十二話
「魔法で何とかできない?」
「出来なくはないんだが……。こう広範囲、大軍勢だと神力も大量に使うし、見合った効果が期待できん」
精霊種と一口に言っても、その属性は多岐に渡る。
ラーフラームの軍勢は実態を持たないエレメント系が主のようだ。物質に干渉しやすくするために黒スケルトンボディを用意して憑依、使用しているに過ぎない。
奴らにしてみれば黒スケルトンボディはただの鎧だ。
町でやったように魔力の繋がりを断つ、もしくはボディそのものを破壊すれば無力化はできるが、どちらも本体に致命傷を与えられるわけじゃない。
エレメント系を消失させるには特殊な構成の魔法が必要だ。そっちも使用魔力、神力が結構多い。
替えのボディを大量に用意されていたら、こっちが致命的な損害を受けかねない。
絶対にいるはずなのに、ラーフラームがまだ姿を見せていないのも気にかかる。
「状況が膠着しているから心理的にはきついかもしれないが、凌げる限りはこのままいく」
消耗の度合いは、今のところ敵の方が高い。
「……分かった。でも、人骨に石を投げつけ続けるのは辛い……。あんまり長く続くと、心が折れる人が出る」
「それも狙いだろうからな」
俺はあれが人骨そのものではないと、マナを通して理解、実感している。そのため躊躇は一切ないが、気が滅入るのは否定しない。
見た目の情報しか入ってこない奴は増々だろう。
「ただ、あれは人骨そのものじゃないぞ」
「知ってる。通達もしてある。だけど心が完全に無視できるわけじゃない」
形にはそれだけの力があるものだ。同意する。
ただ、こうした削り合いを好まない奴もいる。
ルーとユーリの姿を探す……と、すぐに見付けられた。
何と外壁の外に出て、地上で黒スケルトンを蹴散らしている。
「……」
消耗も激しそうなので止めるべきか迷ったが、止めた。
ユーリの存在を誇示するのが目的でもあるし、あいつらが暴れているところは攻め手が緩んで助かっている。任せておこう。
「あとは町だけど……。ん? 火の手減った?」
「シェルマが火を点けて回っている元凶を片付けている。もうしばらくすれば完全に収まるだろう」
「よかった。後方が安全になったら、壁の防衛も厚くなる」
ほっとしたようなリェフマの言い方に、むしろ不安が過った。
自分たちに有利な条件が増えたと期待した一瞬、油断が生まれないとは言えない。
自分たちの住処でもある町の様子を、気にしていない兵などいない。リェフマが口にしたそのままの理由でだろう、全体的にホッとした空気が流れた、その瞬間。
ばきんっ。
いやに高らかに、硬質の何かが砕ける音が響いた。同時に場のマナが変質していく。
聖神の力から、魔神の力へと。
そうすると、今まで力場の影響を受けて力を減退させていた黒スケルトンたちが、一斉に本来の能力、あるいはそれ以上の力を発揮し始める。
「ぅ、わ……っ」
もうすぐ、少しは楽になるかも――という期待を生じさせた直後の逆風。疲労と動揺が割り増しで兵を襲う。
「――うろたえるなッ!!」
どのような策で来るかこそ分からなかったが、心理の隙を突いてくるのは予想できた。なので声の封印を解いて、風の魔法で拡散しつつ命令を下す。
少なくとも、俺の声が届いた範囲の兵の混乱は断ち切ったはずだ。
さっきの音の出どころは柵の一部。神力を集める核が壊された様子だ。
今は細工をされたときに一緒に付けられたのだろう、溜め込んだ魔力を放出する元凶となり替わっている。
「ちょっと頑丈になっただけ! 慌てずに、一体ずつ処理して! でも白兵戦用意!」
壁に取り付き上ってくる黒スケルトンは、投石が一度二度ぶつかっても落下しなくなった。近いうちに上まで到達する奴が出始めるだろう。
一度繋がりを断つか? いや、無駄だ。再憑依されるのがオチだ。
それよりは場のマナを支配している魔力をどうにかするべきか。事前に凝縮した魔力を流しているだけのようだから、元を取り除けば染め返すことは可能だ。
事態の打破のため、周囲に目を巡らせている途中で、さらに厄介なものを見付けた。
黒スケルトンたちの後方に、ラーフラームがいる。
宮廷で舞踏会にでも参加しそうな恰好のままで、装飾の多い片刃の剣を掲げた。
刀身に黒い靄が渦巻き、風を切る音がする。サイズは小さいが完全な竜巻だ。
「そうれ!」
小型竜巻と化した剣を、その場で横凪に振るう。と、外壁の上に同質の、しかし規模を増した竜巻が出現した。
どういう原理だ!
人工的に生み出された黒い竜巻は、外壁の床を削りながらラーフラームの指揮通りに真っ直ぐ無駄なく、外壁の上をなぞってくる。そこで防衛に当たっていた兵士ごと。
「んっ!」
その光景を見たリェフマが力んだ声を上げ、両手を前に突き出す。赤い瞳が彩度を増し、その輝きは硬質な印象を与えた。
リェフマが纏う輝きそのままの色彩の魔力が、黒い竜巻と衝突。僅かなせめぎ合いの後、竜巻を跳ね返した。
リェフマの能力は反射に特化しているのか。確かに防衛戦で高い効果を発揮する。
そして軍王の名を冠するラーフラームの力を跳ね返せるぐらいだ。結構な力量だぞ。
「何と!」
驚きの声を上げたが、ラーフラームは己へ跳ね返されて向かってくる自らの魔法をただ見送った。
どうやら実体のないラーフラームには効果のない魔法らしい。
だが、それは油断だ。
「!」
黒という色が目隠しになって、気付けなかっただろう。リェフマが跳ね返した竜巻を追うようにして、ユーリがラーフラームへと接近している。
手に持つ剣にはすでに神呪の輝きが宿り、光を放つ。
最後は竜巻を切り裂いて間合いを詰め、ラーフラームへと切りかかった。目を見張り、動揺の表情のまま、それでも己の持つ剣でユーリの一刀を受け止める。
「ぬうぅ!」
受け止めた刀身が見る間に歪み、儚くマナが散ってゆく。そこにある濃度が見る間に薄くなっていくのが視覚的にも感覚的にも分かった。
だが、北の統治者だと大言を吐いただけのことはある。動揺を収めた後は正確に魔力を扱い始め、剣の濃度さえも修復させていく。
「せぇあ!」
そして力任せにユーリを振り払い、体勢を立て直した。
「その神の輝き。貴様が聖神に選ばれし勇者か」
「らしいな。今まで大して信仰心なんか持ってなかったけど、今は感謝してるし全力で崇めてるぜ! 何せ、俺にお前らを殺す力を与えてくれたんだからな!」
……ユーリは本来、その境遇にあって稀なほど、攻撃的な性格を形成しなかった逸材だと思う。
けれどあいつは魔王を討伐するまで戦うだろう。そして魔物への慈悲もない。ユーリをそういう勇者にしたのは、戦を起こした魔王軍自身とも言える。
皮肉というべきか、だからこそルーが選んだと言うべきか。
「実現できぬ妄想を吠えるな、小僧。だが貴様が浅はかであったのは幸いよ。貴様を討てば、聖神の神子が消える。第二の神人が派遣されるのなら、それもまた奇跡を一つ消費させたという事。悪くはない」
唇を笑みの形にして、ラーフラームは踏み込んだ。力場の属性も加味して、ユーリの力量ならば勝てると見切ったか。
ただ、まあ、今のユーリでは勝てない可能性ぐらいは考えていたさ。想定内だ。
俺たちが黒スケルトンの攻勢を凌いでいる間に、ユーリとラーフラームは剣を交え、互いの命を削り合う。時を重ねるごとに傷を負うのは圧倒的にユーリだ。
その表情は怒りを悔しさで歪んでいる。これはおそらく本気で。
頃合いだろう。
「――ユーリ!」
同じく戦況を見ていたのだろうルーが、南西の位置から声を掛ける。
「来い!」
「くそ!」
どうやら、倒せるならば本気で倒そうとは考えていたらしい。舌打ちと共に吐き出されたユーリの苛立ちは本物だ。
その本気度はラーフラームにも伝わった。おかげで想定内とは疑われずに済みそうだ。
「逃がさん」
黒スケルトンをなぎ倒し、ルーと合流して離脱を図ったユーリを追い、ラーフラームは地を滑る。
「ミュエス」
「はッ。ここに」
低く名を呼んだラーフラームに応え、すぐ隣に別の存在が出現した。というか、不可視だっただけで多分始めからいた。
深く被ったベールで顔の上半分を隠した女の姿だ。唇は血の色そのままを塗り付けたかのように赤く、厚ぼったい。首から下に繋がる肉体は、漆黒の金属のような質感。人間の女体に近しいが、生身には見えない。
金属質なその体を飾るのは、金の首飾り、腕輪、そしてアンクレット。後は小脇に磁器らしき瓶を手にしているのみ。
「町を破壊せよ。勇者を庇った町がどうなるか、世に知らしめるのだ」
「心得ました」
ノーウィットの攻略は配下に任せ、ラーフラームはユーリたちを追っていく。
ルーもユーリもこの辺りの地理はすでに把握している。魔力領域から抜け出せば、上手く撒けるだろう。
さて。あとはこっちか。
「ふん。戦果と呼ぶには物足りない町だ。我ら至魂の軍団の始まりの贄となれること、誇りに思い死ぬとよいぞ」
言いながらミュエスは手にした瓶を高々と翳す。無論、黙ってやらせるつもりはない。
簡易倉庫としての機能を持つ腕輪から、以前試しで作るだけ作った爆弾を取り出して投げつける。
己に向かってくる飛来物にミュエスは煩そうな目を向けて、瓶の口の向き先を修正した。そこから黒い粘性の高い液体が植物の蔦のようにしなって飛び出し、爆弾を貫く。
なるほど、そういう用途か。
目標に到達する前に迎撃された爆弾は、その場で爆発。光烈弾という名前の、光の神力を含んだ爆発物だ。
「ッ!」
余程光の神力が嫌なのか、ミュエスは大きく飛びのいて爆発の本体からはもちろん、余波からも逃げた。
「ニア! 効きそう!」
「そのようだな。在庫はないが」
「……ないの、残念」
がっかりされた。
仕方ないだろう。どういう物かという興味で、国のレシピ本を一通り作っていたときの物なのだから。
「だがどの属性で攻めればいいかははっきりしたぞ」
「リェフマはそういうの、あんまり得意じゃない」
「なら黒スケルトンを頼む」
士気全権を持つリェフマが残った方が、兵士たちも動きやすくて合理的だ。
とはいえ一人で向かうにはやや荷の勝つ相手。もう一人ぐらいは手が欲しい――が、そちらも解決する。
「――リェフマ、ニア! 町の安全確保、完了」
小型スケルトン擬きを処理していたシェルマが、こちらに合流してくれたので。
「一仕事終わったところで済まないが、もう一つ頼む」
「あれが大将?」
軍団の中で一際目立つミュエスを指さし、確認してくる。
「今はそうだ。行けるか」
「問題なし」
うなずき、シェルマは力強く床を蹴って外壁の上から外へと飛び出した。俺もそれに続く。
「どうやら、この町でまともに戦えるのはお前たちだけのようね」
ノーウィット全体のマナをざっと探ったらしく、ミュエスはそんなことを言ってきた。
こうして正面からミュエスに相対できるのは、成程、言う通り俺とシェルマ、リェフマぐらいだ。そういう意味なら否定はしない。
だが俺は、その言い様に堪らない腹立たしさを覚えた。
「そう見えたか。だったら大した節穴振りだ」
「何だと?」
嘲笑含めて鼻で笑えば、ミュエスは分かりやすく眉を吊り上げる。
「今ここでお前たちの侵略を食い止めているのは、俺たちではない」
ミュエスの侵略を止めているのは、眼前に立つ俺たちだ。それは事実。勲功という意味でも、最も高く評価されるべきでもある。
だが今現在、正に外壁を護り、町を守っているのは兵士と騎士だ。中には兵役の経験などほとんどない者もいただろう。
それでも己の住む場所を、大切な何かを、護るためにそこにいる。戦っている。
更に言うなら町の内側からの陥落を防いだのも兵士や騎士、住人皆の力があってこそ。
彼らの力なくして、俺たちはここに立っていない。
「……?」
ミュエスは俺の言葉を、一切理解しなかった。己が認識できる目の前の現象だけを見て、不可解そうに唇を歪めただけだ。
まあ、こいつらエレメント種と生身を持つ俺たちでは感覚がまったく違うかもしれんし。埋めようのない溝は感じたが、拘るほどの事ではない。
「訳の分からないことを。まあ、いい。お前の言葉が正しいかどうか、倒してみれば分かることだ。その先にどのような策を弄していようとも、粉砕して見せようぞ」
自分なりに解釈して、ミュエスは納得したようだった。
それでもいいだろう。訪れさせるつもりのない未来だからな!
ミュエスは瓶の中に手を突っ込み、引き出したときには巨大な斧を手にしていた。全長が使い手と同程度ある巨大さだ。
斧を手にすると同時に、瓶を捨てる。
「では行こうか。この程度の規模の町で手間取っていては、ラーフラーム様が戻られたときに笑われてしまう」
「心配するな。向こうもルーとユーリに逃げられて成果を上げられずに戻ってくるから、お前のことも責められん」
「不遜な口を慎め、慮外者め!」
叫び、ミュエスは大きく斧を回転させつつ前進してきた。
得物が巨大なだけに、効果範囲が広い。空を切る重い音からしても、見せかけだけではない。間違いなく重量級の武器だ。




