っている。だが何のためというのは考えたことがなかった。世界の理で、そういうものだと思っていただけだ。


「少しは考えてみるがいい。創造とは、神の御業。一地上種の権限を超えている。ダンジョンマスターがなぜ『原初』と呼ばれるかを理解すれば、自然、己の役割を知ることができよう」


 この地上には、すでに魔物が大勢生息している。その中で『原初』が後から生じた存在に付けられるのは、確かに違和感があった。


 ならば彼らのその呼称は、現在における立ち位置を表したものではない、という事か?


「この世界は、世界創造の折に喪われし命の母の依り代を生み出すかもしれないと言う。ダンジョンで生じた生命には、皆その可能性がある、と神々はお考えだ」


 すべて、とは、また。さすがに神の懐は広いようだ。


 もっとも、その中で本気で可能性を見出している存在が現在いるのかは怪しい所だ。少なくともノーマルのゴブリンやオーガには期待していないだろ。神人であるステラが使い捨てにしているぐらいだし。


「世の理に従え、同胞よ。貴様もまた魔の神々と共に歩む運命を負いし者」


 そう俺に呼び掛けてから、ちらりとシェルマへも視線を流す。


「娘。貴様にも一応、資格がある。資格があるというとことは、成すべき責務があるという事。この世界を正しく魔の揺り篭とするために、我が手を取れ」


 フォルトルナーである俺は一応希少種だし、この言い方からするとシェルマたちも珍しい魔物の血を引いているか?


 ただ、答えはすでに出ている。ラーフラームのときにな。


「悪いが、遠慮しておく」

「シェルマも。そのお誘いは、もっと前に欲しかった。でも姫様と会うのが早かった。今のシェルマは姫様が好きだから、裏切らない」


 俺の理由もシェルマの理由も、世界や神々といった巨大なものからすれば、実に些細だ。考慮に値しないとまで言われるかもしれない。


 だが、一個人なんてそんなものだろう。


「そうか。運命が共にあるのなら、ここで分かつことはあるまい。つまりお前たちは魔の歴史を歩む者ではないということだ。結構。死ね」


 言うなりミュエスは斧を振り上げ、背の方を下にして地面を叩く。大地が上下に揺れ、衝撃を受けた地点を中心に陥没、ひび割れが広がった。


 重心の安定を失った俺を目掛け、ミュエスは横回転を加えた斧を投げつけてくる。これを受け止めるのも無理だ。避ける以外にない。見透かされていても。


 斧は正確に、俺の首を断つ高さで投擲された。自然と身を屈めてやり過ごそうとする。揺れる大地の中を移動するのが難しかったので、それ以外に取りようがなかった。


 膝を曲げ、腰を落としたその瞬間。丁度頭上を通過しようとしていた斧が形を崩し、黒い液体へと変化する。


「!」


 そういえば、こいつはあの瓶から出てきた得物だったな!


 液体はさらに形状を変えて底面に無数の鋭利な突起を作り、刺突のための武器と化した。この数に刺し貫かれたら致命傷だ。


「ちッ!」


 更に身を低くしつつ、頭上に魔力で障壁を作る。そうしながら、半ば地面を滑るようにして黒い液体の下から抜け出した。


 重たい物が落ちた音と地響き。そして鋭い物が硬い物を刺し抉った音が混ざって響く。


 それだけの重量があることを証明しつつ、黒い液体はすぐに地面から抜け出ると空中で再度斧の姿へと変じた。

 追って走り込んでいたミュエスが柄を掴む。


「砕けよ」


 両腕の力を存分に使って、渾身の力で振り下ろす。

 足掻いて反対側に転がるが、おそらく効果範囲からは抜けきれていない。


「――やッ!!」


 その横合いから、シェルマが円輪を手にした両腕を突き出し、斧を側面から叩いて軌道を変えてくれた。ミュエスとシェルマでは腕力に差があり過ぎるらしく、逸れたのはほんの僅か。


 だがその僅かの差は、俺の命を救った。


 ギリギリ、地面を転がって直撃を避ける。数瞬後生れた衝撃波によって、全身に浅くはない裂傷を負う。

 だがどこも取れていないし、潰れてもいない。


「貫け――聖火光(ホーリーレイ)!」


 ようやく構築し終わった魔法を、ミュエスの頭上に生む。光の神力が光線となってミュエスへと降り注いだ。


 アシュレイは三重強化までしていたが、俺の魔力ではそこまでの出力が出せない。通常威力での発動になる。


 ミュエスは顔をしかめたが、両腕で頭を庇いつつ受け切った。特効であるのは間違いないのを実際に確認。魔法が触れた部位から、焼けた音とともに激しい煙が立ち上る。


 その間にどうにか立ち上がり、体勢を立て直す。


「ニア、血、酷い!」

「まだ動ける。問題ない」


 おそらくだが、俺たち魔物は人間より痛覚が鈍い。

 いや、痛いことは痛いし、この状態が長く続くのは危険なので、危機感もある。だがそれだけだ。


「ふん。小器用なようだが、魔力そのものは大したことはないな。貴様が投げつけてきた無粋な道具の方が厄介そうだ」


 いまだ自らの体から上がる煙をはたきながら、そんなことを言う。その声には安堵の響きがあった。

 俺の魔力で放つ魔法ならば耐えられる、という確信を得たのだ。


「ニア、あんなこと言ってる!」

「言わせておけ」


 事実だろうし。


「さて。その様ではいずれ動きも鈍り、先は見えていよう。無駄に足掻かず、己の選択の愚かしさを噛み締め、死ね!」

「いや。必要はないだろう」


 言いつつ、背後に手を回す。そこは数日前に設置した柵が置いてある境界だった。

 小細工をされていないのも、神力を探って確かめた。


 力任せに引き抜き、ミュエスに向かって投げつける。

 それがすでに神力の塊を蓄えているのは察したらしい。叩き落すためにミュエスは斧を振るう。


「俺の神力だけでは貫けなかったが、それはどうだ?」


 溜め込んだ神力のマナを操作して、聖火光(ホーリーレイ)に見せかけられるよう変化させる。実際には神力そのものを槍状に凝縮させたが。目に見える周りは偽装だ。


 さあ、見抜けるか?


 隣でシェルマが上を――外壁を見上げた。おそらくリェフマへと向けて。そして紅の光が輝く。

 なるほど。悪くない。


聖火光(ホーリーレイ)!」


 ブラフのために一応こっちでも構築したホーリーレイを再度放つ。


「それは悪手だったな!」


 苦手ゆえに、ミュエスはキッフェルにも聖火光(ホーリーレイ)にも干渉しようとはしなかった。狙い通り、魔法は柵が溜め込んだ神力と融合する。


 自分を貫こうと正面を駆ける閃光を、ミュエスは大きく横に飛んで避けた。聖火光(ホーリーレイ)の方向に、斧を盾代わりに翳しつつという徹底ぶり。


 完全に光が後方に流れ消えると、勝ち誇った様子で俺へと向き直る。


 その背後で聖火光(ホーリーレイ)はリェフマが作った赤い障壁に当たり、別の障壁へ。角度の微調整を掛けながらミュエスの意識の外、背後の死角から跳ね返ってくる。


 キュドゥッ!


「――っ!?」


 聖火光(ホーリーレイ)の属性を持っただけの神力の塊は、ミュエスの防御を貫いた。

 出来た順から地面に刺しておいてよかったと、本気で思う。


 俺やシェルマには注意を払っていたが、ミュエスは背後の外壁は黒スケルトンに任せきりだった。指揮を執っているリェフマも、その対応で精いっぱいだと高をくくっていたからだろう。


「馬鹿な……?」


 自分を撃ったのが誰だったのか、ミュエスは確かめようと首を巡らせる。その途中で、器が崩れ去っていく。


 中身は……駄目だ。無事だな。壊れる器を見限って、本体は離脱するつもりだ。


 こいつは面倒なので逃がしたくはないが、捕らえる手はない。苦々しい気分でマナの動きを見守る、と。


「逃がさない!」


 同じくマナの動きでミュエスの逃亡を察したらしいシェルマが叫ぶ。瞳を翠に輝かせて、ミュエスの頭部を同色の魔力で包み込む。


「!?」


 シェルマの翠の魔力は、マナの作用一切合切を阻害する物らしい。崩壊する器から逃れることができずに、ミュエスは驚愕で目を見開く。


「あ、あ、あぁ! やめ、止めろ! 壊れる! このままでは、死……っ」


 どうにか逃れようと暴れる間もなく、むしろ脆くなっていた器に無茶をさせたせいで自壊を早める結果となってしまう。


 鎧のつもりで入っていた器に閉じ込められ、錯乱しながらミュエスは消失した。


「お前の力は封印術なのか?」

「違う。いつもは術者の身をマナの作用から護るのに使う。今日は逆側に掛けた」


 通さない特性を、自分ではなく相手に掛けたから封じたように見えたのか。


「でも、あの数は嫌……」

「そうだろうな。俺がやろう。――聖命の浄光(クリアウェヴ)


 これ以上の備えはないと踏んで、黒スケルトンたちからもエレメントたちを引き剥がして無力化する。

 操り手がいなくなったボディに抵抗する術はないので、投石を受ければ破壊されていくままだ。


 ミュエスが倒され、ラーフラームがいない今、傷付いたボディに戻って戦いを継続しようという奴は多くなかった。


 多くないながらもいたので、そいつらは稼働と同時に優先的に倒していく。

 十数分ほどで悪足搔きをする奴もいなくなり、静かになった。


 一分、二分――と、静寂が続く。その沈黙を破ったのはリェフマだった。

 手を天に突き上げて、叫ぶ。


「勝利! 勝鬨を上げて、町に知らせること!」

「お、おお。おおおおおおお!!」


 始めは数人が、そしてすぐに全体に伝わり、大合唱が響き渡る。


 高揚したときの声は、それを聞くだけで事態を伝える力があるようだ。証に、しばしの時を置いて町中からも歓声が上がる。


「よし、撤収! 被害の確認に移る」


 始末は、リェフマに任せておいてよさそうだ。


 同じ役目を負っているシェルマは上を見てから、片割れと合流するのではなく先に俺の方へと歩み寄って隣に並んだ。


「ほとんど逃げた。大丈夫?」

「難しい所だが、構わずにおけ」


 魔王軍との戦いが続く限り、再びノーウィットが襲われることもあるだろう。敵を後ろからでも討って、数を減らすというのは合理的かもしれない。


 その行いによって、別の時、別の場所で救われる人間の命があるのも予想できる。逆に言うなら、ここで敵を見逃すということは、後に誰かが傷付く可能性を看過するという事でもあるのだ。


 だがそれは、どちらもただの可能性。


 ここで命を絶たれた者は、そこで終わる。俺は自分の都合で今は聖神側に付いているが、魔神に対しても思うところはない。

 むしろどちらにも大勝も大負けもしてほしくない。


 互いを殲滅させることを目標としている神々には通じないんだろうが。俺は無駄に命が奪われる行いには反対だ。


 俺がまだ死にたくないと思っているし、奪われたくない相手がいるから、失いたくない気持ちが分かる。


 だから、逃げられる奴は逃げればいい。


「町が襲われるのは、構わなくない」

「次はもっと上手く護る。超えられない防壁があれば、向こうも無駄な戦をしなくて済むしな」


 錬金術が優れている点はいくつもあるが、道具を作り出す――誰にでも使える物であるのもその一つ。

 今回は準備が間に合わなかった。だが、次は侵略さえ難しい都市にして見せる。


 そしてそれを各地に広げるのだ。


「シェルマは、リェフマと姫様が一番大事。でも、ニアは皆に甘い」

「命を惜しむのまで甘いと言われるのなら、そうだな」

「シェルマは順番を付けて選ぶ。……でも、楽しくはない。だから、頑張って。応援するし、協力する」

「ああ」


 請け負ってうなずくと、シェルマは少し頬を上気させて、にこりと笑った。


「そこで引き受けられちゃうニアは、かっこいい。好き」

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